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第七話 ドキドキ☆魔法学園パニック!

学園の裏の森。『試練の裁き』の出口にあたる場所で俺が待っていると、貸した俺の作業服に身を包むキャサリンが現れた。


空には二つの月が輝き、満点の星々が揺らいでいる。


サイズが大きかったのか上着の裾をまくり、銀の髪は後ろで束ねているが、月明かりに彩られる姿はやはり神秘的で美しい。


「グレッグ王子様、ありがとうございました」


深く頭を下げたキャサリンには、かすり傷ひとつ見当たらない。

背に乗っかっていたファービーが、嬉しそうに「ふぁふぁー」と唸りながら、キャサリンに頬ずりする。


「では約束通り、今から俺たちは仲間です。これから使徒対策を一緒に行いましょう」

俺はキャサリンにゲスト用の鍵を手渡す。


手にした鍵には『黒魔術』と表示された。この書架の鍵で最もポピュラーな名前だが、自由度は高く、ある意味一番実践的だ。


ファービーが懐いたことから、『白』ではないと思っていたが、彼女なら『黒』を制しきれるだろう。


「寮は燃えてしまったのですから、しばらく書架の部屋で暮らしませんか? 師匠もきっと喜びます」

この件は、事前に師匠の了解を得ている。


「しばらくの間、お主はこの辺りに近づいてはならんぞ!」

と、師匠に生活区周辺の立ち入りを禁止されたが。



「そんな、いろいろと、本当に……」

「メンバーはずっと俺とひとりだったので、これからが楽しみです」

そういえばリリア公女も増えたが、まあ後でゆっくり説明しよう。


俺が笑いかけると、キャサリンは着ていた服をつまみ。

「あの、これ、ちゃんと洗ってお返しします」


個人的には洗わないで返してほしかったが、そこは黙っておく。

本音を隠すのも、時として男女のコミュニケーションには必要だと、書架の本にも記されていたからな。


俺は引き返す彼女を見送りながら、『やるべきことリスト』を脳内でまとめつつ、王都の隅にある自宅に向かって歩を進めた。



■ ■ ■



翌朝。


「5歳の頃かな? そこで転んで頭を打ったら、前世の記憶が蘇ったの。で、ここが生前、あたしがプレイした『ドキドキ☆魔法学園パニック!』の中だって気づいたの」


リリア公女は公爵家の広々とした美しい庭園にある、大きな岩を指さしながら優雅に脚を組み替え、スコーンを頬張った。


『禁じられた書架』で約束した真相を聞くために、呼び出されたこの場所まで来たのだが。どうしてもあの岩を見せたかったのだろうか?


そこはあまり重要じゃないと思うのだが。


豪華なテーブルセットを野外に持ち出し、俺たちは執事さんやメイドさんに囲まれ、朝のティータイムを満喫している。


さらにその後ろには王国の衛兵がいるが、あれは俺たちの警護じゃなくて監視だろう。

犯人を見る目で俺たちを睨んでいる。


邸の正門脇には王城監察官の馬車が常駐し、門兵の数も普段の倍に増えていた。

「父が娘を心配して」――建前はそうだが、実際は屋敷内の軟禁だ。


それでも彼女は、からりと笑ってスコーンにクリームを山盛りにする。

まったく緊張感の欠片もない。この人、自分の置かれた立場がわかっているのだろうか?


しかもかなりの甘いもの好きだ。



婚約破棄された舞踏会以来、彼女は学園を休んでいる。


舞踏会で提出された証拠には、ジョーンズ公爵の学園の横領証拠まであった。

その真相を調べるため、公爵家全員が監視下に置かれている。


あの書類が偽造なら、犯人は探すまでもないだろう。

貴賓席で嬉しそうに断罪劇を眺めていた学園長が目に浮かぶ。


「食べないの? 美味しいわよ」

リリアは微笑みながら、たっぷりとクリームをつけたスコーンを俺に向けてくる。


「余裕だね。没落してもおかしくないのに」

キャサリンの話では、もっと悲惨な未来が待ち受けているのだが……。


冷えはじめた紅茶を口にしながら、リリア公女から手渡された『証拠』の書類を眺める。

その未来をなんとか覆したい。


俺が舞踏会でグラスをひっくり返した隙に、リリア公女が何枚か奪い取ったらしい。

抜けているのか、切れ者なのか、判断しづらい人だ。


「大声で泣き叫んで、それでなにか改善できるならそうするわ。それよりこうやって落ち着いて、次の手を考えるべきでしょ」


確かにそうだと頷いて、俺は今までの話を脳内でまとめる。



リリア公女は前世の記憶を持つ「転生者」だ。

この発言だけなら、腕の良い神父を紹介するところだが、彼女の記憶は書架にある予言の書と一致する部分が多い。


予言の書と彼女の発言の共通点は、特待生のマリーを中心に学園や王国に危機が訪れ、それを彼女が解決する部分だが、

「あたしゲームではマリーを虐める嫌なヤツで、お父様も本当に国家転覆を狙う極悪人なの。いわゆる悪役令嬢って存在ね。だから全力で破滅フラグを回避したの」


リリア公女は前世の記憶を元に、父親であるジョーンズ公爵を改心させ、自身も努力と根性で実力をつける。


――彼女の根性は、確かに凄そうだ。

『医聖』より『根性』の鍵が合いそうだが……確かそんな鍵はなかったな。



彼女は虐めなどの誤解が起きないように、細心の注意を払いながら学園生活を送っていたそうだ。


しかしいざ、ゲームの主人公であるマリーが学園に転入してくると、

「不思議な力が働いたとしか思えないのよ。現実がどんどんゲームシナリオに沿って変化しちゃったの。今はリチャード王子の攻略ルートみたいだけど……そこだとあたし、死んじゃうのよね」


なんだそうだ。


『悪役令嬢』とか『破滅フラグ』とか。リリア公女の話には、所々知らない単語があるから、書架に戻ったら調べてみよう。

まあ雰囲気からなんとなく理解できるけど。


「仮にゲームという世界を創造した神のような存在がいて、その力が世界を戻そうとしたのなら、逆らう術が見当たらないな」

あの黒髪の男が脳裏をよぎったが、紅茶と一緒にその思いを飲み込む。


「それね、あたしもちょっとそう思ったんだけど、今は違うと確信してる」

「なぜ?」


リリア公女は楽しそうにスコーンを口に放り込むと、ニヤリと微笑む。


「あなたの存在よ、グレッグ王子。事実上のラスボスとまで言われて、攻略対象じゃないのに裏ルートまで存在していたがあなたが、ゲーム序盤からあたしの味方になるなんて。あたしが神なら絶対許さないもの」


リリア公女の言葉で、何かの条件がそろったのだろうか。胸ポケットの中の『禁じられた書架』の鍵が震えた。


予言の書のまだ見えない頁に、記述が増えたのかもしれない。


俺が気取られないよう、すまし顔をしていると。リリア公女はどさりとスコーンの入った皿を俺の前に置いた。


「恥ずかしいからって内緒にしてるけど、実は甘党なんでしょ。遠慮しないで食べて、グレッグ」


それは亡くなった母と師匠しか知らない事実だ。


俺はため息をつきながら、たっぷりとクリームとジャムをつけてスコーンを口にする。


「素直でよろしい! じゃあ早速、謎解きといきましょう。まずは偽装が不可能なはずの公文書用魔導紙に、なぜそんなデタラメが記載されているのか、よ」


リリア公女は、ワインでふやけた魔導紙を俺の目の前でヒラヒラさせる。

ワインの染みに日の光が反射して、魔法陣のようなものがキラキラ光ったのが気になったが。


確認すると、「呪い」は完全に消えている。

しかし、改ざんされたと思われる文章はそのままだ。


――やっかいだな、さてどうしたものか。


とりあえずからかうようなリリア公女の態度に、俺は依頼を受けてしまったことを、少し後悔しはじめる。


胸ポケットの中が騒がしいが、今は無視したい。

昨日から立て続けのトラブルと寝不足で、身体がだるい。


甘くて美味しいスコーンと紅茶が、俺を目覚ますまで、ほんの少しでいいから時間が欲しかったが、『鍵』が許してくれなかった。


警報混じりの振動にしかたなく席を立つと、突然表示が現れた。


《SYSTEM》

【強制介入】外部コードが侵入しました

【制御権限】失効

【クエスト】第一門の阻止 進行度:不明

【残り時間】表示不能


そしてまた、王都を囲む地図が現れ、静かに王都が姿を消す。

赤いノイズが目前を埋め尽くし、世界がバグる。


次の瞬間、俺の耳元でクスクスとあざ笑うような声が響いた。


「やあ、新しい管理人さん」


そんな呟きと共に、目の前の赤が血塗られたように黒みを帯び、徐々に闇に覆われていく。笑う声と共に、暗闇から二本の指がニョキリと現れる。




やがて……俺の意識が、プツンと音を立てて途切れた。

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