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第一話 「悪役令嬢」という名の厄介者

婚約破棄された悪役令嬢を助けた瞬間、世界がズレた。


【警告】王都消失まで72時間

【任務】大災厄〔第一門〕を阻止せよ



俺は第七王子だが魔法が使えず「無能」と呼ばれ、陰で出がらし扱いされる男だ。


だがとある責務を背負っていて、そこから世界をデバッグしろと命じられている。


――そもそもデバッグってなんだ? 誰か説明してくれ。



さらに意味不明なことに、任務の詳細では、女性を選べと選択肢が出る。

こんなこと今までなかったのに。



その女性は……。


この世界に転生したら、

「学園物の悪役令嬢ってやつ」

「ループ序盤で死ぬ役だった」

「現代知識で無双するヒロインの適役なの」


と話す三人の、自称『乙女ゲームの“負け役”』たち。



――学園恋愛ゲーム? ループ物の鬱ゲー?? 現代知識で成り上がり???

なんだそれ、どうしてこうなった?



俺は、招待されていた公爵家のお茶会で深く悩み込む。

またもや深刻な危機が訪れているからだ。


言っておくが、俺はモテない。

十七年生きてきて、彼女すらできたこともない。


「あたしたち、仲間だって言ったじゃない!」

三人の令嬢が、テーブル越しに距離を詰めてくる。


カップを持つ手が、わずかに震えた。

皆、どうもお怒りのようだ。


確かに彼女たちとは、任務上約束を交わしたが……そこに私情など一切ない。


困っていたら、ちゃんと選べと迫るように、三人同時に手を差し伸べてきた。

あまりの気迫にのけぞりながら、俺は冷めた紅茶を一気に飲み干す。



その原因を探るべく……順を追って回想する。




――始まりは、兄から届いた舞踏会の招待状だ。


俺の名はグレッグ。


誕生と同時に魔女に『すべての呪いに愛される呪い』をかけられ、魔力が使えぬ体質になった。


魔女の件は王家の威信に関わる問題なので、公にされていない。

特技はある。だが秘密の任務の性質上、これも公に言えない。


母方の血のせいか、兄たちとは異なる黒ずんだブラウンの髪と彫りの浅い目鼻立ちは、女性に不評のようだ。


そんな俺を、派手好きな第三王子が呼ぶ理由なんて、ろくでもないに決まっていた。

それでも出席したのは、任務のためだ。



しかし今……俺は確信している。どこかで何かがズレたって。


――やはりあの夜がすべての元凶の始まりだ。



■ ■ ■



俺が会場に足を踏み入れると、周囲の視線が一瞬……集まった。

そのほとんどは王立学園の生徒。


学園はじまって以来の問題児と噂される俺を、馬鹿にでもしてるのだろう。


憤慨していたら、突然会場の音楽が止み、人だかりの中心に視線が移動した。

そこで兄が笑っている。よく通る声で、なにか寸劇のようなことをはじめた。


「公爵家が関わった学園予算の横流しの証拠が、ハッキリと記されている」

兄が書類の束を誇らしげに掲げる。


隣には最近話題の、庶民からの特待生として入学したマリー。


その正面は、同じ学園に通う公爵令嬢のリリア。


ウェーブの金髪に、整った面差し。

よく似合う豪奢な赤いドレスと堂に入った所作は本来なら場をさらうはずだが、今はうつむきがちで、握りしめた指先の白さだけが目に痛い。


リリア公女は証拠だと突きつけられた書類の束に、高速で目を通し、


「こっちも税率計算がおかしいし、そもそも合算が合わない……って、あれ? これ、私の暗算あってるわよね? あ、ちょっと待って、筆算したほうが……」


小声でブツブツ言いながら、ドレスの裾で必死に数字を書こうとして、おつきの侍女に止められていた。


まさかあのスピードで、複雑な会計書を暗算したのだろうか?


「この事実をないがしろにするため、それに気づいたマリーを学園から追い出そうとした! 証人は沢山いる」

兄が舞台役者を気取るような声色で叫ぶ。


「だから俺は、リリアとの婚約を破棄すると宣言する!!」


ドヤ顔全開の兄から目をそらし、貴賓席を確認すると見慣れた顔が並んでいる。


あきれかえって貴賓席を眺めていたら、視界の隅がざらついた。



会場からは、

「また婚約破棄ですって」

「今月何度目だったかしら?」

そんな声が聞こえてくる。


静かに異常な事態が進行している。


リリア公女の唇からも「炎上案件ね」と、意味のわからない言葉がこぼれた。

聞き慣れない言い回し――まるで別の世界の言葉だ。


やはり、世界のどこかで“ズレ”が起きているのだろうか。



やがて誰かが囁き、誰かが笑う。証拠だの謀略だの、ゆがんだ言葉が空気を汚していく。


リリア公女が悔しそうに唇をかんだ後、周囲を見回す。

彼女の視線が、ほんの一瞬、俺で止まった気がした。


これは裁きじゃない。たちの悪い見世物だ。

だからどれほど頑張っても、例え真実にたどり着いても、もう状況は変わらない。

俺の心の中で、そんな冷めた言葉が浮かぶ。


彼女とは半年前、一度だけ言葉を交わした。

その時見たあの泥だらけで無邪気な笑顔が、まだ忘れられない。


俺が苦笑いしていたら、会場にリリア公女の声が響いた。


「この文書は偽装されてるわ! 筆跡が所々違うし、こんな計算間違えするはずが……」

リリア公女が魔導紙を片手に反撃している。


涙をこらえ、立ち向かう姿は美しく見えたが、

「魔導紙が書き換え不可能なのは、周知の事実だろう」

兄の声が断罪に追い打ちをかける。


「それだってきっと、抜け道が!」

しかしリリア公女の訴えは、誰にもとどかない。


――やっぱりこれは、たちの悪い見世物だ。

反撃するなら、いったん引き上げて体制を整えるべきだ。

ここで決着を付けさせてはいけない。


どうしたものかと悩んでいたら、会場の隅で給仕の少年が、高く積み上げられたグラスの塔を困ったように見上げていた。

婚約披露のための仕掛けだったのだろうか。


ふと悪巧みが浮かぶ。

そうだ、泥にまみれるのは俺の方が似合う。


見世物に道化は要る。

だが、彼女が血を吐く役である必要はない。

代役なら俺で充分だ。


バカにされるのも慣れている。

今更自分の悪評が増えても気にもならない。


「それを貸してくれないか」

「ど、どちら様で……?」


兄の使用人なら、本名を名乗っても俺の申し出を断るかもしれない。

ましてや、噂の出がらしバカ王子だ。


「悪いね」


しかたなく認識を阻害する呪いをかける。

今頃彼の目には、絶対に逆らえないと感じている誰かに、俺が見えているはずだ。


給仕の少年から、トレイを受け取る。

渦の中心で、息を止めているリリア公女が見える。


「兄さんおめでとう! あっ……うわっ!」

ニコニコ笑いながら、山のように摘まれたグラスを運びつつ、兄の前ですっころんで見せた。


安心してくれ。グラスにも特殊な「呪い」をかけたから、割れはしない。

こんなつまらないショーで、けが人なんか出したくないからな。


まあ俺が浴びる葡萄酒のしぶきで、多少濡れるのは我慢してくれ。


ガシャンと派手な音が響き、注目が集まる。

俺の滑稽な動きに、周囲から驚きとバカにしたような笑いがもれる。


証拠として提出されていた魔導紙にも葡萄酒が飛び散った。


倒れ込みながら、慌てふためくバカを演じていたら、ゴンと鈍い、呪いと呪いがぶつかる音がした。


俺がグラスにかけた「壊れない呪い」と、魔導紙に誰かがかけていた別の呪いがぶつかったのだろう。


魔導紙から邪悪な黒い『腕』が、なにかを求めるように、真っ直ぐに俺の首に向かって伸びた。


「くそっ! なんて力だ」

こんなやつを顕現させたら、会場にいる全員の命が危ない。


「戻れ!」


体内の呪いを開放し、強引に黒い腕を魔導紙に戻そうとしたら、不意に俺の身体が何かに反応し……。


カチリと脳内で音がすると、立ちこめていた周囲の呪気じきが収束し、黒い腕がどこかにふと、消えた。


苦痛に顔をしかめ周囲を確認したが、飛び散る葡萄酒に怒鳴り散らす兄に注目していて、誰も気づいていない。


しかし、驚いたような顔のリリア公女と目が合った。


おかしい……こんな特殊な「呪い」に気づける人間がいるとは思えない。

一瞬膨らんだ呪気じきだって、施した術者以外には感じ取ることすらできないはずなのに。


「あなたやっぱり……ねえ、協力して!!」

リリア公女が俺に向かって叫ぶ。


またなにかがズレた感覚が俺を襲う。



リリア公女がどさくさに紛れて侍女たちに助け出されるのを確認してから、俺は人混みに紛れて、会場から逃げ出した。


今夜はこれでお開きだろう。


学園に俺の不評が増えたところで今更だし。


兄に敵視され、取り返しのつかない問題が起こるかもしれないが、それでもリリア公女の道化姿を見せられ続けるより、ずっといい。


走りながら、甘い葡萄酒の香りにむせつつ俺はそう考えたが、それが甘すぎたことは、すぐに実証された。


何かに見られている気配が消えない。


そして会場だった兄の邸宅を出て、人通りのない路地裏でひと息つく。




――今思い返せば、ここが最初で最大の『選択失敗』だ。

なにせ彼女たちは、愛おしいほど厄介な『負け役令嬢』だからだ。


まあでも、しかたがない。


この軋みを上げて崩れはじめた世界を守り、君に課せられた運命を変え、いつだって笑っていられるよう――。


「君を救うため世界をデバッグする」


と……俺はこの後、誓ってしまうのだから。

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