第五話 炎に隠された秘密
その炎は円盤のような形状で、美しい魔法陣を描きながら高速で回転していた。
向かってきた炎の魔法をナイフでたたき落とすと、手に痛みが走る。
肉が焦げる臭いに確認すると、手の甲が赤黒く焼きただれていた。
「一瞬でこれか」
間髪おかず、第二第三の円盤形炎が俺を追撃してくる。
ギリギリでなんとかわしたが、空中でクルリと回転し、追走してくる。
制限のかかったナイフじゃとてもさばききれない。
次同じことをしたら、腕ごと焼き払われてしまうだろう。
「ファービー!」
「ふぁふぁー」
俺の声に反応して炎の魔獣が肩に乗っかる。
こいつなら制限中でも問題なく扱える、軽微な呪いだ。
手のひらサイズの炎に目と口をつけただけの、かわいらしい出で立ちだが、立派な「炎の呪い」だ。
「喰らえ!」
俺の命令にファービーが変形しながら大口を開けた。
「ふぁふぉうう」
やたら大食漢で、熱エネルギーが好物なファービーは、身体を震わせながら開いた大口で、円盤をパクパクと飲み込んでゆく。
その隙に魔術が発動された先に進むと、魔法の杖を持った何者かが佇んでいた。
白煙と燃えさかる炎で視界もぼやけ、しっかりと確認できない。
着ている服も、なにか違うし。
「キャサリンなのか……」
「あなたは誰?」
その声は間違いない。
攻撃魔法の詠唱に入った瞬間、俺は一気に距離を詰め、左手に貯めた「お昼寝の呪い」で彼女を眠らす。
安らかな寝顔のキャサリンを抱き留め、ちょっと驚く。
「こっ、これは……」
俺だけ立ち入り禁止コーナーの書籍に記されていた『ギャップ萌え』ってヤツだろうか。
なんだか場にそぐわないが……かわいらしいから有りだ。
しかしこっちも花柄だ。流行ってるのかな?
俺がキャサリンにけががないか確かめていると、人に懐かないファービーが、心配そうにキャサリンに寄り添った。
珍しいなと、そっちでも驚いてしまう。
逃げ遅れの生徒がいないかと周囲を確認していたら、炎に揺れる人影がみつかる。
膨大な魔力に包まれたその陰は、笑っているようにも感じた。
助ける必要はなさそうだ。あれほどの実力があれば、簡単にここから逃げ出せる。
俺がその影を睨むと、スッと指を二本挙げてから姿を消す。
――まるで、舞台の幕間を楽しむ観客のように。
追うべきか悩んだが、まずはキャサリンを助け出さなくてはいけない。
ギシギシと音を立て崩れ始めた寮から、俺は乙女チックなパジャマに身を包んだキャサリンを抱きかかえて、燃えさかる学生寮を後にした。
■ ■ ■
書架に戻り師匠に事情を話すと、まず俺の手を見て心配そうに、
「これは骨まで燃えておるし、殺傷力を高めるための魔法付与までかかっておる。冒険者ならA級……いやS級クラスの魔術じゃな。これはハイポーションでもすぐには治らんぞ。お主でなければ触れただけで即死じゃったろう」
そう呟く。
あの火力に、魔法付与の追加。
相当な努力と研鑽がなければ到達できない領域だ。
しかしなぜ、そこまでの殺傷力を求めるのだろう。
通常の人間やそこらの魔物ならオーバーキルだ。
いったい彼女はなにと戦っているのだろう?
悩んでいたら師匠は、俺の背負っていたキャサリンの美しい顔を見て、
「まーたーかー」
と、嫌そうに呟いた。
書架の奥には、ダンジョンのような深い洞窟が存在する。
そこには師匠の住まいもあるし、簡単な寝泊まりができる部屋もいくつか存在した。
書物に没頭し、夜通し過ごしてしまう探求者のための施設らしい。
今はその部屋のひとつにキャサリンを運び、ついでに俺の手の治療をしている。
「いくら制限がかかったとはいえ、たったひとりで、悪鬼まで召喚したお主にこんなけがをさせるとはのう。やはりこの女、なかなかの腕じゃな」
小さな身体を器用に動かし、包帯を手に巻いてくれる。
「呪いを解いたのに、戻りませんね」
「ただの魔力切れじゃ。そのうち目を覚ますわ」
ベッドに寝かされたキャサリンは、小さな寝息を立てている。
「どうするつもりじゃ? 許可なき者をここに入れたのなら、記憶を消さねばならんが」
記憶魔法は最悪精神を病むような大きな後遺症を残してしまう、禁呪だ。
しかし学園で一番安全な逃げ場所がここだったし、こうすることがクエスト達成にも必要だと感じたから連れてきた。
俺には、ある確信があった。
「たぶん彼女は『資格者』ですよ。目を覚ましたら、師匠も判定を手伝ってください」
師匠は眠るキャサリンを眺めて腕を組み、フンと鼻をならす。
「まったく、ちょっと目を離すとこれじゃ! いらんフラグばかり立ておって」
実は師匠は人間嫌いなのかと思うときがある。
リリア公女がきたときも、会いたがらなかったし、帰ってからは悪口の連発だった。
今も、キャサリンへの態度が塩だ。
しかし俺とは普通に話すし、管理人の前任者が訪ねてくると、とても楽しそうだ。
うーん、ってことは……人見知りなのだろうか?
俺がそんなことを考えていたら、キャサリンが目を覚ました。
「こ、ここは……?」
彼女は無口系だし、今きっと混乱しているだろうと、
「いいですか、落ち着いて聞いて下さい。実はあなたが眠っているあいだに九年の歳月が……」
「なにゆーとるねん」
「――緊張をほぐそうかと」
「阿呆!」
小粋な冗談を言おうとしたら、師匠に「バシン!」とハリセンではたかれた。
「しまった! 反射で」
人を殴っておいてオロオロする師匠は、まあ、なんかかわいかったので許してあげよう。
しかしそのハリセン、どこから出したんだ?
「どつき漫才?」
キャサリンが首を傾げる。
まあ、なんか笑ってるみたいだから、結果オーライだな。
「え、えっと、あ、あなたたちは?」
「グレッグです。覚えていますか」
キャサリンはシーツを首元まで押し上げ、不安そうに周囲を見回した後、こくりと頷く。
「ここは『禁じられた書架』と呼ばれている場所にある、部屋のひとつです。そしてあちらでフワフワ飛んでいるのが、ここの主です」
師匠はフンと鼻をならしてそっぽを向いたが、キャサリンは小さく首を縦に振った。
きっとお辞儀をしたのだろう。
「あなたの寮が火事にあって、たまたま通りかかった俺がここに運びました。なにか事情がありそうだったので。――火事のことは覚えてますか?」
今度は小さく頭を左右に振った。
嘘ではなさそうだ。
「では、宜しければ、今あたなは何回目のループなのか教えてください。きっと協力できると思います」
俺の質問に目を伏せると、少し悩んだ後、キャサリンはポソリと、
「ちょうど百」
そう、言葉を漏らした。
続けてなにかを話そうとしたが、自分が着ている服に気づいたのだろうか? 彼女は真っ赤に染まった顔で、シーツを頭の上まで押し上げた。
あえて目をそらしていましたが……そのパジャマは、攻撃魔法より破壊力ある。
どうしたものかと悩んでいたら、赤いノイズが走る。
【サブイベント更新】2/3|進行中
【残り時間】56:18:32
【警告】『虫』による介入 影響度 中
【クエスト】第一門の阻止 進行度:31%
少しずつだが進行できていることにホッと胸をなで下ろし、同時に『虫』とやらの対策に頭を悩ませる。
さらに『ルート』だとか『サブイベント』とかが、クエスト進行に影響している気がして、ちょっとムカつく。
俺がため息をついたら、シーツをかぶっていたキャサリンが小声で呟いた。
「あたしの、仲間には、ならないで。必ず、死んでしまう」
その声に俺は笑いながら、だが力強く答える。
「安心して、死の呪いなら慣れてる。――その程度じゃ俺は殺せない」
俺の声が聞こえたかどうか不明だが、キャサリンがかぶっていたシーツがビクリと……音もなく小さく震えた。
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明日(2025年10月4日)は、3話の更新を予定しています。
(更新予定 ○10時 第六話 ○15時 第七話 ○21時 第八話)
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2025年10月3日 木野二九