表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/16

第六話 試練の裁き

「そういえば、王都の人気店で手に入れたマドレーヌがあったな」


動かなくなってしまったキャサリンを見て、しかたなく俺は、紅茶を淹れるために一度席を外す。


やっと落ち着いたキャサリンに、紅茶とマドレーヌを渡したら、嬉しそうに微笑んだ後、ぽつりぽつりと語り出してくれる。


喜んでもらえたなら嬉しい。並んで買ったかいがあるというものだ。

しかし結構派手に食べちらかすから、後で掃除が大変そうだな。



彼女の告白では、昨夜の舞踏会から七日後の朝までの期間を、何度も繰り返しているらしい。


「六日後の夜、必ず“使徒”が現れる。そして私は、殺される。何度抗っても……結果は同じ」


彼女の声は、氷のように冷たかった。


逃げてもその先で使徒に見つかり、同じように殺される。

自殺しても、また同じように舞踏会の日の朝で目覚めてしまうそうだ。


「仲間に頼ってもダメだった。私と一緒に戦うと、その仲間まで殺されてしまう」


百回にもおよぶ死がどれほどのものか、俺には想像することもできない。


だが辛そうな瞳を見れば、それがどれほど彼女の心をむしばんできたかは、感じ取ることができた。


――もう限界なのだろう。


先ほどの火事は、壊れかけた心が暴走した出来事で間違いない。

しかもあの火事は、誰かが裏で糸を引いていた可能性もある。


舞踏会で見かけた黒髪の青年と、先ほどの影が重なる。

差し出された指の数は二つに減っていた。


――やはり嫌な予感しかしない。


「『転生者』とか『悪役令嬢』って言葉に思い当たることは?」


俺の言葉に、キャサリンは頬に食べカスを付けたまま、小さく首を振った。

次はもっと、食べやすい茶請けを用意しよう。


「昨夜俺を追いかけてきた理由は?」


「あなたはその……今までのループに存在しなかった。あの舞踏会でリリア公女は断罪され、明日公爵家の取り潰しと、彼女の処刑が決定する。彼女を誰も助けたりはしなかった。だからひょっとして、私も……」


キャサリンはそこまで話すと、瞳を伏せ、言葉を飲み込む。

パジャマに描かれたお花とかわいらしいオークも、悲しげに揺らいでいるように見えた。


「話してくれてありがとう。次は俺も一緒に戦います」

「そんな!」


気遣ってくれるのだろう。

だが、さっきから揺れる胸ポケットが、この機を逃すなと告げている気がしてならない。


「ただし条件があります。この先に学園の裏の森へ抜ける地下道があるので、そこを無事に抜けだしてください」


キャサリンが不思議そうに首を振る。


師匠はつまらなさそうに、キャサリンに語りかけた。

「そこには数多くのトラップや伝説の悪鬼が多く潜んでおる。わしがここに来て数百年、抜けたやつは片手で数えられるくらいじゃ。嫌なら、別の方法でお主を地上に戻すが、どうする?」


キャサリンは、俺と師匠を交互に見つめると。


「そのっ、挑戦させてください!」

小さいが、意志の強い声で呟く。


師匠が俺の横まで飛んできて小声でささやく。

「初めからこのつもりじゃったのか? 確かに腕が立ちそうじゃが、あの試練は生半可なものじゃないぞ。過去何人の死者が出たことか……中には勇者を名乗った者もおる」


書架の出入りが許可されるのは、図書館から繋がる回廊をくぐり抜けながら“試練の問い”をすべて解くか、このダンジョンのような洞窟から学園裏の森に繋がる地下道 “試練の裁き”をくぐり抜ける必要がある。



ちなみに、同時に二つの試練を達成した人物は、師匠がこの書架を預かってからただひとり。俺の前任者だけだそうだ。


俺の実力は充分だと師匠に太鼓判を押されたが、とある理由から俺はまだ、あの地下道を突破できていない。



「ファービー!」

俺の呼びかけに炎の呪いが反応して現れ、続いてキャサリンに気づき、飼い主を見つけた子犬のようにじゃれ始めた。


「なんと!」

師匠もファービーの態度に驚く。


「これ、ルール違反じゃないですよね」


ファービーが仲間になれば、地下道の悪鬼たちは手を出さないだろう。それでも、数多くの罠や魔獣を倒すのは、かなりの手間だが。


「うーむ。確かにそんな違反項目はないが……ずるくない?」


「いつも『仲間を信じ、助け合うのも実力じゃ!』って、俺にいってるじゃないですか」


「その通りなんじゃが……うーん……」


「ファービーが懐くのも彼女の才能です。それに、彼女は頼った仲間が死んだことを、きっと悔いています。それを乗り越えられるかどうか……」


舞踏会の夜、俺を誘いたかったが、また仲間を殺してしまうのではないかと考え、言葉が出なくなったのだろう。


「そこも込みで、試練なのでは?」


俺がそう問うと、師匠はまだ不服そうな顔をしたが、


「まあ、どうせ試練が達成できなくとも助けるつもりなのじゃろう。好きにせい」

かわいらしく頬を膨らませた。



「なにこれかわいい!」

キャサリンはじゃれるファービーに嬉しそうだ。


俺はそんなキャサリンの笑顔を横目に、こっそりと鍵に指示を出す。


《SYSTEM》

【サブイベント更新】2/3|クリア達成

【残り時間】54:09:11

【警告】虫による介入 影響度 中

【クエスト】第一門の阻止 進行度:36%


広がった魔法文字を見て確信する。


キャサリンが使徒と戦う夜までの時間と、今回のクエストの残り時間は異なる。

やはり彼女も直接的な関わりはないのだろう。


しかし、この表示と炎の中で出会った影。――『虫』との関連。

一連の出来事が、繋がりつつある気がする。


そしてなにより、キャサリンの笑顔が嬉しい。

使徒対策も早速始めるべきだろう。これも『虫』と無縁だとは思えない。




俺は気を引き締めるために、ふくれ面の師匠と微笑むキャサリンを眺めながら、残ったマドレーヌを口に放り込んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ