シルファランスホテル
眠れないまま朝を迎えた。
朝、濃いめのお茶を飲んで、後ろ向きな気持ちを振り払おうとする。
どうやったら生き残れるのか。
そのヒントは、人の役に立つことかもしれない。
でも、役に立つってどうしたらいいのだろうか。
考えていると、執事のクロノが一通の手紙と可愛らしい花束を持ってきた。
「アビゲイルお嬢様宛でございます」
これまでのループの中で、こんな展開は一度もない。
「まあ!綺麗なお花ね」
お母様は花束を楽しそうに眺めるが、私はびっくりして動けない。
「差出人はどなたからかしら?」
こんな展開初めてで、質問するのが関の山だ。
「エリーヌ・ドラテオ様からでございます」
執事のクロノの返答に、お父様とお母様が驚いた。
「ドラテオ公爵未亡人様から?ここ数年は社交界に顔を出していないけれど、すごい方なのよ!」
お母様は大興奮だ。
「どこでお知り合いになったの?皆、お知り合いになりたくてあの手この手を尽くしているのに、誰も成功していないのよ」
お母様は私より先に手紙に開けた。
「見て、この封筒。美しいわ。『真っ赤なポピーの花が咲いきました。アビーのように強くて美しいから、受け取って頂戴。今度、お茶にいらしてね』ですって!」
封筒は透かしの入った紙に、金色の紋章が印刷されている。
封筒、便箋、どちらもかなり高価なものだ。
「このお手紙だけでも社交界で自慢できるわ!」
お母様は自分がもらった手紙でもないのにかなり浮き足立っている。
「ねえ、どうやってお知り合いになったの?」
「一昨日のオペラでよ」
「まあ!オペラ?私も行けば良かったわ」
お母様は夢見心地だ。
そんなにすごい人だったのね。
「すぐにお礼の手紙を書きなさい。代筆をお願いしては駄目よ?」
「もちろんです。心配しなくても自分で書くわ」
今までなら面倒だから侍女に書かせただろう。
ただ、今は少しの事で神様に見捨てられるような気がして、なんだか怖い。
お礼状を書いて、我が家のパティシエが作ったクッキーと共に届けてもらう。
それから、お母様と、宝石商に向かう。
今までと同様に、護衛を連れていく。
明日の式典用の大振りのルビーのネックレスと、対のデザインとなっている大きなイヤリングを受け取りに行くのだ。
オペラに着て行ったあの真っ赤なドレスと一緒にオークションで落札して、宝石商にクリーニングに出していた物を取りにむかう。
初めはお母様が使おうかしら?と言っていた。
実物を見てみると、ネックレスとイヤリングの対は、デザインが素敵で、宝石も大きかったが、カッティングが悪かった。
通常、高価な宝石類はイミテーションでレプリカを作る。
今回のネックレスとイヤリングの対に関しては、宝石のカットをやり直すか、新しい石をつけるか、お母様は宝石商と相談していた。
それを聞いたお父様は、オークション品に手を加えるのは価値が下がると言い、私の物になった。
お母様は新しい宝石を買うことにしたのだ。
古い小説で、宝石の呪いとかが出てくる。
タイムループに気がついた時、まず宝石の呪いだと思った。
でも、よくよく考えると、それならもっと違うタイミングでループが起こるのではないかと考えた。
このネックレスは一か月以上前に王室払出しのオークションで落札した物だ。勿論、オークションの出品時、説明書が付いていた。
『百年以上前、現在は鉱山で有名なアークリスト市がアークリスト国だった際、この国と合併したいと申し出てきた。
その時、当時のアークリスト国国王が、この国への献上物として当時の国王陛下に贈った物である。
宝石の産地としては有名だったが、加工技術が未発達で、収益が上がらなかったための決断であった。
併合によりアークリストに、沢山の人が移住し、鉱山の開発と宝石加工技術がもたらされ、現在のアークリスト市が出来上がった』
と書かれていた。
なんら不審な点はない。
宝石の質もカッティングも『最高級』ではなかった為、結局王室では利用されず、今回のオークションにかけられた。
出所がしっかりしているし、悪い逸話もないので、この宝石のせいだとは全く思わない。
「ダンフォード侯爵夫人、お嬢様、ご来店ありがとうございます」
宝石店の店主が別室に案内してくれた。
そこには、既にクリーニングを終えたネックレスと、注文した通り人工のルビーで作った模造品が並べてあった。
オリジナルのネックレスのルビーは内包の傷があり、カットも甘い。
これを見る限り、確かに一流品とは言えない。こんな宝石をよく納品したと思う。
金細工もよく見ると、作りが雑な部分がある。
前時代っていつ頃なのかチェックしていないけれど、かなり昔って事でしょ?
これを作った職人は強心臓だ。
もっと精巧に作れなかったのだろうか。
「お願いした通りの品物ですわ。レプリカもちゃんとできておりますわね」
お母様はオリジナルとレプリカを眺めながら言う。
「ご要望通り、レプリカの方は宝石のカットから、金細工の細かい部分まで、美しく作りましたので、オリジナルより高見えすると思います」
宝石商が白い手袋をした手でレプリカを持ち上げて、光に透かして見せる。
「新しく注文した方が、宝石のカッティングがシャープで美しいですわね。では、確かに頂いて帰りますわ」
お母様はオリジナルに納得していなかったので、自分の納得できるクオリティの物をレプリカで作ったのだ。
「それからこちらは奥様からご注文頂きました新作のダイヤモンドのネックレスとイヤリングのセットでございます」
お母様用のネックレスは、明日の式典で着るドレスのデザインに合わせたダイヤモンドのネックレスとイヤリングのセットだ。
「ええ。確かに注文通りですわね」
二組のネックレスと一組のレプリカは、濃紺のビロードで作られたケースに入れられ、護衛専用の馬車に乗せられた。
私とお母様は来た時と同じ馬車に乗る。
今から起きる事を考えて暗い気持ちになる。
宝石商から帰ると、お屋敷の使用人達が、避難しているはずだ。
これまで、外出せずに火の出火元を探したり色々した。
原因も、何処が燃えるのかも、何処が出所なのかもわからないが、屋敷が煙で充満しているのだ。
そして、問題のシルファランスホテルに行くことになり、16時、私は死ぬ。
今まで幾度となく繰り返してきた。
でも、それも今回で終わりかもしれない。
私が死んでそしてこのループは終わりになるかもしれないという恐怖で震える。
「どうしたの?アビゲイル。顔色が悪いわ」
お母様が震える私に気がついた。
「お母様、お屋敷に戻る前に何処かで一休みさせて欲しいわ」
「もう少し我慢すればお屋敷だし、何処かでお休みするより帰った方がいいわね」
帰らないといけないんだわ。
どうしてもここからの未来は変えられないのだろうか。
恐怖を感じながら、屋敷の門をくぐる。
やはり、使用人達が外に出ており、屋敷の窓越しに見える室内は煙で充満しているようだった。
しかし、前回までと状況が違う。
いつもなら後からお父様が来るのに、すでにお父様が執事のクロノに何やら指示を出していた。
「何事なの?」
お母様は慌てて馬車を降りる。
「先ほど、室内の何処かから火事が起きたようです。すごい黒煙で、火元を探そうにも、このままでは死者が出てしまうと思い、避難しました。消火隊に早馬で通報しましたので、まもなくやってくると思います」
メイド長は震える声でお母様に報告する。
沢山の使用人達は、私達一家のドレスや靴、楽器や食器など、高価な物をできるだけ運び出し、離れに避難させていた。
やっぱり火事は防げなかった。
私達はお父様のそばに駆け寄る。
「火元は何処なのか特定できているのか?」
お父様の問いに、執事は首を振った。
「申し訳ございません。火元は特定できておりません。それよりも侯爵家御一家の大切な荷物を運び出すのが精一杯でございました」
「皆の機転に感謝する。私は鎮火するまで立ち会うが、家族の避難を探してほしい」
「一時滞在先としてシルファランスホテルが確保できました。すぐにでも奥様とお嬢様をご案内いたします」
執事の言葉にお父様は頷く。
「私は消火を見届ける。お前達はホテルに行きなさい」
お母様に向かって言った。
何故、今回はお父様が先に火事の現場にいるのだろうか。
…! わかった。
エリーおば様へのお手紙を書いていたから、宝石商に向かう時間が遅れたんだわ。
だから必然的に到着時間も遅れた。
これなら助かるかもしれない!
「お父様、私も残ります」
ホテルに行きたくない。
何としても回避したい。
「アビゲイル、ホテルに行きなさい。消火活動の邪魔をしてはいけない」
お父様の顔は真剣そのもので反論できる状態ではない。
「……はい」
馬車に乗るしかない。
なんでシルファランスホテルに行くことには回避できないのだろうか。
でも、今回は少しずつ変化しているから、この先の未来も変わっているかもしれない。
朝は、今までと違いエリーおば様からお手紙が来て、宝石商に行く時間が遅くなった。
だから、未来はきっと変化している。
そうに決まっているわ。
しかし、私の期待も虚しく、その後は、今までと同じだった。
なぜこんな目に遭うのかと泣き出すお母様を宥めながらホテルにチェックインした。
この時点で16時30分だ!
執事のクロノにホテルの部屋を隈なく見てもらってから部屋に入る。
お母様は少しでも早く横になりたいといい、すぐに部屋に向かうしかなかったのだ。
お母様に「手を握っていてほしい」と言われるので自分だけカフェに行くとかも出来ない。
お母様は火事に対して相当ショックを受けている。
私はループを繰り返しているから、自分が助かることしか考えていないが、お母様は違う。
ループをしているわけではない。
いつも前向きなお母様のこんな姿は何度目にしても慣れないので、毎回、手を握ってお母様を休ませるのだ。
時計を見ると、16時30分だった。
びっくりして顔が綻びそうになるが、お母様の手前、心配そうな表情は崩さない。
16時を過ぎている!
未来は変わったわ。
だからと言って警戒を怠ってはいけない。
周りを見渡しながら立ち上がり背後に気を配りながら部屋から出た。
これでもう大丈夫と安堵した時、背中に痛みが走った!
やっぱり……。
どうしたら阻止できるのか。
意識が無くなっていく中で、ここでループが終わりませんようにと願った。




