イステル氏のプラン
「そもそもどうやって事故処理を手伝うのですか?私は渋滞で馬車の中だし、イステル様はオペラの観劇中ですから。無理ですわね」
「いえいえ。可能ですよ。これまでのループの中で、途中で席を立っても誰にも気が付かれませんでした。個室ですからね。66回ループしていますが、そのうちの何回かは途中で退出して、こっそりバックヤードに武器を探しにいったりしています」
「何度も行っているのですか?」
「ええ何度も。お茶を飲みに、隣のカフェにこっそり出かけたこともありますよ」
イステル氏は何か問題でもあるのかと問いかけるような表情をしている。
「どうやって、見つからずにオペラ座を出入りするのですか?入ろうとする私達は止められるのに」
「それはスパイの秘密です」
ウインクして誤魔化しているが、私は誤魔化されない。もしかしたら、受付嬢をたらし込んでるのかしら?
それなら、私達が途中から入れるように取り計らってくれてもいいのに。
「それより、目覚めたらすぐに、応援を呼んで事故現場に向かいます。幸い、オペラ座の近くにはドラテオ公爵家が運営している、木材加工会社がある。そこには屈強な男性が沢山働いていますし、怪我が多い仕事だから、救護隊も常駐しているんですよ」
「わかりました。では、私にお願いしたい事ってなんですか?」
「ダンフォード侯爵令嬢がタイムループして目覚める場所は、バザールの傍だといいましたよね?そこから1ブロック先の紳士服屋の中を通り抜けると、時計台広場なんです」
私がいつもクッキーを配る場所だ。
「私と貴女様で、時計台広場にいる少年達にも手伝いをお願いしに行きましょう」
「何故、あの少年達にもお願いをするのですか?」
「お手伝いをしてくれる人が一人でも多い方が現場は早く片付きますし、それに彼らにも何かしらの報酬が出ますからね」
イステル氏の言っていることは何となく理解できたが、イマイチ納得していない私に向かって、取るべき行動を事細かく説明してくれた。
「まず、ダンフォード侯爵令嬢は、高価な宝石類を外して、盗まれないように馬車の中に隠してください。それをつけたままでは、強盗に狙われて命の危険が生じます。それから、紙幣はお持ちですね?」
「はい、、持っておりますわ」
「ダンフォード侯爵家の御者に両替を依頼してください。紙幣を硬貨に変えてもらうのです。紙幣一枚で、銅貨なら90枚、銀貨なら15枚、金貨は5枚に両替できます。なるべく銅貨に両替を依頼してください」
「両替……ですか?」
「はい。そこまでしたら、馬車の中でお待ちください。ああ、ドレスが汚れないようにコートを羽織ってくださいね」
馬車の中で目覚めるのに事前にコートは準備できない。
「私がコートを持っていない可能性は考えないのですか?」
びっくりして聞き返す。
「そんなはずはない。ご令嬢は、突然の雨に備えて馬車にコートを置いていますよね?」
「何故そう思うのですか?」
「それは女性ってみんなそうだからですよ。経験上知っています」
にっこり笑う笑顔が胡散臭い。
「やっぱり、沢山の女性を泣かせてきたのね」
小さな声でつぶやくが、それは聞こえていないようだ。
この人懐っこい笑顔が曲者だ。
「私は両替をして待っていればいいのですね?わかりました」
「ご理解頂けたならよかった。ところで、58回目以降、毎回座ってのお話ですが、たまには踊りませんか?」
イステル氏が悪戯っぽく誘ってくれた。
「ええ。踊りましょう。前回、案外ダンスも楽しいものだと感じましたしね」
「でしたら、是非」
出された右手に掌を乗せ立ち上がると、ダンスの輪の中に入った。
曲調が変わり、少し軽快なリズムで踊る曲だ。
少し足がもつれた新郎の祖父母がぶつかる。
「おっと! 楽し過ぎて足が逃げ出しそうですよ?」
イステル氏は笑顔で話しかける。
「本当じゃ。逃げ出さんように踊り続けにゃならんな」
新郎の祖父は豪快に笑うと、さっきよりも早いステップで踊り出した。
それを見ていた人達から笑い声が起きる。
いつもの私なら怪訝な顔をして怒っただろう。
でも今は、怒る事がバカらしく感じた。
イステル氏はタイムループを繰り返している事に対して焦っているようには見えない。繰り返している中でも、最善策を探して、尚且つ楽しんでいるようにすら見える。
「何故そんなに余裕があるように見えるの?明日が最終日で、多分またループするだけなのに」
疑問を口にすると、クスッと笑う。
「もしも、ループせずに、そこで自分の人生が終ってしまっても後悔しないように、毎回全力を尽くすことと、楽しむ事を心掛けているんですよ」
「イライラしたり、むかついたりすることはないの?」
楽しそうにステップを踏みながらこちらを見た。
「毎回考えるんですよ、『3日で終わるのにイライラしたり怒ったりするのは無駄だ。何でも笑い飛ばして楽しもう』ってね。ダンフォード侯爵令嬢も、楽しんだ方がいい。次はないかもしれないのだから」
明日で終わりなのに、その瞳には希望が宿っているように見える。
悲劇だと思っているのは私だけなのかしら。
「そんな怖い顔してたら、楽しい事が逃げていきますよ」
「毎日忙しく働いていらっしゃるのも、楽しんでいるんですか?」
「もちろんですよ。国のために尽くすのは楽しい」
肩の力が少し抜けた気がした。
そっか、3日しかないから楽しめばいいんだわ。楽しみながら、その先を探せばいい。
今までの考え方が覆されるような瞬間だった。
確かに怒ったりイライラしたりするエネルギーは無駄だ。
「そろそろ時間ですよ。では帰りましょうか」
時計は16時を指していた。これ以上遅くなると時計台広場の少年達の姿が見えなくなってしまう。
多分、人さらいなどを警戒して隠れてしまうのだろうというのがイステル氏の見解だった。
少年達にクッキーを配らないと、刺される時間が早くなってしまうのは検証済みだ。
「本当ですね、急ぎましょう」
とはいえ、突然自分の行動を変えることは不可能で、3日目、いつものようにシルファランスホテルに行くことになり、そして毎度のことながら意識がなくなった……。
不定期ですいません