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ここで終わりなのかしら?

「大丈夫ですよ。ボックスシート全部貸切ですから」

イステル氏は優雅に馬に跨り事故現場の方向に向かっていく。

私達はその後ろ姿を見送ると顔を見合わせて笑った。

「ダンフォード侯爵令嬢。アビーと呼んでもいいかしら?」

「もちろんでございます」


「わたくしの事はエリーおばさんと呼んで頂戴。侯爵家に、こんな素敵でお転婆なお嬢さんがいたなんて知らなかったわ」


今まで一番言われたことのない言葉だ。

これまでは気高いとか、高貴だとしか言われたことがない。


「あら。私ったら、最近は社交界から遠のいていたから、どこにどんな素敵なお嬢さんがいるのか知らないわね」

エリーおばさんはそう言って笑うと、一緒にオペラ座の中に入る。


しばらくしてエステル氏も戻ってきた。

にっこり笑ってオペラに合流したが、私の横を通り過ぎる時、小さな声で「事故処理はまだまだ時間がかかります。しかも、明日は結婚パーティーの後、ゆっくりお話できません。事故に首を突っ込みすぎました」と言った。


私達の作戦は失敗に終わったのだ。


社交の場にいるのに、アクセサリーはない。

ロンググローブもない。

しかも、馬の鞍にドレスを引っ掛けたようで、さっきほつれているところを発見した。


こんな格好じゃ人前に出たくないのに、今ここにいないといけない状況にがっかりするし、恥ずかしさこの上ない。


ただ、いつにも増してエリーおば様と仲良くなった。

この素敵な手袋を頂ける事になったし、皇太子殿下の即位式の後のアフターパーティーも誘ってもらえた。

これは、建国以来から続く高位貴族のみの集まりで、それ以外の新興貴族は招待をしてもらわないと参加できない。

なんと、それに誘ってもらえたのだ!

そして、今度別荘に招待してくれると言われた。

(ループから抜け出せないからいつになるかはわからないけど)

この3日間のループを抜け出した後の事を考えると、概ね成功だと思う。

足の指が少しヒリヒリするのを除いてはの話だけど。


しかし、悲劇は帰りの馬車を降りる時に起きた。

先ほど、馬に乗る時にぶつけた小指をまたぶつけてしまったのだ。


この小指の影響は2日目に続く。

なんと腫れて、ヒールが入らない!

お医者様に来てもらったら捻挫だと言われた。

骨は折れていなかったけれど、入る靴がない。仕方なく、お母様のヒールの低い靴を借りる事になった。


指先の部分は丸くなっており、履きやすいがダサい。

量産型の全く素敵ではないドレスに、全く素敵ではない靴。

今日は欠席しようかしら?

……ダメだわ。イステル氏と話せるのはこのタイミングしかない。

この泣きたくなるようなダサい格好で人前に行くのか。


重い気持ちでオーレリア子爵の結婚式に向かった。

昨日あれだけ頑張ったのだから、もしかしたらラブラジュリ公爵子息が来ているかもしれないと思ったが、残念ながらその姿は見えなかった。

人を事故から救うなんてそう簡単にできるわけがないわよね。


これはイステル氏に愚痴を聞いてもらって次の案を練ろうと思っていたが、いつも通り遅れてやってきたイステル氏は、慌てた様子で私のところにやってきた。


「昨日の事故についての意見交換会に呼ばれてしまいました。馬やジャケットを借りる時に名前を名乗ったせいです」

「どういう事ですか?」

「とりあえず、もう警ら隊の方がお迎えに来ます。なので手短に済ませましょう。次回はどう改善した方がいいと思いますか?」


「とりあえず、今回と同じように、オペラのまえに時計台広場の少年のところには行った方がいいと思います」

エリーおばさんからアフターパーティーに誘ってもらうにはそれしかない。


「わかりました。でも、今回のままではいけないので改善策を考えます」

イステル氏はそう言うと、あとからやってきた警ら隊の方に呼ばれて行ってしまった。


イステル氏がいないと私は話し相手がいない。

オーレリア子爵家の結婚式ではこの後、何が起きるのかとか全て知っている。

もう帰ろう。


帰り道、毎度のことながら時計台広場に向かおうかと考えた。


しかし、この足で歩くのは辛い。

どうしようかと考えながら、とりあえず広場に向かってみることにした。


だが、そこにいたのは態度が横暴な少年だった。

あの少年とは違う。


「ここから早く帰りな!昨日もお貴族様がやってきたせいで、他の島から目をつけられているんだよ!」

馬車に向かって大きな声で叫んでくる。


しかも、減速した馬車に近づいてきて車輪を蹴ってきた。


御者は慌てて広場から離れるように馬を進める。

「お嬢様、あれは危ないですよ。どんな用事があるにせよ、あんなガラの悪い少年のいるところに行ってはいけません」

連絡窓越しに言われる。


返事をせずにそのまま外を眺めていると、あの態度の悪い少年は、小さな子供や花売りの女の子を威嚇していた。


きっといつもの少年とは関係のない人だったんだ。

時間帯が悪かったのかもしれない。

いつも、子供達や靴磨きの少年がいるから大丈夫だと思ったのに。

……クッキーを配れなかった。


うまく行かない事は続き、3日目は、さらに指が腫れて歩けなくなってしまった。

そのため、お屋敷のボヤ騒ぎの時、使用人に抱えられ屋敷を出て、シルファランスホテルに向かう時は鎮静剤を打たれてしまった。


意識が朦朧とする中で考える。

どうすればいいのか。

まず、イステル氏と合流して、時計台広場に行くのは、必ずやらないといけない。

その行動によって、エリーおば様から皇太子殿下の即位式の後のアフターパーティに誘ってもらえる。

……でも、ここで終わってしまったらどうしよう。


鎮静剤のせいで諦めに似た気持ちに支配される。

幾度となく同じ3日間を繰り返していても、『ここから抜け出して新しい未来へ行こう』と思えたのは、痛い思いも辛い思いもしていなかったからだ。


馬車を降りる時、誰かが私の元にやってきて追加で鎮静剤を打った。

視界がぐるぐると回って、うまく話せない。

これって私を殺そうとする犯人に追加で毒を盛られたのかしら?


目開けていられずに瞼を閉じる。

真っ暗な中で、落ちていく感覚が全身を支配する。


もう終わりなの?

何故?私が何かしたっていうの?

その問いに答えたのは『わたし』だった。


「何かしたかって?何もしなかったのよ」

答えたのは神かしら?何も見えないけど。


「違うわ。自分自身よ。簡単な話、自問自答ね」

頭がクラクラする。


「そうでしょうね。強い鎮静剤を打たれたもの。ほらもうすぐ目が覚めるわ」

目が覚める…それってまた今回みたいな悪夢かしら?


「そうなるかならないかは、自分次第ね。お話できて楽しかったわ。じゃあね。もう、会わないと思うけど」

一瞬明るくなって、遠くに不敵に笑う子供の頃の私が見えた。


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