0話 俺と彼女と探偵事務所
いわゆる説明回
「そこの車、止まりなさい!」
夜の高速道路に少女の声が響く。
声の主は、俺が走らせるバイクの後ろに座る林堂綾香。
その黒い髪は普段は肩辺りで切りそろえられているのだが、バイクで高速を走っているために大きくなびいている。ヘルメットは被りなさい。
俺? もちろんかぶってるさ。
釣り目がちなその目は、今俺たちの前を走る車をしっかりととらえている。
「止まりなさい!」
綾香が再び声を掛けるが、その車は止まる気配がない。
というか、ただでさえバイクで走っているのに、高速を走っているんだからその声が届くはずはないのだが、綾香は何度も声をかける。
「総一郎君! もっと速く!」
「はいはい」
少しだけ速度を上げる。
今までほとんど同じ速度だったため、ちょっと上げるだけでその距離は少しづつ縮まっていく。
しかし、綾香としてはその少しづつでさえ待てないらしい。
「あーもう! じれったい!」
そう言うや否や、綾香は太ももにあるホルスターから銃を抜く。
FN5.7ピストル。
P90と同じ弾を使用する、サイドアームとして使える銃だ。
その弾丸はライフル弾を小さくしたような、いわゆるボルトネック型をしており貫通力に優れている。
といっても、綾香が抜いたのはエアガンであるのだが。
パスンパスンと軽い音が二度響く。放たれた小さな弾は、いとも簡単にタイヤを貫通し車はスピンしてしまう。
もう一度言うがアレはエアガンだ。まぁ、改造に改造を重ねた結果、威力はあのようになってしまっているのだが。
壁にぶつかり強制的に止まった車の近くにバイクを止め、バイクを飛び降りた綾香は無理やり運転席のドアをこじ開ける。
もちろん、少女である綾香の力では事故った来るものドアを開けることはできないので、バールの様なものでこじ開けている。正直どっちが悪か分からん。
それにしても、今が深夜でよかった。車の通りはほとんどないし、邪魔になることはないだろう。
あとお巡りさん、ご迷惑をおかけします。
なんて心にもないことを思ったり。
「やっと、捕まえました。さぁ、私の下着を返してください」
事の始まりは一時間ほど前だ。
しまい忘れていた洗濯物を取り込もうとした綾香が、ばったり下着泥棒と遭遇。
うとうとしていた俺を文字通り叩き起こして、バイクでの追跡が開始される。さすがにバイクは勝ち目がないと悟ったのか、コンビニの駐車場に停まっていたエンジンのかかっている車に乗りこみ闘争開始。そして今にいたる。
ETCのバーまでぶち破った闘争劇はこうして幕を下ろしたのである。
それにしても、ただの下着泥棒がここまで発展するなんてだれが思うだろうか。
「やばっ! おい綾香帰るぞ! 警察来た!」
「あ、うん」
再び俺の後ろに乗った綾香が、腕を腰にまわしてしっかり掴まったのを確認してからその場を後にした。
例の下着泥棒の事件から一週間が経った。今日も今日とてのんびりだらだらお仕事をしているのです。
俺――矢神総一郎の仕事は、簡単に言えば探偵だ。浮気の調査はもちろん、犬探しから鳥探し。探し人までなんでもござれだ。
しかし、俺の年齢は19歳。本来なら大学生とかやっているのだが、小学生のころに親父にむりやりアメリカに留学させられ、早く家に帰りたいがために必死で勉強した結果去年晴れて大学を卒業。
そして帰ってくるや否や、親父に
「一億円の借金できた。俺は逃げるから後よろしく」
とかふざけたことを言われ、そのまま親父は夜逃げ。俺は右も左も分からないまま探偵業をすることとなった。
ちなみに親父が作ったらしい一億円の借金はすべて綾香の姉である、茜さんが肩代わりしてくれたらしい。というのも、その茜さんはこの不景気に黒字を叩き出す、林堂グループの当主でまぁ言ってしまえば超大金持ちなのである。
親父曰く、一億円をまるでコンビニでジュースを買う時のようにポンと出されたらしい。
いろんな意味で恐ろしい人なのである。
そんな恐ろしい茜さんに、約一ケ月にわたりみっちりと探偵の仕事を教え込まれたのだが、……あの人何者なんだろうか。
そしてその林堂家なのだが、前当主である茜さんの両親と家の両親が幼馴染だったらしく、その結果として今でも繋がりを持っているのである。
俺も留学する前によく綾香と遊んだものだ。
まぁそんなわけで、今わが矢神探偵事務所とこの三階建てビルのオーナーは茜さんとなっているのである。
ちなみに、一階は倉庫二階が事務所となっており、三階に俺と綾香の部屋がある。
つまり、綾香と同棲しているわけだ。
最初は俺も反対したんですよ? しかし、茜さんにオーナー命令とか言われたら逆らえないじゃん。
で、結局同棲しはじめたわけだが、これが意外と良い方向へと向かって行ったのである。
同棲して分かった、綾香の家事スキルの高さである。料理は美味いし掃除洗濯もやってくれる。そして、現役の女子高生というのもポイントが高いのではなかろうか。
これなら、いつでも嫁に出すことができる。もっとも、兄貴分である俺を納得させることが出来るような奴じゃないと、俺は認めんがな。
ちなみに俺のスキルはゼロだ。
「あー暇だ」
新聞を見ながら思わずつぶやく。
時計を見ればすでに14時。
朝から見続けているこの新聞も10週目が終わり、11週目に入ろうかと悩んでいた時だ。
待ちに待った電話が鳴り響く。新聞を投げ捨て、慌てて電話にでる。
「はい、矢神探偵事務所!」
こうして俺の仕事が始まるのだ。