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少しの変化

怒らないとオペラには途中入場できないのかしら?

別の方法ってないのかな。

こう考えていると、7回目の結婚式の時に聞いた言葉を思い出す。

『人にお願いした事ないのかしら?』

『上から目線だし、威張り散らすし』

『人の気分が悪くなる事しかしないわよね』


下手に出てお願いする方法。

そもそも、侯爵令嬢である私が受付係に下手に出るなんて有り得る?

嫌、ないわ。

この国ははっきりした階級社会。


受付係に対して下手に出たと噂が広まったら、失笑の的じゃない。

自分の威厳を保ちつつ、威張らない方法は……、一つあった!


初めからエリーおば様に話しかければいいんだわ。

それなら、エリーおば様がプラチナチケットを受付に出してくれれば中に入れる。

我ながらいい考えを思いついたわ。

本当は、公爵未亡人であるエリーヌ・ドラテオ様のほうが身分が高いから、こちらから話しかけるのはマナー違反だ。

でも、まだ『はじめまして』なのだから、ギリギリマナー違反にはならない。


どうやって事を運べばうまくいくのかしら?

オペラ座に着くまでに、何度も頭の中でシミュレーションを行った。

何としても成功させなければいけない。

馬車がオペラ座に到着してから一呼吸おいて外に出た。


私が馬車を降りるのと、エリーおば様が馬車を降りるのが同じくらいのタイミングになった。

ループを繰り返す私にとっては、エリーおば様の反応が大体想像がつく。

ここからが勝負だ。


「ごきげんよう、マダム」

私は今までで一番丁寧なカーテシーをしてみせた。

エリーおば様は、初対面の私に簡単な挨拶をしてくれる。


「準備に戸惑ってしまって出発が遅れた上に、渋滞に巻き込まれてしまいまして。こんなに遅れては観劇は難しいのではないかと心配しておりますの」

少し悲しい顔をして見せる。


「あら、お嬢さんもなの?わたくしも同じよ」

エリーおば様は少し距離のある話し方をする。

車椅子を押すイビサの表情も硬い。

初対面だから当然だ。


でも、もう少し打ち解けてもらわないといけない。

確か名付け子が関係者って言っていたはずだ。


「このオペラ、新作だと聞いて楽しみにしてまいりました。きっと関係者の方々はさぞ大変だったでしょう。ですから途中からでもいいから、何としても観劇したいと思っております」

関係者という言葉が少し心に響いたのか、エリーおば様の表情が少し緩んだ。


「途中からの入場を交渉しようと思いますわ。マダムはお待ちになってください」


確か、『若い頃のキャスに似ている』って言っていた。

このキャスさんが何者なのかはわからないけれど、毅然とした態度で交渉しないと、打ち解けてもらえないだろう。


堂々とした態度で受付係の前まで行く。

「いらっしゃいませ。申し訳ございませんが、このお時間からのご入場のご案内は致しかねます」

ダークブラウンの髪を、綺麗に結った受付嬢が申し訳なさそうに言った。


ここまでは毎回同じ。


「途中入場が難しいのは存じておりますが、事故の渋滞に巻き込まれてしまって1時間も遅れてしまいましたのよ。あちらにも私と同じく、事故渋滞に巻き込まれた方がいらっしゃいますでしょ?」

冷静に交渉をする。

前回までのように、受付係に詰め寄りすぎるとエリーおば様が眉を顰めてこちらを見て、帰ってしまうのだ。


ここでゴールドチケットを受付台に乗せた。

「なんとかならないかしら?どうしてもこのオペラが観たいのよ」

私にとってはこのオペラじゃないとダメだ。


「あちらにお待ちになっているマダムも同様ですわ。何としてもこのオペラを観劇されたいはずです」

声を荒げず、貴族の威厳は損なわないように交渉を続ける。

エリーおば様が交渉に加わってくれるまで粘らないといけない。


「ゴールドチケットでラグジュアリーエリアだから入れないのかしら?あちらのマダムと共に入れて頂きたいの」

貴族としての態度は崩さないように。でも声を荒げないように。

細心の注意を払いながら交渉を続ける。


ここで、エリーおば様が隣に来た。

少しホッとするが、顔に出ないように口をぎゅっと結ぶ。


「わたくしの名付け子が、このオペラの関係者なの。ですから、私もお願いしたいわ」

エリーおば様がプラチナチケットを出した。


「名付け子がチケットを送ってくれたのよ。あなたが掛け合う様子を見て、勇気を出してみましたのよ」


「勇気は大切ですわ」

にっこりと笑いかけると、エリーおば様も笑顔を見せた。


「お嬢さんは物怖じせずに、すごいわね。しかも、わたくしの事も気を遣ってくださるなんてね」

私は少し前屈みになり、車椅子のエリーおば様と視線を合わせる。


「このチケットなら、こちらのお嬢さんも一緒に観覧できるのではなくて?」

エリーおば様のチケットを受け取った受付係は「少々お待ちください」と言って奥に確認に行ったが、すぐに戻ってきた。


「こちらのチケットはボックス一つ貸切になっておりますので、ご案内可能でございます」

奥から男性の係員が出てきて、誘導をしてくれる。

「貸し切りなら、ゴールドチケットのお嬢さんも、私と同じボックスに案内してくださるかしら?」

エリーおば様が男性係員の目をみて言った。

「もちろんでございます。貸し切りブースでございますので、追加料金なしでご案内可能でございます」


「交渉してみるものね。お嬢さんもご一緒に行きましょう?」

「マダム、ありがとうございます」

ちょっと大げさに喜んで見せた。

やりすぎではないわよね?

誰も眉を顰めないので、セーフだ。


安堵して車椅子のエリーおば様の隣を同じスピードで歩く。


「お嬢さんのお陰で、久々に冒険をした気分だわ。わたくしは、エリーヌ・ドラテオよ。こちらは、わたくしのお世話をしてくれるイピサ」

イビサは軽く挨拶をしてくれた。


「お嬢さんのお名前を聞かせてくださらないかしら?」

「わたくしはアビゲイル・ダンフォードですわ。以後お見知りおきを、ドラテオ公爵夫人」

歩きながらなのでカーテシーはしなかったが、丁寧な挨拶をする。


「あら!公爵未亡人なんて呼ばずにエリーおば様と呼んで頂戴。ダンフォード侯爵令嬢の事はアビーって呼んで構わないかしら?」

「ええ。もちろんですわ」

「久々に可愛らしいお知り合いができたわ」

エリーおば様が車椅子を押すイビサに笑いかけた。

「奥様、よかったですね」


「アビーのビンテージドレス、まるで咲き誇るバラに夜露が付いているかのうよに宝石が縫い付けられていて本当に美しいドレスね。そのストロベリーブロンドに良く似合っているわ」

エリーおば様に言われてドレスを見る。


「ええ、世界的女優であるゾーイの私物だったものです」

人工ダイヤを散りばめた真っ赤なドレスは光を受けて、輝く。


「まあ!では、噂のオークションで落札したのね」

「ええ。父にお願いしました」


ゆるいスロープを螺旋状に登った先にあった扉の前で係の男性が止まったので、私たちもドアの前で止まった。



「では、こちらでございます」

係の男性が廊下の灯りを落として、ボックス席のドアを開ける。


案内されたボックスでオペラを観覧しているのは、男性1人だけだった。

エリーおば様の名付け子のエルヴェ・イステル氏だ。


入ってきた私たちを見た後、嬉しそうに満面の笑みを浮かべ、ご婦人にウインクをしてからまた観覧を続ける。


幕間になり、会場が明るくなると、イステル氏はエリーおば様の前に来た。


肩くらいまでの少し波打った栗色の髪と、ラピスラズリのような深い蒼い瞳が何度見ても印象的だ。

服の上からでも、鍛え上げられた背筋の強靭さがわかる。

何度見ても好みのタイプだと思うけど、爵位が釣り合わないわ。


「エリー伯母様!来てくれたんですね」

「私の可愛いエル!いつ戻ったの?」

エリーおば様は、嬉しそうにハグをした。

「昨日です。このボックスは2ヶ月前から予約していたんですよ」

「まあ!大変だったのではなくて?」

「ええ。使えるコネを総動員しました。体調はどうですか?たまには出歩かないと」


「そうね。今日は、観劇に来ようか迷ったのよ。1時間も遅れて到着したから帰ろうかと思ったのだけれど、このお嬢さんがね。フフフ」

はずむように笑う。


「このご令嬢がどうしたのですか?」


「毅然とした態度で受付の女性と交渉しているのよ。その姿を見ていて、若い頃のキャスを思い出してね。私も交渉に加わったのよ」

悪戯っぽく笑うエリーおば様を見て、イステル氏は嬉しそうに笑った。


「伯母様のお話に出てくる古い友人のキャスさんと、このご令嬢は似ているのですか?」

「ええ。似たところがいっぱいあるわ。だから私の新しいお知り合いになってもらったのよ」


「そうですか!それはよかった。お嬢さん、私はエルヴェ・イステルです。伯母様がこのボックスまで来る勇気をくれてありがとう」


「わたくしはアビゲイル・ダンフォードでございます」

「ダンフォード侯爵家のご令嬢ですか。確かにそのストロベリーブロンドと、琥珀を連想させる瞳はダンフォード侯爵家の特徴ですね。これは失礼いたしました」

イステル氏は膝をつき騎士の礼をした。


「プラチナチケットは伯母様のために用意したんですよ?オペラの後のお楽しみのために」

それを聞いてエリーおば様は目を輝かせた。


「バックヤード探検ね? 出演者や、楽屋裏に準備されているたくさんの予備の衣装も見る事ができるね。もう1人の名付け子にも会えるし、ワクワクするような事がいっぱいあるの。アビーもいかが?」

エリーさんが嬉しそうに誘ってくれたが、私は一切興味がない。

でも、何かを変えないと、私の未来は変わらない。

ここでこの誘いに乗った方がいいような気もするし、乗ったところで変わらない気もする。



「ダンフォード侯爵令嬢もご一緒にいかがですか?きっと未来が変わりますよ?」

未来がかわる?

その言葉に反応してしまう。


「ではわたくしもご一緒させて頂きますわ」

「まあ!嬉しいわ」

子供のようにはしゃぐエリーおば様を見て、なんとか未来を変えなければと考えていると、再開のブザーが鳴り、幕間が終わった。


オペラが終わった後は、バックヤードツアーのためにボックス席に座ったまま帰っていく観客達を眺めていた。

どうやったら未来を変えられるのだろうか。


その答えを探すためにバックヤードツアーに出かける。

プラチナチケット専用のサービスとあって、他の観客と共に見学するのではなく、完全にプライベートツアーだ。


まず、男性係員が案内のためにやってきた。

この男性知っている!

と言っても、15回目では『はじめまして』にはなる。


過去1回から6回目までのループの時、オペラに入れてもらうために受付係を怒鳴り、ドレスにインク染みを作った後、謝りに出てくる男性係員だ。


「バックヤードツアーをご案内いたします」

そう言ってドアを開けてくれたので、何食わぬ顔で男性についていく。

今回は、受付係を怒ったりしなかったから、男性係員とは何の接点もない。


まずは、演出家との対面だった。

この演出家がエリーおば様のもう一人の名付け子だったのだ。


名付け子とは、洗礼式の時に子供に名前を贈ってくれる人のことだ。

我が家の場合は、家臣や分家にあたる伯爵家などに子供が生まれたらお父様が名付け親として出席して名前を贈る。


名付け親が同じだからといって、名付け子同士が親戚とは限らない。

今回のエリーおば様のケースはまさにそうだった。

演出家の男性は、イステル氏に礼をしている。

この対応からイステル氏よりも演出家の方が爵位が低いのだろう。


演出家から色々な説明を受けた後、出演者であるオペラ歌手と対面して、小道具を見たり、舞台衣装を見たり、オーケストラ奏者達の話を聞いたりした。

思ったよりも楽しかったわ。


有名なオペラ歌手やバレエのプリンシパル、バイオリン奏者などは国王陛下のプライベートなパーティーなどに呼ばれることもあるらしい。

だから、オペラ歌手や楽器奏者と顔見知りになるのも悪いことではないわ。


帰り際だった。

「アビー、近いうちにお茶に招待してもいいかしら?」

「もちろんですわ」

返事をしながら、内心、明日か明後日にでも呼んでくれないかしら?と考える。

そうすれば未来は大きく変わるかもしれない。


「伯母様、いい案ですね」

エステル氏がエリーおば様に微笑みかけた後、こちらを向いた。


「ダンフォード侯爵令嬢、不躾な質問をお許しください。もしや、明日、オーレリア子爵家とボイド伯爵家の結婚式に参列されますか?私も参列予定なもので、もしも会場でお会いしたら一曲踊って頂けますか?」

イステル氏が丁寧に聞いてくれた。


「確かにオーレリア子爵家はダンフォード侯爵家の分家ですので参列いたしますわ」

私の返事を聞いてエリーおば様が目を輝かせる。


「まあ!こんな偶然あるかしら!アビーとエルは今日初めてお会いしたのよね?素敵だわ。結婚式、どうだったか今度教えて頂戴」

エリーおば様のこの言葉で私はイステル氏とダンスをしなければならなくなった。


でも、今まで何度ループしても、結婚式でイステル氏に会った事はない。

もしかして何かが変わっているという事かしら?


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