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結婚式に参列する

次の日は、やっぱり変わり映えしなかった。

朝食の時、お父様は貴族新聞を読んでいる。

お母様は翌日に控えた即位式に着ていくドレスの事ばかり気にしている。


冷静なお兄様はお母様に相槌を打ちながら、お父様と仕事の会話を交わした。

弟はまだ学生なので、王立学園に行く準備をしている。


私と言えば、分家のオーレリア子爵家の結婚式に参列しなければならない。


毎回同じドレスを着て、同じ髪型にされる。何度もループしているから当然と言えば当然のことだ。

ドレスはオーレリア子爵家が経営している織物工場の生地を使っている。

本家代表代理として出席するのだから、ドレスの変更はできない相談だが、にしてもこのデザイン趣味じゃない。

菫色の光沢あるシルクにワンショルダーのプリンセスラインのドレス。

スカート全体がフリルで覆われている。

大量生産品に多いデザインだ。


ドレスを着せられ思わず仏頂面になる。


オーレリア子爵家のブレンダ嬢は、ボイド伯爵家の次男のデール氏と薔薇園で結婚式を挙げる。

花婿のデール・ボイド氏は海兵隊に所属しており、式には海兵隊の正装をした同僚が沢山参列している。

海兵隊といえばエリートだけれど、所属しているのは伯爵家以下の家格の次男や三男が多いらしい。


だから、私の結婚相手になりうる人とは出会えないし、ブレンダの友人も家格としては子爵家などが多いので、知り合いはほとんど出席していない。

私は同格以上の貴族にしか興味がないし、興味がある相手とじゃないと話さない。


重い足取りで馬車に乗り、結婚式が行われる教会へと向かった。


楽しくもない結婚式。

着たくもないドレス。

ダンフォード侯爵家としての最低限のマナーや振舞は行うけど、無理に楽しそうにふるまう必要などないと考えて、いつも通りに過ごした。


式が終わって、パーティーが始まった。

毎回、30分を過ぎたあたりで「用事があるから」と先に帰るつもりだったが、今日は昨日のことを考えていたせいでスパークリングワインを飲み過ぎ、前回までとは違う行動をとる事になってしまった。


その行動とは、パウダールームに行きたくなったのだ。

あー軽率な行動だったわ。

きっと、この施設のパウダールームって、お手洗いは個室だけれど、そこから出るとオープンスペース。

女性達が横に並んで座りメイク直しをする椅子と台があるタイプだ。


お安い場所って、それが嫌。

高位貴族がいくところは、パウダールームって、メイク直しをする部分も合わせて全て1つの空間になっており、プライベート空間。

オペラ座などの公的な場所でも、ゴールドチケット・プラチナチケットの席のパウダールームは、すべてがプライベート空間。

でも、それ以下のチケットの場合は、お手洗いだけがプライベート空間で、メイク直しをする場所はオープンスペースだ。


他の参加者と同じスペースを使うのが嫌で、花嫁の控室を使わせてもらうことにした。

ここはお手洗いが個室型のところだけど、そもそもがプライベート空間だから大丈夫。


安心してお手洗いに入って全て終え、ドレスを直していると、控え室のドアが開く音がした。

それと同時に複数の女性の話し声が聞こえてくる。

誰かこの部屋に入って来たんだ。

まだドレスを直し切っていないので、まだ出られない。

だから、じっとしていることにする。


「あっちのパウダールームいっぱいだったよね」

「そうそう、参加している男性の人数より女性の人数が多いからよ」

「まさか花婿側の参加者の大半が婚約者同伴で参加するなんて知らなかったわよね」

「ほんと、恋人候補を見つけたいと思って参加したのに」


複数の女性が話しながら入ってきている。

私は身を潜めていなくなるのを待つことにした。


「花婿側で何席か空席があったけど、あれって誰か今から来るの?」

「わからないけど、急遽欠席者が出たらしいわ」

「欠席って誰?」

「リュック・ラブラジュリ様よ。妹君のルアーナ様が、昨日オペラの帰りに事故に遭って入院ですって」

「昨日ご兄妹でオペラを観劇されていたわ。仲良し兄妹ですものね。オペラ座のエントランスでお見かけしたもの」

「その帰り道、暴走した馬がラブラジュリ公爵家の馬車の左側にぶつかり、そこに座っていたルアーナ様だけが大怪我をされたらしいわ。同乗していたリュック様はかすり傷ですんだとか」

「そんな!ルアーナ様は大変素敵な方よ。何で事故なんて……」

「明日の即位式の準備で沢山の荷馬車が行き来しているから、最近道の渋滞がすごいものね。強引に道に割り込んでくる荷馬車が多いらしいわね。今回も事故の原因はそんならしいわね」


今の噂話を聞いて息が早くなる。私もルアーナ様の事は好きだ。

なんであんないい人が!

神様は平等じゃない。


「不公平よね。そんな不幸な目に遭うのがアビゲイル・ダンフォード侯爵令嬢ならわかるけど」

「確かにそうよね」

全員が笑い出した。


「昨日のオペラにはダンフォード侯爵令嬢も来ていたわ。相変わらず自己中心的な人で、途中で入室したらしいの」

「ほんとわがままで性格悪いわよね」

「上から目線だし、威張り散らすし」


「人の気分が悪くなる事しかしないわよね。きっとオペラ座の受付係に当たり散らして、無理矢理入ったのよ」

「人にお願いした事ないのかしら?」

「よくあれでメイドは辞めないわよね」

「それは、侯爵夫妻がいい人達だからよ」


「今日の結婚式の態度ももう少し楽しそうにしたらいいと思わない?お祝いの席なのに。なんであの人、あんなに厚顔無恥なの?」


自分の噂話が始まり、驚く。

身を隠さずすぐに出ていけばよかった。

目の前にいないからって言いたい放題ね。

噂話なんてこんなものよね。

バカらしい。

私は貴女達よりも大変なのよ。

この結婚式だって何度目だと思っているのよ。

この三日間をずっとループして、明日殺されるのよ。

心の中でこんな事言っても伝わるはずないわよね。

そうだ!

今、ここから出て行って、誰か噂話をしているのか見てやろうかしら。


決して盗み聞ぎしているつもりはないわ。

聞こえるだけよ。

むしろ、誰かいないか確認しないで噂話を始めた彼女たちが悪い。


「性格悪過ぎよね。ダンフォード侯爵令嬢が人の役に立つことなんてあるのかしら?」

「あるはずないわよ。自分のことしか考えていないんだもの」

「きっといい死に方しないわよね。早死に決まっているわ」

「神様に見放される日も近そうよね」

「性格悪いといえばね」


出て行って噂話をしている女性達の顔をみてやろうと思っていたのに、足が前に進まなくなった。

今の話がグサッと全身を突き刺したのだ。

心臓が早くなり、手先が冷えるのがわかった。


しかし、女性達の話題は、会場にいる独身男性の話題へと変わっていった。

今から誰に声をかけるか相談しながら控え室から出ていった。


物音がしなくなってもしばらくは動けずにいた。

深呼吸をして、ゆっくりとお手洗いのドアを開ける。

もう誰もいない。


今の女性達の顔を見ていないから誰なのかはわからない。

普段なら何を言われようがどんな噂話だろうが全く気にならない。

ただ、今日は彼女達の会話がチクチクと刺さった。

『人の役に立つことなんてあるのかしら?』

『きっといい死に方しないわよね。早死に決まっているわ』

『神に見放される日も近そうよね』


もしかして人の役に立っていない私は、神様に見放されそうになっているのかしら?


彼女達の言うことに、反論はできない。

時計を見ると、もう14時30分だった。


私の命は明日の16時までしかない。

もしかして、タイムループをせずに、刺殺されて人生を終えてしまう可能性があるのかも。


どうすればいいのかしら……。

何にも思いつかない。

憂鬱な気持ちで会場に戻ろうと思ったが、また先ほどの会話が耳の奥で繰り返される。


確かに彼女達の言う通り、お祝いの席なのだから楽しそうにした方がいいんだよね。

わかってるけど、いつもなら作り笑いくらい造作もない事なのに、今日はうまく笑えない。


とりあえず、今日の主役であるブレンダ嬢の父君であるオーレリア子爵に、体調がすぐれないので帰る事を伝えて、馬車乗り場に向かった。


前回までは何にも思わなかったのに、急に色々な事が不安になってくる。

上着を羽織り。早足で向かうと、我が家の御者が馬車を入り口につけてくれていた。

「アビゲイルお嬢様、おかえりなさいませ」

御者が馬車の扉を開けてくれたので、すぐに乗り込む。


ドアが閉まる時、誰かに呼ばれたような気がしたが、会場で私を呼ぶ人なんていない。

先ほどまでは、一人でスパークリングワインを飲んでいたのだもの。もしも話しかける人がいるなら、その時に話しかけてくれただろう。


馬車の中は一人の空間なので色々と考えてしまうがやはり何も思いつかない。

相変わらず道は混んでいるので外を眺めていた。


街はお祭りムードに包まれている。

それとは対照的に私の心は沈んでいた。


渋滞して一向に進まないのは、今までと違う行動を取ってしまい、会場を出るのが遅かったからだろう。

いつもならイライラするのに、今はそんな元気すら起きない。


全く動かない馬車の列の横を子供達が楽しそうに走っていく。

みんなすごく楽しそうだ。


明日、私は死んでしまうのに。

こんなこと何回繰り返しても一緒よ。

結婚式に行こうと行くまいと関係ない。

第一王子の婚約の話だって、死んでしまう私にとっては関係ない。


人って死んだらどうなるのかしら?

ただ土に埋められて、皆から忘れられるだけ?

私の魂は消えて無くなるだけ?


考えれば考えるほど暗い気持ちになる。

楽しそうにしている子供を恨めしい気持ちで眺めた。


あーあ。

もうどうだっていい。


思わず手元にあった結婚式の記念品を手に取った。

何回もループしているけど綺麗な包装紙に包まれた膝を覆うくらいの箱の中身は何か知らない。

興味が無かったから、何度ループしても開けなかった。


この箱に何が入っているのか気になってきた。

『幸せのお裾分け』になるのだろうが、今の私は全く幸せではない。

急に、この箱の中身に、私の運命を変える何かが入っているような気がしてきた。

例えば、一見普通の時計に見えて、時を巻き戻せるとか。

あとはホテルの宿泊券で、明日、シルファランスホテルに泊まらなくても大丈夫になるとか。

何か私の未来を変えられるものが入っているのではないか。


箱を眺めれば眺めるほど、きっとそうに違いないという確信に変わっていく。


これまで全く興味が無かった箱を開けてみることにした。

膝の上に乗せて、包装紙をビリビリと破る。


そして、ドキドキしながら箱を開けた。

中身はなんのことはないクッキーの詰め合わせだった。


そうよね。

そう簡単に未来を変えられる物が手に入るはずないか。

こんな沢山のクッキーを貰ったって嬉しくないわ。


いつもなら興味を無くして床にポイっと投げ捨てる所だが、そんな事をすると本当に神様に見放される気がするので、どうすればいいのかとため息を吐いて顔を上げた。


元気に走り回っている子供達が視界に入る。

時計台広場に差し掛かったところで、馬車はずっと動かない。


ヤケになった私は、馬車のドアを開けると、通りに降り立った。

「さあ!皆様にお祝いのクッキーを差し上げますわ」

オペラ座の受付で怒鳴った時のように声を張り上げる。


今まで走り回っていたこどもたちがピタッと止まり、恐る恐るこちらに歩いてきた。

「あの。お嬢様、それは本当ですか?」

つぎはぎだらけの服を着た10歳くらいの男の子が聞いてきた。


この国は階級社会。

貴族も平民も、生まれた時から、違う階級の人と接する時のマナーを事前に学ぶ。

トラブルを回避するためだ。


貴族の中には、平民に親切な顔をして近づき、後で言いがかりをつけて金を脅し取ったり、子供を連れ去ったり、奴隷商に売り払ったりする酷い輩もいる。


だから、小さい子供といえども、貴族に対して敬った態度を取り様子を伺っているのだ。


「ええ本当よ。さあどうぞ」

箱を差し出すと、男の子が私の顔色を伺いながら、そっと手を伸ばして、クッキーを一枚手に取った。


「ありがとうございますお嬢様」

「どういたしまして」

私の返事を聞いた男の子の顔は明るくなった。


「みんな!クッキーが貰えるぞ!」

男の子が大きな声で叫ぶと、沢山の子供が集まってきた。


「私にも頂けますか?」

「私もください」

子供達がそっとクッキーを箱から取り、「ありがとうございます」といって走って私と距離を取る。


そして、嬉しそうにクッキーを頬張る。

まるで餌を取られまいとする子犬のようだわ。

子供達は「美味しい」とか「サックサク!」とか言いながら喜んで食べている。


「もっと召し上がりなさい」

私の言葉に嬉しそうにまたクッキーをとりにくる。

「こんなに甘くて美味しいもの食べたの初めて!ありがとうございますお嬢様」

不恰好なカーテシーをしてくれた。

それから喜んで二枚目も食べている。


「貴族の食べ物ってすっごく美味しいんだな」

「甘くていい匂い」

「食べ終わった手からも甘くていい匂いがするよ」

沢山の子供達がクッキーを食べていると、10代半ばの男の子がやってきた。

周りの子供の態度から察するに、この地域のボス的な存在なのだろう。


「お嬢様、私も数枚頂いてもいいですか?」

聞き方がスマートだ。

交渉事に慣れているだろう。


「いいわよ?これ全部あげるわ」

箱ごと男の子に押し付けた。


ダンフォード侯爵家では、決まったパティシエのお菓子しか食べない。

こんな知らないお店のクッキーは誰も食べないから捨てるだけだもの。


「ありがとうございます」

男の子は驚きながらも箱を受け取ると、細い路地に入って行く。

どこに持って行くのかしら?


男の子に聞く勇気はないし、知らない通りに入る勇気もないので、距離を取って男の子の入った道を覗く。


狭い路地の軒下には、体が悪そうな子供や、お年寄りが数人、身を寄せ合って座っていた。


男の子はその人達に残りの全部のクッキーをあげている。

きっと地域のボスである男の子が、体の悪いホームレスの面倒を見ているんだわ。

クッキーを捨てるよりはマシだったわよね。


少なくとも、クッキーの立場に立って考えると、捨てられるよりは食べられる方が良かったのだろう。

そうに違いない。


私は、捨てられるクッキーを救った気持ちになり、ちょっとは役に立ったと胸を張ってみた。

しかし、ここで大切な事を思い出したので急いで馬車に戻った。


今何時かしら?

15時11分になると雨が降り出すんだったわ。


雨に濡れるのは好きじゃない。


空を見上げた後、馬車のドアをきっちり閉める。

大粒の雨が急に降るんだったわ。

しばらくでポツポツと雨が降り出し、あっという間に大雨になった。

いつもなら雨が降るのをお屋敷の窓から雨を眺るが、今回は馬車の中からだ。


バケツをひっくり返したような激しい雨は、10分でやんだ。

これも、今までと何ら変わらない。

しかし、屋敷から見える南側の空とは違い、馬車のカーテンを開くと東側の空が見えた。

そこにうっすら虹がかかっている。


私の運命は変えそうにないけれど、捨てられる運命のクッキーを救ったから、神様は見直してくれるかしら?

クッキーの運命を救ったくらいじゃないわね。

その見返りが虹が見えただけだったら、なんだかがっかりだわ。


この日は、何事もなくただ家族でディナーを頂いて終わった。

夜になると目が冴えてきた。


どうにかして明日、私の運命を変えたい。

いつかこのループが終わって、ただ私が死んでしまうだけになるかもしれないと気がついたからだ。


部屋の灯りを消して、カーテンを開ける。

月が綺麗だ。

暦を見ると、第一王子の即位式の日が満月だ。

ほぼ完璧な月を眺める。

明日何としても阻止したい。


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