どうしたらこのループから抜けられるか考える
「今の所、たいして何もありません。色々試したのですがね、自分の力で変えることが出来きるのは、本当に少しの物事です。でも……、ある日不思議な事が起きたのです」
「不思議な事って?」
「何十回ループしてきましたが、エリー伯母様がオペラにやってくる事はありませんでした。しかし、ある時、来るはずのないエリー伯母様がオペラに途中入場してきたのです。ダンフォード侯爵令嬢、貴女様と共に」
「それは何回目のループの時ですか?」
「51回目のループの時です。不思議に思いました。何故、エリー伯母様がオペラにやってきたのかと」
「わたくしが、オペラに向かう道を変更したからですわ」
「そうです。それです!エリー伯母様の気持ちがループを繰り返すうちに変化したとかそういったわけではないと考えました。51回目のループの時の変化はそれだけではなかった。デール・ボイド君の結婚式に遅れて到着した時、帰っていくあなたを見かけたのです」
確かに、イステル氏が51回目、私が7回目のループの時、結婚式の帰り際に誰かに呼ばれた気がしたけど、イステル氏だったんだわ。
「前回までのループでエリー伯母様がオペラに途中入場してきたのは2回。しかも、毎回貴女様が一緒だ。そこで一つの仮説を立てました。もしや、ダンフォード侯爵令嬢もループを繰り返しているのではないかと」
イステル氏の仮説は鋭い。
私は何も言わず話を聞き続ける。
「そこで次にエリー伯母様とオペラに現れたら、思い切って聞いてみようと考えたのです。しかし、人に聞かれたくない会話をするためには、なんとしてもその機会を設けないといけない。しかも、私もタイムループしていると信じてもらわなければいけない」
「だから、今回ダンスに誘ってくださったんですね。どうせ繰り返しているなら、人に聞かれる場所で堂々と会話しても問題ないはずでしょう?」
「いきなり、ループが終る可能性だってありますから、迂闊な事はできません。ちゃんと理性的にこれまで同様にふるまわなければいけないと思っていますよ」
さすがイステル氏は真面目だ。
「タイムループを繰り返す中で、ダンフォード侯爵令嬢がわかった事はありますか?」
「私がわかっている事はただ一つ。エリーおば様と一緒にオペラ鑑賞をすると、タイムループまでの時間が伸びる事。あと、クッキーを廃棄から救うために、ホームレスの子供達に配ると、少しだけ伸びるという点です」
「……そうですか。私の仮説を聞いてくれますか?」
「ええ、よろしいですわ」
「実は、先ほどは話しませんでしたが、結婚式で大尉達を雨に当たらないように誘導するようになってから、タイムループの時間が10分だけ伸びたのです」
「はい…。それはどういう事なのでしょうか?」
「多分、誰かの手助けになることをしたら、死までの時間が少し伸びると言うことではないのでしょうか?」
意味がわからず、ぽかんとする。
イステル氏は何を言っているのかしら?
「誰かの助けになるって?」
「ダンフォード侯爵令嬢は、エリー伯母様をオペラに誘った。エリー伯母様は少し、いやかなり最近は気弱になっていたのですよ。そんな伯母様の気持ちを大きく救ったのかもしれません」
エリーおば様の気持ち?わかったようなわからないような理屈だわ。
「それからクッキーをホームレス達にあげることによって彼らは少しの飢えはしのげるでしょう。彼らのためになる事をしたわけです」
「彼らのためというか、わたくしはクッキーのためだと思ったのですが。なるほど、だからノブレスオブリージュなんですね。貴族が貧困者を少しは助けた事になるのですか」
やっと少しだけ意味がわかった。
「私達が助かる方法は、きっと多くの人の役に立つ事です」
思った結論と違った。
「それだけの事ですか?」
じっとイステル氏を見て質問する。
「はい」
力強く返事をされて、懐疑的な視線を向ける。
「本当に?」
「ええ。もちろんです」
胸を張って返事をされたので、こめかみを押さえた。
たったそれだけの事でこんなにタイムループをしているの?
「あと考えられるのは、『ゾーイの呪い』です」
イステル氏は怖い顔をした。
「意味がわかりません。何の呪いですか?」
「ダンフォード侯爵令嬢がオペラの時着ていたのは、世界的女優ゾーイのドレスですよね?オークションに出ていた物だったと思います」
「その通りですわ。オークションで落札しました」
「知っていますか?ゾーイは謎の死を遂げたのです。ある日、高級ホテルで背中を一箇所刺された状態でベッドにうつ伏せになっているのが見つかっています」
全然知らない。ゾーイの最後なんて。
恋多き絶世の美女ゾーイ。その作品は今でも伝説として語り継がれている。
「では、このタイムループはドレスのせいだと?」
「違いますか?」
「百歩譲って私の原因はそれだとします。では、イステル様、あなたは何故一緒にタイムループしているのですか?」
懐疑的な視線を送る。
「私はゾーイの呪いに巻き込まれたんですよ」
当然のように答えたイステル氏を見て脱力する。
そんなおかしな事あるはずがない。
「わたくしとイステル様は、はじめてお会いしたのに、ゾーイの呪いに巻き込まれたのですか?それは無理がある理論ですわ」
「……まあそうですけど。もしやと思いますが、貴女様はこの仮説はおかしいと思っていますか?」
「ええ。この仮説はないと思いますわ」
「そうですか、ゾーイの呪いの可能性は低めですか……」
「ゾーイの呪いというのは、一番ありえない仮説ですわね。という事は、エステル様が先ほどおっしゃっていた『人に親切にする事』が今できる最善の策なのですね」
言葉にしてみて思うが、なんとも心許ない改善策だ。
確かに、神に見捨てられそうになっている理由は、『人の役に立っていないから』の可能性があるのも確かだし、神様に見捨てられないようにしているのは間違いではない。
「そもそも、刺されるのを阻止できないのでしょうか」
「残念ながら、今の時点では、ダンフォード侯爵令嬢の犯人を捕まえるために、私が動くことは時間的にできませんし、『不穏な動き』を察知しているわけではないのに、式典準備のため人手不足の中、警ら隊や国家安全局を動かすことはできません。その証拠に自分が刺される事も阻止できていない」
「だから、今は親切を行うしかないのですね。ではどのような親切を行えはよろしいのですか?」
「どのようなか。……難しいですね。気がついたら小さい事でも行うように心がければいいのですよ。それしか今は思い当たりませんね」
「なるほど。わかりましたわ」
それ以上の言葉を発する事ができなかった。
本当に皆目見当がつかない。何が原因かも特定できていないのだから。
「しかし、どうすればいいのかわからない事が多すぎますね。このループは何が原因なのか。一人でループしていたと思っていたのに、違った。お互いに驚きましたよね」
「ええ、初めのうちは周りに訴えましたが、気がふれたのかと誤解されましたわ」
過去、両親や執事に訴えた事を思い出して頭を振る。
「私達以外にもループしている人が居る可能性があるかもしれませんね。それに、突然どちらかのループが終わって未来に進める可能性もあるし、二人同時にループが終わる可能性もある」
イステル氏の仮説に驚いて、少し狼狽してしまった。
「……確かにそうですわね」
やっと見つかった仲間なのに、一人だけタイムループの中に残されてしまったとしたら絶望しか無い。
「今回でループを終わらせたいですが、何の進展も今はありません。ですから、次回ループした時のために合図を決めましょう。『タイムループしたよ』という合図です。オペラの日、出会ったら合図をしましょう」
合図!いい考えだわ。
「わかりました。どんな合図にしますか?」
「私達は今まで出会った事がないわけです」
「オペラで初めてお会いしますから、当然ですわ」
「でしたら、オペラでお会いした時、『お久しぶりです』と話しかけてください。私の爵位は子爵ですから、私から話しかけるのはマナー違反となります」
イステル氏の爵位をここで初めて聞いて、やっぱりがっかりする。
「わかりましたわ。ではわたくしが『お久しぶりです』と申し上げますので、イステル様は何とお答えされるのですか?」
「そうですね、社交の場ですから『オペラでお会いするのは2回目ですね』と言います」
こうして私達の合図が決まった。
それから、どうやってオペラに途中入場するのか、エリーおば様が私に対して好感を持ってもらえるのかの相談をする。
そして、毎回結婚式で情報交換をする約束もした。
「なんとしても、この先の未来に進めるようにお互いに協力し合いましょう。さしあたっては、明日頑張ってお互いに死を迎えないようにしましょう」
ここで話し合いは終わり、帰路についた。
ドラテオ公爵家の馬車で送ってもらう。
時間は19時だった。もう月が空に浮かんでいる。
第一王子が皇太子殿下に即位する日、つまり明後日の夜が満月。
何も打つ手がない私は、今、運命に翻弄されているのだろうか。
それとも、やり直しをしているのか、させられているのか。
お屋敷に帰ると、お母様がドラテオ公爵未亡人との関係を聞いてきた。すごく興味津々なようだが、あまり話すことがない。
エリーおば様とは、挨拶も早々にイステル様と情報交換をしていたのだから、適当に誤魔化して自室に向かった。
次の日も、あまり変化のない3日目だった。そして、いつも通り背中に痛みが走り……。