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近づいてきたのは、君のほう。〜過保護すぎる幼馴染は溺愛中〜

離す気がないのは、君のほう。

掲載日:2026/02/14

「近づいてきたのは、君のほう。―過保護すぎる幼馴染は溺愛中―」シリーズ第11弾です。(短編シリーズ)

王都防衛騎士団所属のノインと、村娘オルガ。

二人の人生に寄り添う形で進んでいく恋の物語を描いています。

※本編の時間軸は「酔わせてくるのは、君のほう。」の後の話です。



 早朝から降り続ける雨は、夜中を過ぎても王都の石畳を激しく打っている。

 排水溝を流れる水の音も響いている。

 雷鳴は届くものの、どこか遠い。


 混ざった多くの音は、どれも村では聞かないものだ。


(……ノイン、大丈夫かな)


**


「夜勤?」

「はい」


 明日……。


(そうだよね。夜の巡回もしないといけないし……やっぱり危ないよね)


「家を出るのは何時?」

「明日の夕方くらいですね」


 けっこう遅い。


 わかってはいたが、気分が少し落ち込む。


「そっか……。巡回って何時くらいにしてるの?」

「俺の場合は深夜なので、夜番というものになります」

「夜番?」

「はい。深夜から朝方のだいたい四時まで巡回するのが夜番です。その直前が遅番ですね」

「……………………」


 朝方?


(ほぼ朝なんだけど……)


 しかも深夜!?


「お、遅番のほうがいいんじゃない?」


 しまった!


 思わず口にしてしまったが、さすがに今のはダメだ。


「ごめん! 仕事なんだから、選べないよね」

「……大丈夫ですよ」


 なにが?


「俺はいつも夜番なので、慣れてます」

「……………………」


 いつも…………?


 そういうものなんだ、と納得するべきところなのに。


(騎士の仕事って大変だとは思ってたけど……)


 ノインが涼しい顔をしているから忘れがちだが、自分が思っているよりもかなり……大変だ。


「な、なにか用意するものある?」

「特にないです」

「帰って来るの、何時くらい?」

「うーん……朝の五時過ぎですかね。あまりはっきりと憶えていなくて……」


 五時……。


(それくらいなら、起きて待って……)


「寝ておいてくださいね」


 思考を遮るように、ノインの優しい声が届いた。

 オルガは視線を落とす。


「ま、待ってたらダメ……?」

「夜勤が入るとだいたいこんな感じなので、毎回起きてるのは辛いと思いますよ」


 ……見抜かれている。


(そりゃあそうだけど……慣れちゃうのはいけない気がする)


 ふつうの騎士の妻というのは、どうしているのだろう?


「………………………………」


**


「雨の日は窓を少し開けておくと、湿気がこもらないです」

「そうなんだ」

「夜は火を落としすぎないで」

「わ、わかった」

「雷が近い時は、外に出ないでください」

「うん」

「水路の音が変わったら、すぐに戸を閉めてくださいね」

「……うん」


 返事をしたものの、声に力が入らない。


 早朝から降る雨は、夕方になっても止む様子がない。

 ノインは黙々と準備をしている。


(いつもの剣じゃない……)


 夜間用なのか、いつも使う剣ではないほうを剣帯に固定している。


 小型のランタンを持った時に、視線がこちらに向いた。


「危険なので外に出ないでくださいね」

「……うん」


 頷いたものの、ノインの格好が気になって仕方がない。


「もっと着込めばいいのに」


 いつもの騎士団の制服の上に、雨用のフードつきの外套しか羽織っていない。


「それだけなの? 寒くない?」


 夜の街を巡回するのに、それっぽっちなの?


「替えは? 乾いた布とかいる?」

「………………ああ」


 なるほどと、ノインが納得した。


「雨の日なので、これでいいんです」

「? で、でも雨だよ? 寒いと思うし」


 巡回は深夜から早朝まで。


 絶対に寒いし、視界は悪い。


 視線を窓の外に向けるが、まだ夕方だというのに暗い。


「そ、その小さいので大丈夫?」


 指差すランタンを見て、ノインはちょっと考える。


「これは合図用です」

「合図?」

「夜の巡回は灯りをつけないので」


 ……は?


「真っ暗な中で巡回するの?」

「? そうですけど」


 それを聞いたオルガの血の気が引いた。


(え? ま、待ってよ……?)


「あ、怪しい人がいたらどうするの!? 暗い中だと、見えないでしょ?」

「見えてます」

「えっ!?」

「夜目はいいほうなので」

「ほんと?」

「はい」


 にっこり笑われると、そうなのかなと思いそうになるが、そんなわけない。


(うっ、でも……ノインは練習の時も、見えます、みたいな動きしてるしな……)


 いやいやいや!


(寝室はランプがあるけど、外はないんだよ!?)


 あああ、でも!


(仕事なんだよね!? あんまり言って困らせるのも違うよね)


「ふふっ」


 ノインが笑ってる……。


「すみません。はっきり見えてるわけではないんです」

「そうなの?」

「俺は光の反射で判断するんです」


 ???


(なんて? 光の反射?)


「暗くても、少しでも光があれば影の濃淡でわかります。

 雨であっても、路面の水に光が少しでも反射すれば気づきますよ」


 はい???


 なにかおかしなことを、ノインは言ってる気がするんだけど……。


(騎士だから、できるってこと……? なに、できて当たり前ですよって顔してるんだろ……)


 私はできないんだけど……。


「ダメな時は音で判断しますし、多少視界が悪くても平気ですから」

「……本当?」

「はい。君のおなかが鳴ってもすぐに気づくでしょう?」


 っ!


 思わず腹部を両手でおさえると、ノインが軽く笑った。


「では行ってきます。戸締りはしっかりしてくださいね。

 あと、俺を待たずに寝てください」


 笑いながら玄関扉を開けて、ノインが出て行ってしまう。


 オルガは赤くなっていた頬に手を遣り、呟く。


「……私で……いいのかな」


 ノインは、私で。


**


 結局、どうしても眠れなくてオルガは居間で読み書きの練習をしていた。


(……全然雨がやまないんだけど……)


 落ち着かない。


「……字、難しいなぁ」


 自分の名前くらいは書けるようになりたいのに。


 いずれ結婚する際に、婚姻誓約書を教会に提出することになる。


(それぞれに、婚姻証明として証人がいればいいんだよね……。神父様にお願いすればいいんだっけ)


 たしか、二人以上。


 その前に、選ばなくてはいけない。


(……ノインは騎士の才能があるみたいだし、村に戻るより慣れた仕事のほうがいいはずだよね)


 嫁入りするということは、夫に合わせるべきだ。

 だというのに。


 額に手を遣って、溜息をついてしまう。


(ノインは逆のことをするから困るんだよ……)


 妻は夫に従うべきものであって、優先させるものではないのに。


(言動がだいたいおかしいっていうか……。家を支えるのが妻の仕事なのに、毎日水汲み終わらせてるし、隙をみてご飯作ってるし……)


 洗濯だけは任せてくれているけど、そもそもあれは体力を使うから休日にまとめてやることが多いし。


「洗濯してくれたんですね。ありがとう。嬉しいです」


 あの時のくもりのない笑顔は……こちらが消し炭になるかと思ってしまった。


 思い返すと、変な笑いがこみ上げてくる。


「……はぁ、せめて雨がやめばいいのに」


 この様子では、ノインが帰ってくる頃までやみそうもない。


 村にいた時の雨の日は、川の氾濫や、土崩れが起きるかを村全体で心配していた。


「…………」


 朝方ということは、ここからあと五時間はあるということだ。


(……ノイン、大丈夫かな)


 寒くないかな。


 今が夏の前だからまだいいが、これが冬になればかなりきつい。

 そんな時、家に帰ってきたノインはどうしていただろう?


 帰宅しても暖炉に火は入っていないわけだから、きっと……。


(なんか、やだな……)


 想像すると、さらに気分が落ち込む。

 雨の音のせいだろうか。


(……危険な目に遭ってなきゃいいけど……)


 もし。


 もしも。


 ノインが足でも滑らせて、水路に落ちたりしたら。


 想像するとゾッとして、苦しくなる。


(どこを巡回するのか聞いておけば良かった……)


 思わず、視線を玄関のほうに向けてしまう。

 帰ってくる気配は当然ない。


 心臓が嫌な音をたてる。


「……………………」


 彼と結婚をするのなら、こういう日々を過ごす覚悟がいる。


 どちらでもいいとノインは言ってくれたけど。


(私よりノインを優先しないとね。私が村に戻らなくても誰も困らないし)


 けれどまぁ、報告はするべきだろう。

 そして気になっていることを尋ねたい。


 村の井戸近くで談笑していた時の断片的な会話の意味を、こっそりでいいから尋ねたい。


(……一緒に寝てたら子どもができるとか、耐えればいいとか……うーん……)


**


 雨音にオルガは完全に気が滅入り、何度も玄関を見てしまっていた。


(……まだ、帰ってこない……七時過ぎた……)


 いつもなら朝ごはんを二人で食べている頃だ。そして、ノインは仕事に行くまであと少し。


 ハッとしてオルガは顔を上げた。いつの間にか俯いていた。


(帰ってきた!)


 雨の強さは変わっていない。


 テーブルの上に用意していた、拭くものを掴み、慌てて玄関に向かう。


 ずぶ濡れのノインが、水を吸って重くなった外套のまま額に張りついている髪を指で払っていた。


 無事だったと安堵しながら、慌てて駆け寄ってノインの頭を拭こうと手を伸ばす。


「寝ていてくださいと言ったのに。濡れますから離れて」

「なに言って……」


 ノインが素早く距離を取り、外套を脱いだ。下の服までびっしょりと濡れている。


「濡れるくらい大丈夫だよ!」


 脱いだ外套を奪おうとするが、触れたノインの手のあまりの冷たさにぞっとした。


(手が……!)


 はやく。


(早く、あたためないと)


 お湯を。あたたかい飲み物を。

 お風呂も、お湯を。待って、いっそ暖炉を使ってもいいんじゃない?


 早く!


(言わなくちゃ)


 竈の火を調節して……。


(残るよって、決めたって)


 言わないと……!


「ノイン」

「?」

「村に一度帰ろうと思って」


 帰って、結婚のために荷物を持ってくるよ。

 ここでずっと一緒に暮らすよ。

 そのために、一度帰るから。


 軽く目を見開いたノインが呟く。


「は? 帰る?」


(決めたんだよ、ノイン)


「今は時期が悪いですよ」

「……えっ」


 一拍遅れで反応してしまう。


「天気が悪い日も増えますし、手紙とかではダメなんですか?」


 言われてみればそうだ。

 今だって、雨音がすごいのに。


「落ち着いてからのほうがいいのでは? あぁ」


 ノインが微笑んだ。


「俺も一緒に行きます。それならいいですよね?」

「……………………」


 だめ、だ。


(だってノインは忙しい)


 だから。


(私が一人で行って、戻って来る)


 でも。


「……そうだね。せっかく結婚するって報告するなら、二人一緒のほうがいいかな」


 小さく頷くと、ぴくっとノインが小さく反応した。


「…………結婚の報告?」

「わ、私、こっちに残ろうと思って。

 だから、村のみ、みんなに色々、その、結婚生活のこと詳しく聞けたらって……あと、相談もしたくて」


 小さく洩らすと、恥ずかしくなって赤面してしまう。


「ご、ごめん! えっと、ああ! 先にあったかい飲み物……!」

「……………………」

「……ノイン?」

「ふ」


 小さく笑われて、オルガは首を傾げた。


「なんだ。俺を嫌いになったのかと思いました」

「…………え?」


 え???


「嫌ってないよ!?」

「この生活が続くと思って、疲れたのかと」


 ふふふ、と笑っていたノインは、「良かったです」と呟く。


「??? あ、ノイン、外套ちょうだい。こっちの布で濡れた髪とか拭いてね」

「はい」


 素直に従ってくれるので、安心した。


 とにかく先にあたたかい飲み物を用意して、服を脱いでもらって、それからお風呂に入ってもらう……ああっ、お風呂を焚かないと!


「相談て、俺ではダメなんですか?」

「そ、そうだね。ちょっとノインには相談しにくいっていうか……」

「………………へえ」


 竈の火を調節しながら湯を沸かすオルガを、ノインが眺める。


 ……言えるわけないじゃん。


(授かりものって言うけど、私はなにもしなくていい……のかなって疑問になるでしょ)


 ノインは男性で、夫になる人で、こんなことを相談できない。


「案外、俺のほうが解決できるかもしれませんよ?」

「そっ、そうかもしれないけど……! 服脱がないと風邪引いちゃうから、ってえ!」


 おわあああ!


(やっぱり鍛えてるんだな……って、これも平気にならないと!)


 視線を逸らしていたせいか、ノインの呟きは聞こえなかった。


「…………悩みが溜まってそうなんですよね」


 うーんと目を細めるノインに気づかず、オルガは手早く鍋をかき混ぜる。


「ノイン、あったかいスープも用意するからね。って、なにか着てよ!」

「上だけですよ、脱いでるの」

「目のやり場に困るんだって!」


*****


 同日。帰宅前の早朝。


「そこにいる理由を言え」


 大雨の中、それでも聞き取れる声を出すノインの視線の先には……物陰にいる若者。


 追いついたジョスが光景に、吐息をつく。


 雨は外套の表面を強く叩き、ジョスの体力と体温をかなり奪っていた。


「拘束する」


 宣言するや、相手との距離を一気に詰めた。

 素早く腕を取り、関節の位置を正確に押さえ、逃げられない角度へと持っていく。


 手際の鮮やかさにジョスは精神的に疲弊してしまう。


 こんな雨の日でどうやったら不審者をあっさり見つけ、捕まえられるのか。


 詰所に連れて行く最中、ジョスはこそこそとノインに尋ねた。


「なあ、おまえってどうなってんの?」

「……? どう?」

「いや、なにをどうやったらあれを見つけられんの?」


 ちらりと視線を向ける。若者は逃げられないと判断して大人しく従っていた。


「なにで気づいたんだよ?」

「…………」

「オレだって騎士なんだから、一人で巡回する時に参考にしたいんだって!」


 はぁ、とノインが呆れたように息を吐く。


「音です」

「……はあ?」

「物だと雨音を弾きますが、それ以外は音が吸われます」

「そ、それで?」

「あとは、石畳の水に反射する街灯の光で判断します」


 なに言ってんだこいつ……。


「訓練されているなら呼吸を止めたり、雨の音に合わせますが、そうではなかったので」


 いや、おかしいだろ?


「それを瞬時にやってのけるコツを教えろって言ってんだよ! 制圧と判断が早すぎるんだって!」

「…………できないんですか」

「できねーよ! 悪かったなっ!」

「……雨音に混じらない音を探せば簡単では?」

「はあああああ!?」


ここまで読んでくださってありがとうございます。

オルガが王都に来てから初の夜勤(雨の日)回となります。

楽しんでいただけたら嬉しいです。

もしなにか感じるところがあれば、そっと教えてもらえたらさらに嬉しいです。

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