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歴史

この小説はAIの補助が行われています。嫌悪感を抱く方は閲覧をオススメしません

この世界は、今君達がいる世界とは少し違う。


1年は250日。1日は35時間。季節は秋と春のみ。冬も夏も存在しない。


だが、人間は存在する。国もある。文化もある。そう、この世界は“似て非なる”もうひとつの世界――「日東帝国」。


俺の名前は日向悠。日東帝国第八学区にある私立日東学園の高校生だ。いわゆる陰キャ、いや、それ以上に重度の歴史オタク。人付き合いが苦手で、休み時間に話しかけてくるやつなんてまずいない。けれど俺はそれで構わない。


なぜなら、俺にはこの国の歴史という、終わりのない大河に身を委ねる習慣があるからだ。


「この国で最初に天下統一を果たしたのは徳田信長。黒船で来航したのは“メリー”。」


こうした歴史の大枠を俺は当然知っているし、むしろもっと細かく、マイナーな人物の逸話まで語れる。日東戦国時代の忘れられた武将、架空と断じられた戦役、改竄された系譜。俺にとってそれらは宝だ。


今日も登校のリュックには、分厚い歴史本を数冊詰め込んでいる。背中は重いが、心は軽い。


放課後。空は赤みを帯び、落ち葉が風に舞っていた。

いつものように読書しながら帰路をたどっていた俺は、ふと違和感を覚えた。


……なんか足元に人がいる?


僕「うわっ……!」


思わず声が出た。落としそうになった本をなんとかキャッチして、視線を下に向ける。


道路脇、壁に頭を向けてしゃがみこんでいる女子生徒。制服からして、俺とは別の学校の生徒らしい。肩をすぼめ、ぶつぶつ何かを呟いている。


明らかに様子がおかしい。


僕「え、あの、大丈夫ですか?」


声をかけると、その子はぴくりと体を揺らした。肩越しに俺をちらと見ると、うつむいたままぼそぼそと喋り出した。


彼女「……ありえない、あれだけしたのに……誰も覚えてないなんて……どうして……」


混乱しているのか、声が小さくて聞き取りづらい。必死に耳を傾けると、急にその子が叫ぶように言った。


彼女「あなた、歴史の本持ってるけど!歴史、詳しいの!?“南条家”って知ってる!?“南条治子”!!」


突然の大声に驚きながらも、聞かれた名前に反応する。


僕「……え、南条治子? ああ、確か……南条家の家督を継いだけど、特に功績の記録が無くて、歴史本とかにも載らない人物……マイナーだけど、一応知ってるよ」


するとその女子はぱぁっと表情を明るくして、深く長いため息をついた。


彼女「……よかった……」


それから、彼女は立ち上がり、急に態度が豹変した。


彼女「私は直野志保。今世ではそう名付けられたけど、私には“前世”の記憶があるの」


僕「え?」


志保「そう、私は特別な存在。選ばれし者。全ての人生で、歴史に名を刻んできたのよ!」


その口調は高圧的で、どこか女王様のようだった。話すときはやたら偉そうで、わざわざ言い直してまで自分を持ち上げる。けれどその一方で、言葉の節々に焦りのようなものも感じた。


志保「……でも、南条治子だけは違ったの。あの人生だけ、どうしても上手くいかなくて、歴史の本にすら載らない。私が歴史に残っていないなんて、そんなの耐えられない!」


30分くらい、ずっと彼女の“自分語り”が続いた。


俺は黙って聞くしかなかった。どんなに中身のない話でも、彼女の声量と勢いに気圧されて口を挟むこともできない。とにかく、自信満々に言い切るその態度に、反論する気力すら削がれる。


やがて志保は「せめて、自分の通ってる学校とこの学校で“南条治子”の名を知らしめたい」と言い出した。


僕「いや、それって無理じゃ……」


そう言いたかった。でも彼女は俺の腕をがしっと掴んで、目をじっと見てきた。


僕「あなた、歴史詳しいんでしょ? だったら協力して。当然よね?」


まるで選択肢がないような圧。


僕「……わ、わかったよ……」


俺は思わず頷いてしまった。


この瞬間から、俺は直野志保――いや、南条治子の亡霊に取り憑かれたのだ。




志保「ちょっとそこの席、開けて」


翌日、教室の隅っこに座っている俺の前に、志保が突然現れた。昨日の再会から、まさか同じ学校に転入してくるとは思ってもみなかった。


しかも、やっぱり高圧的な態度はそのままだ。


志保「ここ、私の定位置にするから」


僕「……え?」


志保「文句ある?」


そう言われては、何も言えない。周囲の生徒たちは「誰あれ……」「急に転入してきた女の子?」とざわついていた。


けれど志保は気にしない。というか、気にする気が最初からないらしい。


志保「ねえ、文化祭で発表するって話、ちゃんと進めてる? あなた、調べ物とか得意でしょ?」


まるで俺の性格すらデータベースに入っているかのように、ピンポイントで役割を押し付けてくる。


仕方なく、俺はその日から毎日「南条治子」の功績や背景、南条家の史料を掘り返すことにした。


でも、どうしても何も出てこない。


なぜなら、「南条治子」という人物に関する文献は、日東帝国史において“存在しないに等しい”からだ。

志保にそれを伝えると、彼女は大きくため息をついた。


志保「……やっぱりそうか。あの時代、戦乱で文献が大量に焼かれたの。徳田家が記録を都合よく消したのよ。全部」


僕「そんな話、どこにも……」


志保「私の記憶が証拠よ!」


あまりに自信満々に言われると、もはや否定も難しい。


そして文化祭まであと一月という頃、志保は俺に一枚の紙を渡してきた。


志保「これ、文化祭で使う台本。全部私が書いたから、あなたはこれに沿って映像とかスライドとか作って」


その内容は――


「南条治子こそ、日東帝国を救った影の交渉人だった!」


という仰々しい見出しとともに、完全に史実無視のファンタジーのような語りが続いていた。


それでも、志保は本気だった。目を輝かせて「これでみんなに私の偉大さが伝わる」と言っていた。


俺は「どうせ誰も見てないだろうし、やってもやらなくても変わらない」と思いながらも、半ば惰性で協力を続けた。


そして――


文化祭当日。


生徒たちがにぎやかに立ち並び、校内は装飾と熱気に包まれていた。


俺たちは講堂の舞台を借り、プレゼン形式で「南条治子の軌跡」を披露することにした。


志保は袖で腕を組み、まるで女王のような佇まいで立っていた。


志保「見なさい。これが本物の歴史よ」


目は自信に満ち、口元には薄い笑み。


けれど、始まって10分後。


「……誰だよそれ」


「なんか嘘くさ……」


「マジで意味わからん。どうでもよ」


観客席から聞こえる小さな呟きが、明らかに志保の表情を凍らせていった。


いつもの尊大な彼女が、ふと舞台袖で下を向いたまま固まっている。


僕「志保……?」


俺が横目で見ると、彼女は声も出さず、ただ真顔で唇を噛んでいた。


発表が終わると、彼女はそのまま俺の前を素通りして歩き出した。俺が追いかけて声をかけると、立ち止まり、ゆっくりと振り返った。


志保「……あんな、つまらない人たちの前で……私は、無意味だったの……?」


目に、涙が浮かんでいた。


あの高圧的な彼女が、まるで初めて会ったときのようにしおらしく、小さな声で呟く。


その日の帰り、俺は何も言えなかった。


彼女はバスにも乗らず、ひとり歩いて帰っていった。

俺も自分の家に戻った。


いつもなら、こういう失敗は「まぁいいか」と流していた。


でも、今回は違った。


あの時の、彼女の顔が、脳裏から離れなかった。




文化祭から数日が過ぎた。


志保は学校に来なくなった。連絡もない。俺のスマホにも何も届かない。


あの高圧的で偉そうだった志保が、まるで影のように消えてしまった。


だけど――あの時、彼女が見せた「泣きそうな顔」がどうしても忘れられなかった。


……あれは、作っていた顔じゃない。


自分の過去を証明できず、それを笑われ、馬鹿にされ、それでも心のどこかで「誰かに知ってほしかった」と願っていた。


彼女の記憶が本物かどうかなんて、正直どうでもよかった。


あれだけ堂々と主張していた彼女が、何も言い返せずに泣きそうになっていたあの光景だけが、胸に引っかかっていた。


ある日の放課後、俺は図書館にこもっていた。


家には帰らず、閉館ギリギリまで文献を読み漁る。

探しているのは――“南条治子”の存在を裏付ける証拠だ。


もしかしたら、彼女が言っていたことに一分の真実があるかもしれない。


もしかしたら、誰にも知られずに歴史から消された「本当の戦い」があったのかもしれない。


俺は国立史料館、戦争遺跡データベース、日東学術協会の民間記録など、デジタルとアナログの両面からあらゆる資料を探した。


日東帝国が激動の時代を迎えたのは、第十三期徳田政権の末期。


その時、徳田軍が南部連合を制圧し、北上を開始。帝都攻略を目指していた。


この“徳田進軍ルート”の中に、なぜか2週間だけ停滞していた謎の空白がある。


「兵站の補給のため」「内部分裂」「疫病」――その空白の理由は、どの資料もあいまいだ。


だが、俺はある村の郷土史料に出会った。


「南条村古記録」


その中に、こうあった。


『十三期末、徳田軍進軍中、当村にて“ひとりの女”が軍の足止めを行ったとされる。名は記されず、地元では“鬼女”とも称された』


これを読んだ時、背筋がぞくりとした。


“ひとりの女”――“鬼女”――


名前は無い。けれど、志保が語っていた内容と重なる。


もしこれが本当なら、南条治子は、たった一人で徳田軍を止めた“闇に葬られた英雄”だったのかもしれない。


俺は夜の自室で、志保の連絡先を開いた。


……迷った。


でも、送った。


僕「志保さん、あの時、君が言ってたこと……本当だったのかもしれない」


僕「歴史には、南条治子の記録は載ってない。でも、ある村の記録に“ひとりの女”が徳田軍を止めたって書いてあった。誰にも知られずに、歴史から消されてた」


しばらく既読はつかない。


でも、数日後――


電話が鳴った。


表示された名前は「直野志保」。


僕「……もしもし?」


受話器越しの声は、震えていた。


志保「……怖かったの。私、思い出したの」


僕「……思い出した?」


志保「“あの時”よ。私が、南条治子だった時の最後の瞬間……」


声が震え、時折すすり泣く音が混ざっていた。


志保「……怖かった。何度も死んできたけど、あの時は特に怖かった。次の人生があるって分かってても、それでも……怖くて、怖くて。それに、この人生では、何も成せてなかったの。何も」


電話の向こうで、嗚咽が混ざる。


志保「でも、気づいたら足が勝手に動いてて……私、あの時、ひとりで徳田軍の本隊に向かってたの。私が死ねば、あの村が救われるって……わかってたから」


僕「……」


俺は言葉を失った。


志保はゆっくり、涙を含んだ声で続けた。


志保「……思い出せて、よかった。やっと、本当の自分を……思い出せたの。ありがとう」


彼女の声には、震えとともに、どこかほっとしたような温度があった。


やっと思い出した。


やっと、自分が誰だったのかを、証明できた。


俺はスマホを見つめながら、心の奥から込み上げてくる感情を抑えられなかった。


達成感。安堵。そして、ほんの少しの誇り。

彼女の“もうひとつの人生”を、確かに掘り当てることができたのだ。


だが、それで終わりにはしたくなかった。


文化祭で、彼女の話を笑った奴ら。


誰も耳を傾けなかった、あの空間。


あれは間違っていた。


けれど、この真実を、どこに発表すればいい?


学術界に提出したって、まともに扱ってもらえる保証はない。


ネットの掲示板に書いたって、ネタ扱いされて終わる。


……そうだ。


思い出した。


今、“なんでも解説系YuuTuber”っていうチャンネルがバズっている。歴史・都市伝説・未解決事件を解説しては炎上ギリギリのところで人気を博してるやつだ。


そのアカウント主は最近、動画のネタが尽きてきて「情報提供求む」とまでDMで呼びかけていた。


俺は思い切って、そのYuuTuberにDMを送った。


「【未発表史料あり】“ひとりの女が徳田軍を数週間止めた”という、歴史から消された戦役の話です」


スクショ、証拠、郷土史料の写し。俺は全てをまとめて、送った。


もしこれが世に出れば――志保の存在が、多くの人に届くかもしれない。


彼女は「歴史に名を刻みたかった」のだ。


それを叶える手段が、ようやく整った。




数日後。


いつものようにスマホをいじっていると、通知が来た。


動画サイト「YuuTube」からだ。


「【真相】当時天下最強の徳田軍を何週間も一人で止めた、闇に葬られた“勇者”の話」


投稿者は、あの“なんでも解説系YuuTuber”。


フォロワー数はすでに80万人を超えていて、最近は「都市伝説ネタはネタ切れです!」とライブで叫んでいた人物だ。


にもかかわらず――その動画には、俺が送った資料、文章、地図、すべてが使われていた。


動画の冒頭、彼の声が熱を帯びていた。


YuuTube「今回はマジです。信じてもらえないかもしれませんが、本当にあった話です。現代の歴史からは完全に削除された一人の女の記録……“南条治子”」


ナレーションとともに、徳田軍の進軍ルートが表示される。


数週間の進軍停止。軍の奇妙な行動。意味不明な迂回戦。


YuuTube「資料がほとんど存在しない“空白の5年間”。でも、ある村の郷土史料に記されていた“鬼女”という存在」


YuuTube「この“鬼女”は、たったひとりで軍を止めた――いや、“交渉し続けた”と考えられている。そして彼女は、戦が終わる前に処刑された」


図解、地図、ナレーション、感情を込めた話しぶり。

最後には、こう結んでいた。


YuuTube「彼女の名前は、南条治子。歴史に残らなかった一人の英雄。けれど、彼女の犠牲がなければ、今のこの国は存在しなかったのかもしれない」


動画のコメント欄はすぐに炎上した。


「なにこれ…ガチ?」


「普通に感動した」


「俺の地元この村の近くだったわ」


「歴史に名前が残らない英雄ってほんとにいるんだな」


「めっちゃ涙出たんだけど」


あっという間に100万再生を突破した。


ネットニュースでも取り上げられた。「無名の英雄・南条治子、再評価の波か?」


それでも――志保は、まだ学校に来ない。


そして、俺のスマホが震えた。


着信。「直野志保」。


僕「……はい、もしもし」


最初、何も聞こえなかった。


けれど、その沈黙の中に――しゃくりあげるような、小さな泣き声が聞こえてきた。


志保「……っ、うぅ……う……」


僕「志保さん?」


志保「見たの……動画……」


僕「……うん」


志保「私のこと、みんなが……見てくれてた……名前も、……ちゃんと、呼んでくれてた」


僕「……あぁ」


志保「忘れられてなかった……私、本当に……ちゃんと、存在してたんだって……!」


泣きじゃくる声が、受話器越しに胸に突き刺さる。

あの高圧的で、誰にも媚びず、常に人を見下していた彼女が、今、こんなにも弱々しく、純粋に泣いている。


俺は、彼女の「本当の顔」を、初めて見た気がした。


志保「……ありがとう、私……これで、生きていける」


僕「……もう、ひとりじゃないよ」


志保「……うん」




次の日、志保は久しぶりに学校に来た。


でも、もう以前のような高圧的な雰囲気はなかった。

教室のドアを開けると、彼女はいつも通りの姿で入ってきた――かのように見えた。


だが、周囲の空気は明らかに変わっていた。


「……あの動画の人、あいつらが言ってた奴だよな」


「ガチだったの?」


「本当の話だったの……?」


志保は周囲の囁きに目もくれず、俺の隣の席に、すとんと腰を下ろした。


志保「……見直したわ、あんた」


僕「そうかよ」


志保「……でも調子に乗らないで。これは、私が思い出したかっただけ。感謝はしてる。でも、私の記憶よ」


僕「そういうとこ、変わらねぇな」


志保「当然でしょ?」


そう言って、彼女はふっと笑った。


その横顔には、もう迷いも、虚勢もなかった。


まるで、南条治子という名前を取り戻したことで、ようやく“本当の直野志保”になれたような……そんな、誇りと安堵が混ざった笑みだった。


志保「これからも付き合ってもらうわよ。私の歴史を、もっと掘り返すんだから」


僕「……はいはい、了解です、殿様……って、え?」


志保「当たり前でしょ、私のパートナー。」


ぽかっと軽く俺の肩を叩く彼女の手は、あたたかかった。


“歴史に名を残したい”なんて、普通なら笑われる願いかもしれない。


でも、彼女は本当にそれを成し遂げた。


命を懸けて戦った前世。そして、それを現世で証明するというもうひとつの戦い。


俺は、その戦いの“証人”になれた。


いや、もしかしたら――


いつかまた別の人生で、彼女が何かを背負って立ち上がる時、俺はまた“彼女のそば”にいるのかもしれない。


僕「……なんか、良い話になったな」


志保「良い話だけど、終わってないわよ。私は、ここからよ」


僕「えっ、また何かすんの?」


志保「当然でしょ? これからは“歴史に名を刻んだ人間”として生きるのよ。それに、中途半端に有名になっちゃった詩人の紙之上洋子や菓子界隈の革命家……まだまだ居るのよ。」


僕「めんどくせぇな……」


志保「何か言った?」


僕「……何も」


笑いながら、またふたり、物語を歩き出した。


彼女の“未来”は、まだまだやるべき事が山積みだ。




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