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第四話 復讐者たち

リリア公女にはゲスト用の鍵が付与された。

俺を求めたことと、知を求めたことを、書架は同義だと判断したようだ。


喜ぶべきか悲しむべきか、判断に困る。


リリア公女には『禁じられた書架』の、ゲストとしての注意事項を告げる。


彼女の鍵には【医聖】と表示されたから、今後、医療や回復魔術関連の書籍の力が付与されるのかもしれない。


『呪いの鍵』に比べれば、とても素敵だ。

俺みたいに『鍵』が壊れないことを、心より願う。




師匠が込み入った話があるというので、リリア公女とは次に会う約束をして、一度お帰りいただいた。


「予言の書にもあるが、今介入するのは悪手じゃぞ。それになにをやらかした。お主に制限までかかっておるわ!」


師匠は今日何度目かのため息をつく。

能力の制限がかかったのは、きっと婚約破棄を邪魔するために使った、給仕の少年への『呪い』だろう。


確かにあれは、任務とは別の問題だった。

俺は気を取り直してポットを持ち上げ、静かに紅茶を注ぐ。


“予言の書”とは『攻略本』と書かれた、謎の書のことだ。


カップの縁から立ち上る湯気の向こうで、師匠が古びた背表紙を指で弾く。

「この書にあるだろう」

師匠が指さす、特殊な古代語で書かれた一冊を見る。


表紙には『ドキドキ☆魔法学園パニック! 攻略本』と書かれ、不思議なイラストも添えてある。


この手の本は複数存在し、その一冊のほんの一部が現実に影響を及ぼす。

今はこの攻略本が影響を及ぼしており、“少し前”まで読める。


しかし今、複数の予言の書が同時に妙な反応を示している。


――こんなことは今までなかった。

師匠はこのズレが『大災厄』の前兆だと睨んでいる。



「しかしここまで関わってから、見放すわけにはいかないでしょう。それに、鍵も彼女たちに関われと指示してますし」


「そのとおりなんじゃが。うーん……なぜ、お主に乙女ゲームみたいな選択肢が? どんどんこの世界がズレてくような気がしてならん」


師匠はふわふわ漂いながら、

「もう少し奥の書架まで潜ってみるか」

そういって、飛んで行ってしまった。


自分勝手な人ばかりだ。

しかたなく俺も、調査に向かうことにした。




山積みの難問に頭を抱えながら、俺も書架から回廊をくぐって図書館に移り、外に出る。


「やはり情報が足りない」


問題は、開いてしまった大災厄〔第一門〕の阻止。

残り時間は刻一刻と減っているのに、いまだ手がかりすらつかめていない。


「調査の基本は聞き込みから」――と、書架にある『推理小説』にも書いてあった。

あれは素晴らしい書物だ。


事の発端は昨夜。

なら、起点から洗い直すしかない。

大災厄〔第一門〕は昨夜、起動したのだから。


鍵が表示するクエスト進行度が違っていないのなら、リリア公女との約束とも関連しているはずだ。

ならば同時に追うのが最善だろう。


今、リチャード王子の邸宅に足を運ぶのは危険だな。

準備が整っていない。


まあ、あれだけのことをしたのだ。そのうち向こうから訪ねてくるはずだ。

――やけにプライドの高い男だから。


「となると、残りは……」

俺を追いかけてきた、もうひとり。


「アンジェリーナ、か」

今ならまだ学園にいるはずだ。


図書館の裏手に回ると、突然かわいらしい声に引き留められる。

「ねえ呼んだ?」


振り返ると、桃色のふわふわしたショートカットの少女が嬉しそうに笑っていた。

学園のアイドルアンジェリーナだ。


彼女は自分が考案し、今王都で人気の『ミニスカート』と編み上げのブーツを履いている。

上はピッチリとした半袖のシャツで、健康的な肢体が目に眩しい。


ファッションリーダーとしても有名で、男女を問わず、学園の注目を集めていた。


小柄だが抜群のスタイルは目を引き、幼さの残る顔に大きなたれ目は、独特の色気がある。


『禁じられた書架』に秘蔵され、俺だけなぜか師匠から閲覧を禁止されている『萌えコーナー』に存在するキャラクターを彷彿させる。


師匠の目を盗みこっそり閲覧したことが何度もあるが、あれも実に素晴らしい書物だ。


萌え絵を思い出していたら、弾むようなアンジェリーナの足音が聞こえてきた。


「あっ、いや……」

唐突な登場に声がうわずる。

独り言も聞かれてしまったか。


「お呼びいただき光栄です、グレッグ王子様」

「どうしてここに……」


校舎から離れた学園の隅。

一番古くて小さな図書館、そのさらに裏。


人が来る場所じゃない。ここにあるのは、俺の『薬草畑』だけだ。


「昨夜は逃げられちゃったから。キャサリンちゃん、いけずよね。あんな魔法で王子を独り占めなんて。リリア公女も後を追ってたから、……さっきまでついて行ってたんだけど」

彼女は一歩、また一歩と距離を詰める。


「ああ、そうなんだ」

プレッシャーを感じ、無意識に後ずさる。


「あたし文系なの。公女様みたいに数学は得意じゃないから、途中でギブアップ。……大学の専攻は『ヨーロッパ史』だったわ」


聞き慣れない単語が混じるが、彼女は当然のように話を続ける。


――図書館の回廊に潜り込み、『試練の問い』に挑戦したのだろう。


「それで……」

背中が石壁に触れた。冷たい。もう下がれない。


「そうそう、昨夜はさすがでしたね」


満面の笑顔が間近に迫る。けれど目は笑っていない。

そのせいか、こんな美少女の顔が間近に迫っても、やっぱり恐怖しか感じない。


なにか、俺、悪いことしたっけ?


「なんの話かな」

「とぼけてもダメ。グラス、ひとつも割れてなかったんですから」


さらに詰め寄られ、トン、と壁に押し付けられる。

ちっ、近すぎるんですか!


まつげの数まで数えられそうな距離に、俺の鼓動が高鳴る。


「今朝、魔法学の先生に確認したの。水をこぼしながらグラスだけ守るなんて、コップ一杯でも難しい……そもそも、そんな魔法存在しないって。積み上げられた複数のグラスを守るなんて、まるで『呪い』のようだなって」


無言でいると、さらにもう一歩、距離が詰まる。甘い吐息がかかる。


「あたし魔法は苦手。でも“異常さ”には気づけた。人や物を見る目には自信があるの。……隣にいたキャサリンなんて、転がる割れないグラスを見て『なんて綺麗』って息を飲んでたわ。ほとんどの人は、なにが起きたかもわかってなかったけど」


彼女は俺の瞳の奥を覗く。値踏みするみたいに。


春風が運ぶナズナの香り――母が好きだった匂い――と、彼女の甘い香りが混ざる。

この薬草園で、泥だらけで笑った半年前のリリア公女の顔も、ふいに浮かぶ。


そう、ここは初めてリリア公女と会話した場所だ。


しかし今感じるのは、母やリリア公女とは違う、別種の強さ。

アンジェリーナは、なにを探しているのだろう。


「なにを聞きたいのかな?」

素直に問うと、彼女は一歩下がり、かわいらしく顎に指を当てて首を傾げた。


「王子様は、どうして道化を演じてるの? そこがわからないと――敵か味方か、判断できないのよ」


茶化した調子なのに、声がひとつ低くなる。これは本音だ。

この手のタイプの人間に、下手な嘘は通用しない。


管理人としての詳細は話せない。

それに彼女が今欲しいのは、複雑な情報ではなく俺の真意だろう。


「捜し物を、してるんだ」


短く答えると、彼女は驚いたようにたれ目を見開き、ゆっくり閉じ、小さく首を振った。

――その仕草は、なにかをいたわるようにも見えた。


「復讐は歴史を進めない。悲劇しか生まないのよ。あなたはどっち? 世界を前に進める側?」

その言葉に、亡き母の笑顔がよぎる。


母の約束を守るために始めたはずなのに……。

――俺はいつから、こんな顔をするようになったのだろう。


すっかり慣れてしまった作り笑顔を保つ俺に、彼女は興味を失ったふうに踵を返す。



「待って。俺からも、ひとつ聞いていいかな」

アンジェリーナはため息まじりに振り向いた。


「なにかな? 悲劇の王子様」


――彼女の行動は、あまりにも危なっかしい。


舞踏会でも有力貴族の子女たちに囲まれていたが、あれはアンジェリーナのパトロンだろう。

今や彼女の助言や発明品は、少なからずこの国の政治経済に影響を及ぼしている。


しかし、性急な行動は足元をすくわれかねない。

学園の人間関係がそんなに甘くないことぐらい、彼女なら判断できるはずだ。


「君は、なにをそんなに焦っているの?」


彼女の足が止まる。


すると、空を見上げ、独り言のように、

「時間が、ないのよ」

と、ポツリと呟いた。


寂しそうにひとり歩く桃色の髪の背を見送りながら、考えをまとめる。


どうして後ろだけシャツが少しスカートからはみ出ているのだろう?

よく見れば、左右の靴下の柄も微妙に違う。

ファッションって難しいな。


なぜかリリア公女やキャサリンと同じ残念臭を感じるが、この際無視する。

必要なのはそこじゃない。


初春の風が、ふと薬草畑の花々を揺らした。


「きゃっ!」

かわいらしい悲鳴に、アンジェリーナを見る。


彼女はミニスカートを両手で押さえ、真っ赤な顔で俺を睨んだ。

「見た?」

「いえ、なにを……」


頬を膨らませ、さらに睨んでくる。やはり彼女に嘘は通用しなさそうだ。


「なにも見ていません」

だが時として男は、嘘をつき通さねばならないときもある。


俺の顔を睨んでいたアンジェリーナは「ふん!」と、怒ったようにそっぽを向いてから、また歩き出した。


――花柄だった。

なにがとは言わないが、その事実は俺の脳内にある秘密の書架にしまっておく。



赤いノイズが走る。


【サブイベント更新】1/3

【残り時間】57:54:26


こいつからも残念臭が漂ってきたような気がしてならない。

サブイベントってなんだ?


確かこの鍵、失われた禁呪の結晶だったはずだ。

古代の呪術師たちは、残念秘術を隠匿するために、こいつを禁呪指定して闇に葬ったのだろうか?


しかたない。俺だけでも粛々と仕事をこなそう。


彼女は今回の件に直接関わってはいない。

だが得られた手がかりは大きい。


アンジェリーナは期限付きでなにかと戦っている。

敵か味方か――判断基準がそうなってしまっているのが、良い証拠だ。


まるで、物語のヒロインか。あるいは、そのライバル……『悪役』のように。


発言から、彼女もリリア公女と同じ『転生者』なのは確実。

――そして、昨夜のキャサリンの謎めいた問いかけ。


『鍵』が提示した三人の女性が、同じ夜に一堂に会した――偶然、ではない。

大災厄〔第一門〕は、複雑に絡まった『物語』が押し開いた渦。


禁じられた書架で、同時多発的に予言の書が反応することに、関連しているかもしれない。


どこかに、舞台を演出しているやつがいる。

昨夜の黒髪の男が脳裏をよぎる。


小さな見落としが、致命傷になる。

キャサリンは「この回はまるで、いろんなものが交じりあった」ようだといっていた。


過去の大災厄の予兆が、母の命を奪った。俺はそう確信している。

その秘密を探るため、いくつもの試練を越え、この任務までたどり着いた。

だからこれは、チャンスなのかもしれない。


――もう一度自分の立ち位置を確認する。


「……やはり、キャサリンを探すか」

彼女の事情がわかれば、この絡んだ糸を解く術が見つかるかもしれない。




調べると、キャサリンは学生寮暮らしだった。

優雅な所作だから勝手に勘違いしてたけど、彼女は地方の下級貴族からの特待生だった。王都の豪奢な邸宅とは無縁らしい。


学生寮が密集する学生街の端。彼女の住む寮は、特に古く、そして――オンボロだった。


「……ここで、合ってるよな?」


人が住めるのか疑いたくなる建て付け。メモと建物を交互に確認していると――。

ドスン、と鈍い爆発音。続けて「キャー!」という悲鳴。


数人の女子学生が白煙を背に飛び出してきた。

「大丈夫ですか!」


慌てふためく、そばかすのチャーミングな女子に声をかける。

「なんか、突然暑くなって……それで、さっきの音が……」


外傷はなさそうだ。ほっと息を吐いていると、彼女は俺の顔をまじまじ見て、羽織っていたカーディガンの前をぎゅっとかき合わせ、頬を赤らめた。


カーディガンの下は薄手の部屋着なのか、ちょっと下着みたいなデザインだった。

あー、失礼。けがの確認のためで、そんな気はなかったんだ。


「うそっ、グレッグ王子様!?」

そう呟き、てれたようにモジモジする女子学生から、急いで目をそらす。


「……あの。グレッグ王子様、こ、こんな場所に、なな、なに用で……」


俺の悪評は、どうやら広く行き渡っているらしい。


女子寮の密集地だからか、野次馬のように集まる女性たちが、俺を見つけて遠目にキャイキャイ騒ぎ出す。


「キャサリンは、この寮で間違いない?」

無言でこくこく頷くのを確認し、俺は逃げるように煙の立ちこめる玄関へ駆け込む。


女子寮に勝手に踏み込むのはマナー違反だが、今は緊急時だ。


廊下は白煙と鼻を突く焦げ臭さで、めまいがするほど。

床板が熱を帯び、靴底が軋む。


視界の奥、床に淡く浮かぶ魔法陣の“断片”が見えた。


「キャサリン! いたら返事をしてくれ!」


叫んだ瞬間、正面から“殺気”が走った。

無視できないほど濃い魔力。反射で『鍵』に命じる。


「――わが誓いに従い、剣となれ!」


《SYSTEM》

【警告】出力制限50%


現れたのは、いつもの剣ではなく小さなナイフ。

出力にも制限が付いた。


「つったく! こんな時に限って」

いつものことだが、俺はツキに見放されている。



しかたなくナイフを握ると……煙の帳を裂く鋭い一撃が、俺を襲った。





ここまでお読みいただきありがとうございます!

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