二人きりの会議
「では出発します」
御者の声が聞こえた。
一人乗りの馬車は、相変わらず裏道を進み、渋滞を避けて貴族街に入ると、大きなお屋敷の門の前に到着した。
ここは新興侯爵であるダンフォード侯爵家とは違い、街の中心部にある本当の由緒ある貴族家だけが邸宅を構えられる場所だ。
私も足を踏み入れるのは初めてである。
貴族街全体が塀で囲まれており、用事がない限り入れないように街の門番がいる場所だ。
金属製の門が開き、馬車はゆっくりと進んでいく。
ここはすごく静かで、しかも広い。
耳を澄ませると小鳥のさえずりが聞こえる。
馬車から見える前庭には、沢山の花が咲き乱れ、その一角には東屋が見えた。
クラシカルな入口には、執事が待っており、馬車の到着するとすぐにドアを開けてくれた。
「いらっしゃいませ、ダンフォード侯爵令嬢。奥様がお待ちでございます」
馬車を降りると、先に馬から降りたイステル氏がエスコートのために手をだしてくれている。
その右手に掌を乗せて、屋敷の中まで案内してもらった。
「いらっしゃい、アビー」
車椅子に乗ったエリーおば様がサロンで待っていてくれた。
由緒正しきお屋敷のサロンはまるで美術館の様で、飴色になるまで磨かれた幾何学模様に組まれた床と、無造作に置かれた美術品はどれくらいの価値があるのだろうかと想像してしまう。
「お招きありがとうございます」
カーテシーをすると、エリーおば様は意味深に笑った。
「エルがね、どうしてもアビーと大切な話をしたいからって言うのよ。ほら、婚約していない女性が男性と二人きりになったという噂が広まったら、もう結婚は望めないでしょ?だから、我が家を借りたいんですって」
「伯母様、本日は私のお願いを聞いてくださりありがとうございます。こちらは、ダンフォード侯爵令嬢が伯母様のために選んだ花です」
イステル氏は、さきほどの花束をエリーおば様に渡す。
「お花はうれしいのだけれど、まだ婚約者のいないご令嬢と今から二人きりになりたいだなんて。わたくしとしては関心しません」
エリーおば様の言葉を聞いて、イステル氏は跪き、右手を胸にあてた。
「私エルヴェ・イステルは、神に誓って目の前にいるアビゲイル・ダンフォード侯爵令嬢の尊厳を傷付けるようなことは致しません」
「その誓いを破った場合には、上に報告しますからね」
エリーおば様の声は低くて威厳を含んだものだった。
「当然でございます」
「その約束、しかと聞きましたからね。では私はこれで失礼します。アビー、となりの部屋には執事や騎士を待機させておきますからね、何かあれば壁を叩くなり、隣の部屋に飛び込むなりしなさいね」
私の目を見てそう言った後、悪戯っぽくウインクして部屋を出て行った。
私とイステル氏は二人きりになり、そこにあった応接セットに向い合せに座った。
「ダンフォード侯爵令嬢。私も3日間をずっとループしていると申しましたが、この件についてお話しするとなると、国家機密を話さないといけないのです」
「国家機密ですか?」
突然飛躍した話が始まったので、びっくりして聞き返す。
「今から話す事は、誰にも他言しないでください。場合によっては、この3日間を抜け出しても、機密が漏れたと分かったら、貴女様は死ぬより辛いことが待っているかもしれません」
「明日死んだ方がマシと思える未来になってしまうと言いたいのですね?」
「はい」
「わかりました。私も神に誓います。今から伺う事は絶対に他言いたしません」
両手を胸に当てて、誓いを立てると、イステル氏の表情が心なしか柔らかくなった。
「まず、1日目である昨日は、オペラの開演直前に目が覚めます。疲れてうたた寝をしていたようで、そこで目覚めるのです。エリー伯母様を待ちますが、結局伯母様はやってきません。オペラが終わった後は、一人で、バックヤードツアーを見てまわります」
「一人で回るんですね」
「オペラの関係者が、武器密輸の運び屋をやっているという噂があるんです。その真相を確かめるためにです。私は表向きは軍部の事務方の職員ですが、本当は国家安全局の職員です。海兵隊に派遣されているのは、機密事項漏洩の疑いがあるからなのです。この話も機密事項なんですよ」
「それで武器は見つかるのですか?」
「今のところ見つかっていませんが、手を抜くこともできないですからね。ループのたびに確認します。タレコミ情報の真偽を確認するのが私の仕事なんです」
「では、バックヤードツアーが終わった後、どうするんですか?」
「本部に戻って報告をします。2日目である本日は翌々日のパレードに向けての警備の対策本部で会議がありました。色々とあって、会議が長引き、結婚式には参加できず、パーティーからの参加になります」
「いつも私は14時くらいに帰ってしまうので、イステル様とはお会いしたことがなかったのですね」
「途中参加のパーティーは、18時まで参加しますが、グレンブグス大尉達と共に私も帰ります。今回パーティーに来ていた上官達の誰かが機密事項を盗んでいる疑いがあるのです。その上官が武器密輸にも関わっている疑いがあるのです。だから毎回何か見逃しがないか確認しています」
繰り返すこの3日間は、イステル氏にとっては、かなり張り詰めた日々なのね。
「そして問題の3日目、翌日に控えたパレードや第一王子の皇太子即位式のための式典会場の設営などでいくつもの会議に出ねばならず。終わって会場点検に行き、不審者を見つけるのです。不審者を追いかけている最中に、私も多分、背中から刺されて…そしてオペラの日に戻るのです。ダンフォード侯爵令嬢は3日目、どのように過ごされるのですか?」
「明日は、宝石商に行って、明後日の式典でり使用する予定のネックレスとイヤリングを受け取ります。そして、お屋敷に戻り、しばらくしてから火事になるのです。火元はわかりません。火事のせいで、急遽シルファランスホテルに滞在することになり、ホテルの客室で刺されます。背中が熱くなって、意識がなくなるので刺されているんだと思います」
「シルファランスホテルですか! それは……」
イステル氏は何かを考えているようで、一点を見つめたまましばらく動かなかった。
「シルファランスホテルは今回の武器密輸の取引に使われるのではないかと睨んでいたホテルなのです。綿密な調査の結果、問題なしということになり、監視対象から外れています」
「では、もしかしたら、私の刺殺事件と、イステル様の追っている武器密輸の犯人は繋がっている可能性があると?」
「その可能性が出てきましたね」
「タイムループを繰り返す中で、犯人の糸口がつかめたり、未来を少しでも変えられたりできたのですか?」
一番知りたい質問をした。
どうしても、この未来を変える方法が知りたい。私の場合はエリーおば様が何らかの鍵ではないかと睨んでいるが、イステル氏はどうなのだろうか。
「今の所、たいして何もありません。色々試したのですがね、自分の力で変えることが出来きるのは、本当に少しの物事です。でも……、ある日不思議な事が起きたのです」