第十二話 密会はディナーの後で
「シーウォール家といえば、南部最大の貿易都市を統治する名家ですな」
コジロウが嬉しそうにアンジェリーナのグラスに葡萄酒を注ぐ。
その後ろで、給仕服姿のタマモさんが、なぜか涙ぐんでる。
やはり似たもの夫婦なのだろう。
「名家だなんて、そんな。“商い貴族”とバカにされている成り上がりですわ」
微笑むアンジェリーナは、タマモさんが出してくれた料理を上品にお箸で食べている。
「お赤飯なんて、ここに来て初めて食べたわ! とっても美味しい」
料理を褒められタマモさんもご機嫌で、とっても和やかな雰囲気で……うーん、しかしこれでいいのか?
聞かなきゃいけないことも、やらなくちゃいけないことも、まだてんこ盛りだ。
俺が悩み込んでいたら、察してくれたのか、
「では我々はこれで。後は若い二人に任せて」
コジロウとタマモさんがアンジェリーナに頭を下げ、部屋を出ていったが……。
去り際、二人が俺をチラ見しながらサムズアップしたのが、ちょっとムカつく。
ダイニングのドアが閉まる音が響くと、アンジェリーナは笑顔を消してキョロキョロと部屋を見回した。
「ここが“難攻不落の怪館”と裏社会で恐れられてる、グレッグ王子の屋敷なの? もっと凄いの想像してた」
「なんだそれ」
「情報は金より価値があるのよ。あなたを調べるのに、裏ルート経由で大金はたいたんだから」
つまらなさそうにグラスを傾けるアンジェリーナ。なんだかヤサグレ感も漂いはじめたが、たぶんこっちが素なのだろう。
なら、騙し合いは必要ない。単刀直入に聞こう。
「命を狙ってる相手は誰だ?」
「気づいてんでしょ、ヘンリー王弟よ」
「いつから、どうして」
「直接的に動き出したのは、数日前からかな。まさか学園内でも襲ってくるなんて、思わなかったけど。理由は……あたしが革命に反対してるから」
「随分素直だね」
「いまさら。で、王子はこの件にどう絡んでるの? そこがまったく掴めなくって」
アンジェリーナはため息と一緒に、葡萄酒を飲み込んだ。
気丈に振る舞っているが、グラスを持つ手が微妙に震えている。
「ヘンリー王弟とは、そもそも付き合いがない。革命も……そんな計画があるんじゃないかって、心配してただけ。俺はとある事情から、リリア公女とキャサリンを守ろうとしてるだけだ」
俺の言葉にアンジェリーナはグラスを持つ手を止め、睨むように俺の顔を凝視した。
「本当にあなた……噂どおりの『白馬の王子様』なのね」
そして、なにかを諦めたように深いため息をつく。
「裏ルートでは変な噂が流れてるんだな」
「バカね、これは学園の女の子たちの噂よ」
俺が悩み込んでいたら、アンジェリーナは楽しそうに微笑む。
「それで、あたしも守ってもらえるのかしら?」
「初めからそのつもりだ。じゃなきゃ助けたりしない」
すると、アンジェリーナは大きな目をパチクリとさせる。
「天然なのかしら? だとしたら、あなたを好きになる女性は、苦労するわね」
そしてグラスに残った葡萄酒を一気に飲み干した。
「いいわ、覚悟を決める。これから知ってること全部話すから、ちゃんと責任取って」
俺が頷くとアンジェリーナはもう一度嬉しそうに笑って、長い夜の始まりを告げた。
■ ■ ■
ヘンリー王弟は王国の政治に不満を持つ有力貴族だけではなく、やはり王国と敵対している近隣諸国とも手を組み、革命を狙っていた。
「あたしの実家は資金源と、他国とのやりとりの拠点としてどうしても必要みたいで……」
他国と隣接するシーウォール領は、計画から外せない重要拠点。
初めは懐柔してきたが、
「反対に回った途端、手のひらを返してきたの。たぶん同じ領の誰かがヘンリー王弟についたのね」
革命と同時に、シーウォール領を乗っ取る計画まで進んでいったそうだ。
俺の母親の実家がこの革命に絡んでいないか、俺がヘンリー王弟と手を組んでいないか。アンジェリーナはリリア公女の婚約破棄以降、血眼になって探っていたらしい。
「でも王子のさっきのセリフで、謎が解けちゃった」
だ、そうだ。
「どうしてだ?」
「キャサリンは今回の革命騒ぎに関係ないでしょ。表向きは」
俺が頷くと、アンジェリーナはズイッと顔を近づけた。
「“キャサる”って言葉知ってる?」
「なにそれ」
「王子って、本当に転生者じゃないのね。あたしがいた世界でちょっとはやったネットスラングよ」
そしてさらに声を潜め……。
「あたしもリリア公女も、それからキャサリンも『転生者』よ。しかもみんな違うゲームの中に転生してる。この世界って、複雑に混じり合ってる感じよね。王子は転生者じゃないみたいだけど……なぜかその事情に知ってる。合ってるかな?」
そう呟いた。
俺はゆっくり頷いて、
「しかしキャサリンは、自分は転生者じゃないと」
そう付け加えると、
「否定じゃなくて、わからないじゃなかった?」
そんな言葉を続ける。
確かにあの時、キャサリンは「知らない」と答えた。
「たぶん記憶があいまいなのよ。彼女はアニメ化もされた有名な鬱ゲーの『序盤で殺されちゃうヒロイン』なの。その殺され方があまりにも悲惨だったから、「キャサる」なんて言葉ができたぐらいに……」
そしてアンジェリーナは、そのゲームの内容をかいつまんで俺に語った。
「もし、その“使徒”が、今回の革命に絡んでいたら」
物語の内容を聞き終えた俺の呟きに、
「つじつまが合うというか、繋がっちゃうのよね。急にヘンリー王弟が力を付けた理由まで、説明できちゃうし」
アンジェリーナも頷く。
まだ不確かな箇所が多いけど、すべてが繋がりつつある。
詳細をアンジェリーナに聞こうとしたら、視界の端に赤いノイズが走る。
《SYSTEM》
【一部復帰】出力制限解除
【イベント】要最終確認
【ルート】???
【残り時間】???
一項目増えた「最終確認」に悩んでいたら、耳元でノイズ混じりの声が聞こえてきた。
「書架に……近づいてはならぬ……」
その声に、思わず声が出る。
「師匠! いったいなにが!?」
驚いて立ち上がった俺に、アンジェリーナが不審な目を向ける。
「やっぱりなにか事情があるのね。ひょっとして急ぎ?」
「どうやらそうみたいだけど……」
このままアンジェリーナを放っておくわけにはいかない。
「この屋敷にもゲストルームぐらいあるでしょ? “難攻不落の怪館”に泊まれれば安心だわ」
「もちろんそれは」
「じゃあ急いで、白馬の王子様」
アンジェリーナはそういうと、楽しそうにウインクして、
「でもね、約束通り、ちゃんと責任は取ってよ」
念押しするように、そう呟く。
その笑みの裏に、何かを隠しているように見えたが――それも彼女の魅力の一つだと諦め、俺は書架に向かって急いで走り出した。