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幻の湖

作者: ネコミケ


この森には、湖があるらしい。



川が繋がっていない孤立した湖で、それはそれは美しいのだと言われている。





私は子どもの頃、よくこの森で友達とかくれんぼや鬼ごっこをして楽しんだものだ。



…でも、湖なんて見たことがない。



雨もあまり降らない地域だから、水たまりさえ少ないというのに。





そんな、幻ともいえよう美しい湖を一目見たいと、よく写真家やら画家やらがここを訪れる。



彼らは、すぐ近くにある、私の故郷でもある村に立ち寄ってから、森の中へと吸い込まれていく。



たしか、森の向こう側にも集落があったはずだ。



古い神社もあって、湖を見る以外の目的の観光客も少なからず訪れるこの村には、一期一会という言葉がよく似合う。



…それにしても、村に一つも湖の絵や写真は残っていないのは変だ。



だからこそ、森の中へ足を運ぶ者が後を絶たないのだともいえるが。





そして、私も湖に魅了されたうちの一人というわけだ。



村を出てからというもの、私は奇しくも芸術に……よりにもよって風景画に傾倒していった。



国内、海外問わず、いろいろなところへ絵を描きに行った。



でも、旅の終わりには、毎回この村に帰ってきてしまう。



一種のホームシックに似たものだとばかり思っていたが、特段、この村に帰ると安心感が得られるというわけでもなかった。



そしてある日、ふと湖のことを思い出した。



自分もその湖の絵を描くことを望んでいるのだと、私はその時にようやく気付いた。





幼いころ、これより先に入ってはいけないと、目印として大人たちが張った黒と黄色のテープを越えて、森の奥深くへと歩みを進める。



そこに道なんてなかったが、私を招き入れるかのように木々には幾分かの隙間があって、殊の外するすると進んでいけた。







気がつくと、湖が遠巻きに見える位置まで到達していた。



初めて目の当たりにしたにも関わらず、間違いなくこの湖が噂のものだと確信させられるほどの説得力を持った美しさが、そこにはあった。







どうやら、自分が画材を用意しようと動いたことさえ忘れていたようだった。



湖のほとりに組み立てられたデッサン用のボードのすぐ隣で、私は画材を詰め込んだバッグを背負ったまま、長いこと立ちすくんでいた。



でも、悪い気分ではない。



寧ろ、もっともっと近くで見たい、近くで感じたいと、身体が渇望する。 





水際まで来て、ただひたすらに深い深い青色の湖を眺めていた。



…すると、さっきまでとは違ったものが目に映る。



森の木々や空の青色が反射していただけだった湖面ではなく、湖の底にあるものの輪郭が見えるようになっていた。



かろうじて、私が持ってきたようなボードが、幾つも沈んでいることがわかった。



しかし、肝心の、そこに何が描かれているかまではわからない。










身体に纏わりつく抵抗感を押し除けて、段々と服が重くなっていくのを感じながらそれに近づいていく。




そこには、今ちょうど私が"感じている"湖らしきものが描かれていた。




ただ、少し違和感がある。




描かれている湖の水位が、本物よりも幾分低く描かれている。











…そうか。




ずっと鳴り響いていたらしい、私の体内から空気が漏れていく音が聞こえなくなる。




私ももう、後戻りはできない。




また少し、湖の水位が上がった。





こっちもよろしく

『TRAVELUMINA』(ファンタジーです)

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