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第三話 それぞれの願い

「リケジョだったの、あたし。これでも医学部だったのよ。あれ数IIIレベルの問題でしょ。この世界って、数学IIまで届いていないっていうか、そもそも虚数単位の概念がないよね。複素数平面とか極限とか。久々にやったわ!」


一気にまくし立てるリリア公女は、どこか嬉しそうだ。

相変わらず意味がわからない単語が混じるが――まあ、元気そうで何より。


「リリア公女様、どうか落ち着いて。紅茶を淹れますが、お飲みになりますか?」


俺の言葉に、リリア公女は周囲を見回し、テーブル横の椅子にちょこんと腰掛けた。

湯気の上がるティーカップを手渡すと、一口飲んで、やっと落ち着いたように息を吐く。


「転生者というのはよくわかりませんが、たぶん俺はそうじゃありません。ここは『禁じられた書架』と呼ばれる部屋で、――俺はその管理人です」


「進んだ学問を秘匿して、限られた人だけが学んでるの?」


「ちょっと違いますね。王国や教会が禁じた書物、ダンジョンや旧跡から出土した魔導書などを保管するのが、ここの役目です。そして閲覧が許可されるのは、書架が課した“試練”を越えた者だけです」


リリア公女は俺の話に首をひねった。

「じゃあ、あなた――グレッグ王子は、自力であの問題を全部解いたの?」

「そうなりますね」

「マジで!? すごすぎじゃない?」

大きな声を上げながら、リリア公女が立ち上がる。


正確には、俺が越えた試練はあの数式群じゃない。

回廊は通る人に則した難問を投げかける。


でもまああれも解けるし、そう答えても問題はないだろう。


「どうか落ち着いてください」

俺が茶菓子を差し出すと、不審そうに茶菓子と俺の顔を交互に見つめた。


「仲間が。あたしと同じ転生者が見つかったって喜んだけど。うん、それ以上の逸材よね。これなら……」


なにやらぶつぶつ呟きながら、ようやく椅子に座ってくれた。


おかげで俺は、管理人としての役目の質問を、やっと口にする。


王国の未来。師匠に言わせれば世界の存続さえ左右する『禁じられた書架』には、代々伝わる厳格なルールと管理人の責務があった。


俺はそのルールに則って、リリア公女に質問する。

「あなたはここに、なにを求めてきたのですか? ここには値がつけられぬほどの高額な書も、権力を欲しいままにできるほどの“予言の書”も存在します。そして、それを受け取る権利があなたにはあります」


「その前に、昨夜どうしてあたしを助けてくれたのか、教えて」

そっぽを向きながら恥ずかしそうに言い放つリリア公女は、どこか可愛らしくもあった。


問いに、胸の奥がわずかにざわつく。

理由なんて、言葉にできるほど整っていない。


「公女様を助けたわけではありません。あの雰囲気が嫌だっただけです」

とりあえず答えると、リリア公女が真っ直ぐな目で見つめてきた。


「グレッグって、極度のツンデレで手を焼くキャラだったわよね。攻略対象じゃないけど物語のワイルドカードで、裏ルートまで存在してたし……。ああもう、こんなんだったらちゃんとクリアしとけば良かった! しっかり思い出せないし!」


また視線を外すと、ぶつぶつと意味不明な言葉をつぶやく。


そして舞踏会のことを思い出したのか。

「まったく、最近、悪役令嬢の断罪ばかりね」

苦笑いを浮かべた。


リリア公女は笑ったが、俺は笑えない。

やはりなにかがズレはじめている。


とりあえず、管理人の役目のひとつは、来訪者を分別すること。

「えっと、俺の質問に答えていただければ助かるのですが」

俺は気を取り直して、話を促した。


金や地位や権力を求める者には――ときに罰ともなる――求められた書を渡し、その後は関わらない。


そうではなく、知識を求める者には入室の許可を授け、同士として知の探求を行う。


同士と認められれば、書架の『意志』が選んだ、適正の『鍵』が手渡される。

初めは『ゲスト』だが、書架の『意志』が認めれば、鍵を通じて書架の力が一部、借りられるようになる。


しかし力には責任が伴う。

それが『禁じられた書架』に課せられたルール。



「――あたしは、そんなものを求めて来たんじゃないの。ねえ、味方になってくれないかな? それがあたしのお願い」


照れたように笑うリリア公女に、困惑してしまう。


えっと、俺ですか?

想定していなかった回答に、師匠の姿を探すと……どこかから、深いため息と「お主、バッドエンド一直線じゃな」という謎の言葉が聞こえてきた。


「ねえ、返事は? なにか受け取れる権利があるんでしょ」

リリア公女が指を絡ませながら、もじもじしだす。


うん、これ、なんだか断っちゃダメな気がする。

管理人としての責務があるし、亡き母から「女の子の本気の願いは、断っちゃダメよ」と言われたこともある。


「承知しました。『禁じられた書架』の管理人として、その責務を果たしましょう。――まずは、昨夜の“真相”を教えてください」


俺がルールに則りそう答えると……パタリと、どこかで師匠が床に落ちたような音が聞こえてくる。


同時に胸ポケットの中で鍵がざわつく。

これ、どこに修理に出せばいいんだろう?


《SYSTEM》

【詳細】イベント回収を確認

【ルート】リリアへ移行


赤いノイズと共に、そんな表示が出る。


はて? 直ったのだろうか。

念のため、もう一度確認したら、


《SYSTEM》

【クエスト】第一門の阻止 進行度:21%

【残り時間】58:15:42


さらにそんな表示が増えた。


なにをすれば大災厄の初動である〔第一門〕が阻止できるかもわからないまま、時間だけが過ぎている。

唯一の救いは、阻止の進行度が微弱ながら増えているところだ。


もうルート選択とかどうでもいいから、鍵も真面目に仕事してほしいと、俺が心の底から願っていると……。




パキッと乾いた音が響き、書架の天井からパラパラとなにかが降ってきた。






ここまでお読みいただきありがとうございます!

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