第十一話 襲撃は告白イベントと共に
いったん剣を鞘に収め腰に差すと、茂みから出て噴水近くの男たちに近づく。
「やあ」
さわやかに話しかけたが、二人組の男たちに不審な顔をされてしまった。
「君達もサロンの帰り?」
俺の問いかけに、二人は顔を見合わせてから頷く。
ぱっと見学生だが、身のこなしも、隠す殺気も学生のそれじゃない。
だが、確認は必要だろう。
「ティンクルちゃん見かけなかった? ほら、あの小さな子」
「ん? ああ、元気そうだったよ」
「それがどうかしたのか?」
俺はその答えに満足して、二人との距離を詰める。
消し切れていない血の臭いがハッキリと感じられた。
男たちは嘘がばれたと踏んだのか、俺を前後から挟み撃ちするように移動した。
「ふらふら飛んで行っちゃってさ、探してたんだよ」
俺が腰の剣に手をかけると、二人の男は同時に懐から小さな杖を出そうとする。
俺は正面の男の腹を剣のグリップで突き、背後の男は鞘の先で、同じように腹を突いた。
倒れそうになる二人を支え、そっと噴水の端に座らせる。
「しかし意外だな、師匠がサロンにいるなんて」
俺は気を失った男たちに笑いかける。
周囲の学生は、気づいていない。
まだ楽しそうに放課後の校庭で自分たちの会話を楽しんでいる。
男たちが懐から取り出そうとしていた杖を抜き取る。
手のひらにおさまる杖の先には、尖った鉄が仕込まれ、グリップには複雑な魔法陣が描かれていた。
最近はやりの「ガン」と呼ばれる杖で、詠唱無しで魔力さえつぎ込めば、この鉄が発射される仕組みになっている。
噂では、これもアンジェリーナの発明品らしい。
既に多くの模造品まで表われ、学生でも簡単に手に入るそうだ。
「やはり、学生同士のトラブルを装うつもりだな」
この「ガン」の詳細な威力まではわからないが、長距離から素早く攻撃できる敵が複数人いると考えるべきだ。
「まだ撃ってこないってことは……」
暗殺集団も俺の動きに気づけなかったか、突然の事態に困惑しているか。
学舎の陰に隠れているのは三人。
長い杖を構えているから、この「ガン」より高性能なのだろう。
学生が手に入れられそうにない魔道具となれば、あちらはトラブルが起きたときのバックアップ要員だ。
後で証拠隠滅が大変になる。
最終手段になるだろうから、今は優先順位を下げていい。
そもそもの襲撃部隊は先ほど倒した二人組だ。
たぶん、わざと周囲の学生に目撃させるのが狙い。
位置的に並木に隠れている二人が襲撃部隊のフォロー。
「なら先に並木を叩くか」
俺が並木の奥に踏み込むと、突然正面に黒ずくめの男が現れた。
ナイフを振りかざしたが、動きが少しオーバーだ。
自分に意識を集めたいのだろう。
背後からは、かすかな殺気も感じられる。
噴水の男たちもそうだったが、セオリーどおり前後からの挟み撃ちを狙う。
俺は腰の剣を抜き、正面のナイフの男を睨みながら、振り返り越しに背後の殺気を横薙ぎに斬る。
「くっ!」
狙い通り、手にしていた「ガン」が真っ二つに切れた。
続いてナイフの男が突進してきたが、それをかわして剣の峰で背を殴打すると、バタリと音を立てて倒れた。
ガンを持っていた男は、それを見て慌てて逃げ出す。
倒した男を尋問しようか悩んだが……。
「正規の軍人か工作員か」
しっかり基本ができているが、応用ができていない動き。
偽装しているが、装備も高額な物ばかり。
――そこまでわかれば充分だ。
「派手に動きすぎたかな」
それに学生たちには気づかれなかったが、学舎の隅に潜んでいた三人には気づかれた。
長い杖のひとつが俺に向いているし、残りの二つはアンジェリーナを狙っている。
「強硬手段に出るつもりか!」
最優先事項は、アンジェリーナを含む学生たちに被害を出さないこと。
次に、俺の正体がばれないこと。
「呪いは施行できそうにない」
キャサリンのくれた回復液のおかげで体力は戻ったが、体内の呪いは不安定なままだ。
こんな場所で、呪術暴発を起こすわけにもいかない。
――しかたない……この手は使いたくなかったが。
決意を固めると、アンジェリーナに向かって全力で走り、
「アンジェリーナさん好きだー! 俺とつきあってくれー!!」
と、俺は大声で叫んだ。
周囲の学生たちが驚いた表情で俺を見る。
女子生徒などは「きゃっ」と悲鳴を上げたぐらいだ。
学舎の影に潜んでいた狙撃手たちも、一瞬、構えていた杖がズレる。
ただ単にアンジェリーナを救っても、正体がバレる可能性があったし、なにより敵の虚を突きたかったからだが。
ちょっと代償が大きすぎる気も……。
アンジェリーナは大きな目をさらに大きく見開き、俺を見た。
「えっ? なにっ!?」
俺がアンジェリーナをかばうように抱きかかえると、「ガシッ、ガシッ、ガシッ!」と何かを砕く鈍い音が三度響く。
ズレた構えから強引に発射したせいだろう。
放たれた鉄塊は、アンジェリーナの足下の石畳をえぐっていた。
確認しても、周囲の学生に被害はない。
ただ驚いて俺を眺めているだけだ。
アンジェリーナは砕けた石畳を視線の隅に捕らえると、ギュッと俺の首に手を回した。
「お願い、つれてって!」
震える声に俺は頷き、その場から走り去る。
アンジェリーナの行動を見た女子生徒の、さらなる悲鳴がこだましていた。
そして俺は走りながら、この後の作戦を立てていなかったことに気付く。
うん、いったい俺は、どこに向かっているのだろう?
■ ■ ■
学園内は危険だし、アンジェリーナが暮らす場所も手が回っている可能性がある。
書架も考えたが、アンジェリーナは連れて行けないだろう。
悩んだあげく、到着したのは……。
「ここは?」
アンジェリーナが、俺の腕の中で小首を傾げる。
「俺の家だが……よかったら、夕食でも」
「あらステキ!」
結局俺は、自宅まで全力疾走した。
キャサリンのくれた回復液のおかげか、ほとんど疲れていない。
さすが24時間戦える戦士の回復液だ。
むしろなにかがみなぎり過ぎて、抱きかかえていたアンジェリーナ大きな揺れる二つの膨らみとか、手に伝わる柔らかな感覚とか。
そんなものが気になってしかたがなかったぐらいだ。
そういえば小瓶の隅に『滋養強壮、精力回復、夜のお供に』とも書かれていたな。
「ねえ王子様、そろそろ降ろしていただけないかしら?」
その声に慌ててアンジェリーナを降ろそうとしたら。
「お坊ちゃまあああー!」
なぜか号泣しているコジロウが、屋敷から爆走してきた。
「どうしたコジロウ」
泣きじゃくるコジロウに、ちょっと引いてしまう。
「今までまったくそんなそぶりがなく、心配しておりましたが、やっとご伴侶を……」
「いやこれ、違うから」
大きな誤解が発生してしまったようだが、まだ腕の中にいたアンジェリーナは、楽しそうに微笑むと、
「アンジェリーナ・シーウォールと申します。どうぞ今後ともよろしく」
そういいながらコジロウに微笑みかけ、誤解に油を注ぎにいった。
俺はアンジェリーナを降ろして、ため息をつく。
襲撃にも気づいていたわけだし、彼女なら事情は察しているだろうに。
「まったく……」
あきれかえっていたら、わかってますよといわんばかりに、アンジェリーナがウインクしてくる。
「そういえば告白の返事がまだでしたわよね。もちろんOKです、これからよろしくね、王子様」
小悪魔のようなアンジェリーナの笑みに圧倒されつつ、「おめでとうございます!」と泣きじゃくるコジロウに抱きつかれ……。
俺はしかたなくもう一度、大きなため息をついく。
――今晩は、長い夜になりそうだ。