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雨降りの日

作者: 九十九 一

 灰色の空から無数の雨粒が地面に叩きつけられている。

「はぁ、これだから天気予報はあてにならないんだよ」

 英夫はぼそりと文句を言った。朝の天気予報では、曇りのち晴れ、降水確率は十パーセントと言っていた。まず雨が降ることはないだろうと決めつけていたので傘は持っていない。

 幸い、会社の近くにはコンビニがあるので、ビニール傘を買えば済む。英夫は鞄で、頭が濡れないようにかばいながら、近くのコンビニまで走っていった。二種類置かれていたビニール傘のうちの安い方を手に取り、レジへと持っていった。

 傘を開いて、駅までのいつもの道をいつものように歩いた。

 ただでさえ人の多い帰宅時の車内だが、この日は雨が降っているせいでじめじめしており、いつも以上の不快感を感じていた。

 数十分の間、電車に揺られたのち、最寄り駅に到着した。扉が開いてホームに降りた瞬間、体がひんやりとした空気に包まれ、英夫は心地よく感じた。

 駅の改札を出ると、見慣れた顔を発見した。妻の麻子だ。右手には自分の赤い傘を、左手には英夫の紺の傘を持っている。

「……どうしたんだ、こんなところで?」英夫は不思議そうな顔をして尋ねた。今までに麻子が迎えに来るようなことはなかったからだ。

「迎えにきたのよ」

「はははは、どんな風の吹き回しだ?」

 英夫は笑っているが、麻子の顔は、どこか寂しそうである。

「やっぱり、覚えてないのね」

「ん、なんのことだい?」

 はぁ、と大きなため息を一つ吐いたあと、「二十年目でしょ」と麻子は言ったが、英夫にはなんのことだかさっぱりわかっていないようである。麻子は諦めたように「結婚記念日よ」と小さな声で言った。

 その言葉は、英夫の胸に突き刺さった。

「そういえばそうだったな。すまない……。もう、長いこと、お祝いしてなかったな」

「……早く帰ろう。今日はご馳走を作るから」

 麻子が自分の赤い傘を開く。英夫は心苦しくて仕方がなかった。

「そういえば、必要なかったのね、傘」

「……そうだな」

 英夫は赤い傘の中に入り、麻子の手をぎゅっと握った。

「いつもありがとう」

 これが英夫にできる精一杯だった。

 麻子がそっと微笑む。英夫は久しぶりに麻子の笑顔を見た気がした。

 二人で一つの傘を差して帰宅した。雨が止まないことを願いながら。


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