第六話 試練の裁き
「そういえば、王都の人気店で手に入れたマドレーヌがあったな」
動かなくなってしまったキャサリンを見て、しかたなく俺は、紅茶を淹れるために一度席を外す。
やっと落ち着いたキャサリンに、紅茶とマドレーヌを渡したら、嬉しそうに微笑んだ後、ぽつりぽつりと語り出してくれる。
喜んでもらえたなら嬉しい。並んで買ったかいがあるというものだ。
しかし結構派手に食べちらかすから、後で掃除が大変そうだな。
彼女の告白では、昨夜の舞踏会から七日後の朝までの期間を、何度も繰り返しているらしい。
「六日後の夜、必ず“使徒”が現れる。そして私は、殺される。何度抗っても……結果は同じ」
彼女の声は、氷のように冷たかった。
逃げてもその先で使徒に見つかり、同じように殺される。
自殺しても、また同じように舞踏会の日の朝で目覚めてしまうそうだ。
「仲間に頼ってもダメだった。私と一緒に戦うと、その仲間まで殺されてしまう」
百回にもおよぶ死がどれほどのものか、俺には想像することもできない。
だが辛そうな瞳を見れば、それがどれほど彼女の心をむしばんできたかは、感じ取ることができた。
――もう限界なのだろう。
先ほどの火事は、壊れかけた心が暴走した出来事で間違いない。
しかもあの火事は、誰かが裏で糸を引いていた可能性もある。
舞踏会で見かけた黒髪の青年と、先ほどの影が重なる。
差し出された指の数は二つに減っていた。
――やはり嫌な予感しかしない。
「『転生者』とか『悪役令嬢』って言葉に思い当たることは?」
俺の言葉に、キャサリンは頬に食べカスを付けたまま、小さく首を振った。
次はもっと、食べやすい茶請けを用意しよう。
「昨夜俺を追いかけてきた理由は?」
「あなたはその……今までのループに存在しなかった。あの舞踏会でリリア公女は断罪され、明日公爵家の取り潰しと、彼女の処刑が決定する。彼女を誰も助けたりはしなかった。だからひょっとして、私も……」
キャサリンはそこまで話すと、瞳を伏せ、言葉を飲み込む。
パジャマに描かれたお花とかわいらしいオークも、悲しげに揺らいでいるように見えた。
「話してくれてありがとう。次は俺も一緒に戦います」
「そんな!」
気遣ってくれるのだろう。
だが、さっきから揺れる胸ポケットが、この機を逃すなと告げている気がしてならない。
「ただし条件があります。この先に学園の裏の森へ抜ける地下道があるので、そこを無事に抜けだしてください」
キャサリンが不思議そうに首を振る。
師匠はつまらなさそうに、キャサリンに語りかけた。
「そこには数多くのトラップや伝説の悪鬼が多く潜んでおる。わしがここに来て数百年、抜けたやつは片手で数えられるくらいじゃ。嫌なら、別の方法でお主を地上に戻すが、どうする?」
キャサリンは、俺と師匠を交互に見つめると。
「そのっ、挑戦させてください!」
小さいが、意志の強い声で呟く。
師匠が俺の横まで飛んできて小声でささやく。
「初めからこのつもりじゃったのか? 確かに腕が立ちそうじゃが、あの試練は生半可なものじゃないぞ。過去何人の死者が出たことか……中には勇者を名乗った者もおる」
書架の出入りが許可されるのは、図書館から繋がる回廊をくぐり抜けながら“試練の問い”をすべて解くか、このダンジョンのような洞窟から学園裏の森に繋がる地下道 “試練の裁き”をくぐり抜ける必要がある。
ちなみに、同時に二つの試練を達成した人物は、師匠がこの書架を預かってからただひとり。俺の前任者だけだそうだ。
俺の実力は充分だと師匠に太鼓判を押されたが、とある理由から俺はまだ、あの地下道を突破できていない。
「ファービー!」
俺の呼びかけに炎の呪いが反応して現れ、続いてキャサリンに気づき、飼い主を見つけた子犬のようにじゃれ始めた。
「なんと!」
師匠もファービーの態度に驚く。
「これ、ルール違反じゃないですよね」
ファービーが仲間になれば、地下道の悪鬼たちは手を出さないだろう。それでも、数多くの罠や魔獣を倒すのは、かなりの手間だが。
「うーむ。確かにそんな違反項目はないが……ずるくない?」
「いつも『仲間を信じ、助け合うのも実力じゃ!』って、俺にいってるじゃないですか」
「その通りなんじゃが……うーん……」
「ファービーが懐くのも彼女の才能です。それに、彼女は頼った仲間が死んだことを、きっと悔いています。それを乗り越えられるかどうか……」
舞踏会の夜、俺を誘いたかったが、また仲間を殺してしまうのではないかと考え、言葉が出なくなったのだろう。
「そこも込みで、試練なのでは?」
俺がそう問うと、師匠はまだ不服そうな顔をしたが、
「まあ、どうせ試練が達成できなくとも助けるつもりなのじゃろう。好きにせい」
かわいらしく頬を膨らませた。
「なにこれかわいい!」
キャサリンはじゃれるファービーに嬉しそうだ。
俺はそんなキャサリンの笑顔を横目に、こっそりと鍵に指示を出す。
《SYSTEM》
【サブイベント更新】2/3|クリア達成
【残り時間】54:09:11
【警告】虫による介入 影響度 中
【クエスト】第一門の阻止 進行度:36%
広がった魔法文字を見て確信する。
キャサリンが使徒と戦う夜までの時間と、今回のクエストの残り時間は異なる。
やはり彼女も直接的な関わりはないのだろう。
しかし、この表示と炎の中で出会った影。――『虫』との関連。
一連の出来事が、繋がりつつある気がする。
そしてなにより、キャサリンの笑顔が嬉しい。
使徒対策も早速始めるべきだろう。これも『虫』と無縁だとは思えない。
俺は気を引き締めるために、ふくれ面の師匠と微笑むキャサリンを眺めながら、残ったマドレーヌを口に放り込んだ。