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第十話 大災厄〔第一門〕の形

俺が禁じられた書架に走り込むと、本を読んでいたキャサリンが顔を上げた。


「師匠は?」

「おお、王子様!」


慌てて立ち上がろうとしたキャサリンに、微笑み返す。

「気にしないで、ここでは身分は関係ないんだ。それに俺たちはもう仲間だろ」


俺の言葉に照れたように顔を伏せ、小さな声で呟く。

「ティンクル・パープ様は、調べ物があると、その、書架の奥へ……」


いつも師匠と呼んでいたから、久々に本名を聞いた。

そうそう、あの人はティンクルちゃんだった。俺がそう呼ぶと怒るんだよな。


しかし困ったな、聞きたいことがてんこ盛りなのに。


書架の奥はまるで迷宮だ。

そこに踏み込んで、あんな小さな人を探すのは、至難の業だ。


「なにか、その、探し物でも? お手伝いできれば……」

「あー、うん」


『虫』や『災厄の魔女』について師匠に聞きたかったが、さてどうしよう。


もうひとつの問題、ヘンリー王弟の件。これは師匠に聞くより、キャサリンの方が詳しいかもしれない。


なにせ彼女は、学園一の魔法使い。

学内パーティーなどで、理事であるヘンリー王弟とも話す機会があっただろう。


ほんの少しの情報でも、今は喉から手が出るほど欲しい。


「学園理事のヘンリー王弟と会ったことある?」

俺の質問に、サラサラとした長い銀髪を揺らして首を傾げる。


「数回」

「キャサリンから見て、どんな人? なにか話しとかしたことない?」


「印象に残って、ない。あまり込み入った話も……」


うん、そんな感じか。そんな気もしてた。

俺が苦笑いすると、キャサリンがポツポツと話し出す。


「ヘンリー王弟はアンジェリーナと、仲がいい。二人でよく話していた。彼女は私にもよく話かける。……アンジェリーナに、繋いでみましょうか」


「アンジェリーナね。俺、嫌われたかも」


「そう」

なぜかキャサリンが、ちょっと嬉しそうに微笑む。


彼女の微笑みに気が緩んだのか、目眩が襲ってきた。

「グレッグ王子様、大丈夫」


ぐるぐると回る天井を見ていたら、突然キャサリンの整った顔がアップになる。

心配して、俺の顔を覗き込んでいるのだろう。


「顔色悪い。回復ポーション?」


そして椅子の横にあった大きな鞄を漁りはじめる。

焼けてしまった学生寮から、私物を運んできたのだろうか?


「たぶんこれ、回復ポーション効かないやつだから」


なんとかしようとしてくれる気持ちが嬉しい。

俺が笑いかけると、キャサリンが俺の額に手を当てた。


細い指から、温かな体温が伝わってくる。

指先が輝いたから、サーチ魔法のような術で分析しているのだろう。


「本当に、王子は……その、魔力がないのですね」

「そうだね、だから一般的な回復ポーションは、あまり効かないそうだ」


魔女が『すべての呪いに愛される呪い』を俺にかけたせいで、触れたり近づいたりするだけでも、勝手に呪いを吸収してしまう。


そのせいで、俺には魔力が宿らない。


だが努力の結果、吸収した呪いを自分の術として、施行できるようになった。


今回の不調は『虫』が施行した呪いが、俺のなにかと『干渉』したのが原因だろう。

――強すぎる呪いは、吸収に時間がかかる。


「しばらく安静にすれば回復できるから」

もう一度、心配そうな顔のキャサリンに、俺は笑いかける。


「じゃあその、これ」

キャサリンは俺の額から手を離すと、小さな茶色のビンを鞄から取り出した。


「なにこれ?」

「これは魔力ではなく、体力に効く。“リーゲイン”と呼ばれる戦士の回復液。飲めば24時間戦える」


「貴重な物じゃないの?」

「構わない」


キャサリンが俺の目を、澄んだ青い瞳で覗き込む。


「アンジェリーナは、この時間なら、サロンにいると思う」

「サロン?」


「西学舎の食堂? みたいな、場所」


学園の学舎は東西南北にそれぞれ四舎存在する。その中で西学舎は、上流貴族や大商人の子女ばかりが集まる場所だ。


そこでは社交界さながらの、派閥やらなにやらの駆け引きも起きていると聞く。


「ありがとう、いってみるよ」


俺が立ち上がろうとすると、キャサリンは俺の手の上に、そっと自分の手を添える。


うつむき加減だが、ハッキリとした力強い言葉で……。


「どうか、無理はなさらないでください」



優しく俺の手を包み込みながら、彼女はそういった。



■ ■ ■



回廊から図書館を抜け、空を見上げると、日は随分と傾いていた。


西学舎は、書架のある古い図書館からもっとも遠い場所にある。

学園の敷地は広く、普通に歩けば30分以上。


「時間が足りない。走るしかないか」

サロンがいつまで開かれているかわからないが、もうすぐ夕暮れだ。



楽しそうに笑い合う学生たちに紛れ、俺は走りながら考えを巡らした。


王都消滅も、リリア公女の処刑確定も、明日起こる。

やっぱり休んでいる暇などない。


それに絡み合って見えた糸が、徐々に一本の線になりつつある。

三人の女性、王都消失、それに『ヘンリー王弟』。


まだ足りないピースはあるが、見えた部分はある。


そもそも『大災厄』は、魔術的災害だけとは限らない。

歴史をひもとくと、『天災』だったり、『流行病』だったり――『大戦』だったり。


多くの人命が失われ、その陰に人知がおよばぬ黒幕が存在する事件を総じて『大災厄』と呼んでいた。


今回の〔第一門〕は、内戦――あるいは、革命ではないかと思う。

まだ想像の域を出ないが……。


ヘンリー王弟は『王国』そのものの、政治構造に不満を持っている。


彼が同じような思想の有力者。あるいは、王国を邪魔に思っている他国とも共同して王都を襲撃すれば、今回の『鍵』の表示とつじつまが合う。


リリア公女の実家である公爵家は、ヘンリー王弟の政敵。

国王直轄の北花壇騎士隊が調査に乗り出していること。


そしてリリア公女だけではなく、アンジェリーナも有力者のひとりとして、この件に絡んでいるのなら……。



「いた!」


西学舎の出口から、豪奢な外套をまとった生徒たちが数人出てきた。

その中に一際目立つ桃色のショートカットに、ミニスカートの女生徒がいる。


小さな体躯だがオーラのような物を発し、自然と人の輪の中心になっていた。


「間違いない」


荒れた呼吸を整え、額の汗を拭う。


とうとう襲ってきた吐き気を堪えながら、周囲を見回す。

西学舎前にある小さな公園では、会話を楽しむ他の学生たちの姿もある。


ぱっと見変哲のない学園の放課後だが、俺は異変に気づき、しかたなく近くの茂みに身を隠した。


こんな時にばかり……。

「やっぱり俺は、いつだってツキに見放されてる」


――かすかな殺気が周囲を取り囲んでいた。


アンジェリーナたちの背後にある並木が風もないのに揺らいでいるし、消しきれない血なまぐささも鼻を突く。


アンジェリーナたちの取り囲み方は、お手本通り。

かなり腕の立つ暗殺集団だと考えた方がいいだろう。


わざわざ学園内で狙うってことは、痴情のもつれとか、学生同士のいざこざとか。

そんな理由を付けて、事件を葬る予定なのかもしれない。


『鍵』を確認するが、反応がない。

まだ吐き気がおさまらず、空腹のせいか、酸っぱい胃液が口内を巡る。


しかし暗殺を狙う奴等は、アンジェリーナたちを完全包囲しつつある。


校舎側の陰に三人、学生たちの後ろにある並木に二人。

噴水のあたりで、学生に紛れて談笑している二人の男たちの動きもおかしい。


陣形から見て、狙いはアンジェリーナで間違いなさそうだ。


鍵に話しかけても、目前に赤いノイズがいくつも走り、消えたり途切れたりを繰り返すだけだ。


しかたなく上着のポケットに手を突っ込んだら、指先に冷たいものがあたる。


「戦士の回復液か……」


俺は茶色の小瓶の蓋を開け、一気にそいつを飲み干す。


甘く酸味がきいた液体が空腹の胃に流し込まれ、しばらくしたら、身体の底から力が湧き出てくる。


目端で点滅していた赤いノイズがピッと音を立てて、一本の線に変わる。


「――わが誓いに従い、剣となれ!」


《SYSTEM》

【一部復帰】出力制限解除

【イベント】???

【ルート】???

【残り時間】???


俺の声に反応して鍵が輝き、いつもの剣が手におさまった。

ありがとうキャサリン。まだ本調子ではないが、これなら戦える。




――さあ、こっから先は、戦士の時間だ。






ここまでお読みいただきありがとうございます!


明日(2025年10月6日)からは、毎日20時の更新を予定しています。

続きが気になったら、是非チェックしてください。


面白いと思っていただけたら、応援いただけると励みになります!!


木野二九

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