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7度目の目覚め

新連載始めます。

またお付き合いいただけると幸いです。

馬車が大きく揺れて、壁側に上半身が傾き壁面のクッション剤に頭をぶつけた所で目が覚めた。


長くて怖い悪夢を見ていた。

なんで悪夢なんて見るんだろう。

でも、どんな夢だったか思い出せない。


私の名前はアビゲイル・ダンフォード。

ダンフォード侯爵家の三人兄妹の真ん中で歳は20歳。 侯爵家を名乗ってはいるが、祖父が軍事関係の会社を興しており、その会社が開発したナントカって武器で先の大戦で我が国は大勝利をおさめたので、その功績を讃えられ陞爵された、家なのである。


元は、誰にも知られてないような、小さな領地の伯爵家だったので、新興貴族の扱いになり、爵位の割には軽んじられている。


両親はそれでいつも歯痒い思いをしているようだが、私には関係ない。

「ダンフォード家は侯爵家なのだから、威張り散らして何が悪い」という考え方で過ごしている。


今は馬車の中だった。

いつの間にかうたた寝をしていたみたい。


頭痛と吐き気と体中が痛いのはきっと馬車の中で寝てしまったからだ。

馬車の椅子はどれも、あまり座り心地の良いものではない。

にも関わらず眠ってしまったのは、渋滞でノロノロとしか進まないせいだろう。


誰も見ていないから、お行儀が良くないけど伸びをして、固まった体を少しだけ動かす。

でもやっぱり気分が晴れなくて、窓にかかった目隠し用のカーテンをずらして、そっと外を見た。


今いる位置は、庶民向けのバザールの入り口の前だ。


馬車が大きく揺れたのに、動く気配はない。

進行方向は大渋滞している様子なのに、対向車線には馬車が走っていなかった。

進行方向が渋滞しているだけで、街全体が渋滞しているわけではないのかもしれない。


乗り出した身をソファーに沈めようとした時、斜め前の教会の鐘が激しく鳴った。

勢いよく両開きの扉が開いて、かしこまった服装を着た5人の警ら隊が出てきた。

手には猟銃のような長い銃を持ち、大きな声で掛け声をかけながら、横一列に並んだ。


バンバンバン!


空に向かって空砲を撃つ。

まるで仕掛け時計が時を告げた時のようだ。

オルゴールの代わりに讃美歌が響き、時計から出てきた人形のように、同じ動きの同じ服装をした5人の男性が空砲を13回鳴らす。


13時!


音と今の光景が引き金になって、ハリケーンのように絶望のフラッシュバックが始まった。

目の前の状況と記憶が混濁して、視界がぐるぐると廻る感覚がし、心臓が破裂するのではないかと思うほどバクバクと激しくなった。

指先が冷たくなり、呼吸が浅くなる。


教会の前では男達が銃の構えを解き、両脇に抱えて整列した。

沢山の人が集まり、今から起こるであろうことをワクワクした表情で待っていた。

今から誰が出てくるのか私は知っている。


何度も見た。

そう。

何度も。

でも、それは夢の中の話で、目覚めた今は違う出来事が待ち受けているかもしれない。

違う出来事になっていて欲しい。

なっていますように。


何度も見た光景を思い浮かべながら窓の外を見る。

今から起きるのは、音にびっくりして、教会の隣の雑貨店から猫が飛び出してくるはずだ。


猫は出てこない。

猫は出てこない!

祈りながら見ていたが、雑貨店から猫が走っていった。


次は司祭様が出て来て、それから2秒後、10人の女性が出てくる。

緑の服を着て緑色の帽子を被り、手には花盛りの籠を持った女性達。この国の小人の仮装がそれなのだが、順番に出てきて司祭様の頬にキスをした後、隣のバザールへと向かう。

その中の1人が帽子を落として、男性に拾ってもらう事になる。

これが、今から起きる事だ。


何度も同じ未来を見てきた。

この先に起きる事を全部知っている。

でも、知っていると思っている出来事が、私の想像の産物であって欲しい。

祈りながら、次に起こる事を頭の中で再生する。


馬車の中にいても聞こえてくる美しい讃美歌の歌詞も全く同じ。

この歌の途中で拍手が聞こえて来たら、司祭様が出てくる。


……じっと見ているとやはり、自分が予想していた通り拍手の後に司祭様が出てきた。

そして緑の服に同じ色の帽子を被った、この国の小人の仮装をした女の子達がやはり、司祭様にキスをしてバザールへと向かっていった。


ここから、小人の格好をした女性の帽子が落ちるのよね。


外をじっと見ていると、小人の格好をした一人の女性の帽子が落ちて、それをがっしりした体格の男性が拾って渡している。

女の子は恥ずかしそうに、だけれど好意を隠した顔でお礼を言っているようだ。


ここから5をカウントしたら御者がノックするはず。


1.2.3.4.5!


御者が馬車をノックしてきたので連絡窓を開けた。

「この先で事故があったようです。このままではどれくらいの時間がかかるかわからないので迂回しますね。お嬢様が楽しみにしているオペラに間に合うかどうか」

抑揚のない声で御者が言った。

この後、私の返事を聞くことなく10メートル先の角を曲がるはずだ。


幾度となく繰り返しているので、このくだりはもう完璧に覚えてしまっている。

認めたくはないが、タイムループ確定だ。


目覚めるのはいつもこの馬車の中。

そして、渋滞から抜けるために10メートル先の細い路地を右に曲がり、遠回りするが、オペラが始まってしまっていて、入場できない。

1時間の遅刻くらい入れてくれてもいいのに。


そもそもあまり興味のないオペラ鑑賞に向かうのは、あるお茶会で、「あの、漆黒の王子がお忍びでいらっしゃってるらしいわ」という噂話を耳にしたからだ。


『漆黒の王子』って、隣国であるテレンス王国のセドリック王子の事だ。

背が高く、鼻筋の通った美形の皇太子殿下だ。

黒曜石のような瞳と髪が、漆黒の夜を思わせる。

以前、隣国との二国間条約の調停式の記念舞踏会に出た時に、参加した隣国の女性達が陰でそう呼んでお慕いしていた。


オペラが見たいわけではなく、隣国の王子と出逢いたいがために、直前に無理矢理用意してもらったはずだった。


とはいえ、タイムループを繰り返しているうちに、「そうだったはず」としかいえない。

もう確信が持てなくなっている。


毎回考えるのは、今回こそが正しい未来で、オペラに間に合うのではないかと期待してしまう事だ。

婚約者のいない私にとって、いい婚約者になるであろう男性と出会える絶好の機会を逃す手はない。

そう思って向かってしまうのだ。


しかし、間に合わずにオペラ座から締め出しをくらい、入り口の係員を怒ると、怯えた係員が手に持っていた万年筆を落として、私のドレスにあたり、黒いシミを作って支配人が出てくるというのが毎回のお決まりパターンだ。


それでも、その未来を繰り返すのは、結果、お詫びとして途中からオペラに入れるのだ。

だから、その一連の流れを毎回繰り返している。


ただ、何度繰り返しても隣国であるテレンス王国のセドリック王子には出会えていない。

お忍びで観劇している王族などが出ていく専用出口を見張ったり、遅く出てみたりするが、そもそもどこにいるのかわからないのだ。

お忍びで来ている事は確かだが。


これが今日起こる出来事。


明日は、分家のオーレリア子爵家の結婚式に参列する。

オーレリア子爵家のブレンダ嬢は、ボイド伯爵家の次男のデール氏と結婚する。

デール・ボイド氏は海兵隊に所属しており、式には海兵隊の正装をした同僚が沢山参列している。

海兵隊といえばエリートだけれど、所属しているのは伯爵家以下の家格の次男や三男が多いらしい。


だから、私の結婚相手になりうる人とは出会えないし、ブレンダの友人も家格としては子爵家などが多いので、話し相手もいないまま、苦痛な時間を過ごすのだ。

これが2日目の出来事。


3日目。ダンフォード侯爵邸で火事が起き、シルファランスホテルに一時避難することになる。

どんなに反対しても、別荘に行きましょうと言っても聞かない。

そして、私はホテルで殺されるのだ。

時間はきっかり16時。

一瞬のことで、何がなんだかわからないまま命を落としてしまう。

犯人が男なのか女なのか。

泥棒なのか、暴漢なのかすらわからない。


背中に痛みが走り、意識が無くなり、そして馬車の中で目を覚ます。

このループを、もう何度も繰り返している。


初めは、悪い夢を見続けているのかと思っていた。

しかし、あまりにも繰り返すのでループしていると気がついた。


だから、この3日間を繰り返している事を、家族や執事に何度も訴えた。

数えきれない回数、ループする度に訴え続けた。


でも、毎回、頭がおかしいと笑われたり、怒られたり。

そこでやっと気がついた。

繰り返しているのは私だけなのだと。


だから、なんとか改善しようと考えた。


その1、火事が起きる前に別荘に行きましょうとお母様を誘った。しかし、「このホレイシオ国のジェローム第一王子が皇太子に即位するパーティーがあるから王都を離れられない」と断られる。

そして、シルファランスホテルに泊まる事になり、殺されてタイムループ。


その2、王都を離れられないのなら、火事騒ぎの後、他の親戚の家に泊まる事を提案した。

しかし、両親から「ダンフォード侯爵家は本家。分家から即位式に行くなんて侯爵家の格を疑われる」と断固拒否され、シルファランスホテルに泊まる事になり、到着時間を遅らせるために、トイレに篭ってみたりしたが、ホテルに着く時間は同じで結果は同じ。またタイムループ。


その3、オペラから戻った後、「前もって他のホテルを予約しよう」と考え、すべてのホテルに連絡をしてみたが、高級ホテルはどこもいっぱい。

即位式を一目見ようと、友好国の貴族達が前もって予約しており、予約でいっぱいだったのだ。

たまたま怪我で来れなかった人がいて、急遽キャンセルが出ていたため、シルファランスホテルだけが空いていた事をこの時知った。

そしてやはり火事になり、シルファランスホテルに泊まる事になり、タイムループ。


その4、火事が起きないように侯爵隊の中をくまなく見回る。

これは完璧に失敗だった。私は自分の部屋とお父様の書斎と、サロンとダイニングくらいしか行ったことがない。

今まで、何にも興味を示して来なかった。

だから、そもそもダンフォード侯爵家の間取りの事を知らない。

でも、火の出所がどこなのか知りたくて歩き回ろうとして、執事のクロノに止められ、火事を阻止できず。

そしてシルファランスホテルに行く事になり、ホテルに行く前にどうしても買い物がしたいと駄々を捏ね、大幅に到着時間を変えようとしたが、結果は変わらず、タイムループ。


その5、執事のクロノに、「私、この邸宅の事をくまなく知りたいわ。案内しなさい」と言ったが、まるで美術館を回るようにしか案内されず。

「この家で火事が起きるのよ!」と言っても、「お嬢様、使用人達は皆一生懸命このお屋敷を守っているのです。決してそのような事は起こりません」と言われた。

だが、ボヤが起き、やっぱりシルファランスホテルに泊まる事になり、ホテルの従業員に部屋をチェックしてもらってから入るが結果は変わらず、タイムループ。


その6、初日のディナーの時に、「火事だけは起こさないでちょうだい」と家族にも言ったが、皆私の戯言だと思いスルーされた。

それならばもう、私だけでも他の別荘に移ろうとした。

しかし、「成人した高位貴族は皇太子殿下の即位式に出なければならない」と父に怒られ、母から「貴方、あんなにジェローム第一王子殿下に夢中だったじゃない。ジェローム王子殿下が公爵令嬢と婚約するという噂を聞いた途端、すぐに興味をなくして」と言われ、叶わず。

そして火事になり、ここからの展開は毎回一緒。

結局、殺されてタイムループ。


この目覚めで、7回目だ。

と言っても、数えるようになってからの回数である。


とりあえず今日は何も起きない。

その何もない日が起点になって繰り返しているのは何か意味があるのかもしれない。


その意味を考えてみる。

もしかして私はこの日に事故に遭って昏睡状態だとか。

嫌、そんなはずはない。

今日は本当に何にも起きない。


なんの打つ手もないなんて、そんなはずない。

これから起きる事を考えているうちに、馬車は少しだけ進んだ。

もうすぐ右に曲がる……。


私は連絡窓をノックする。

「お嬢様、どうされました?もう角を曲がりますのでなんとかオペラには間に合いますよ」

御者は私がイライラしていると思っているようで、宥めるような言い方だ。


「角を曲がらないでちょうだい。このままこの道を進んで」

「アビゲイルお嬢様。それではいつオペラ座に着くのかわかりません」

御者は慌てた声を出す。


迂回をしても遅くなるのなら、このままでいい。

幾度となく繰り返す悪夢に、疲れてきたのだ。


「いいのよ。予定通りの道を行きなさい」

連絡窓から御者が見えるわけではないので、どんな表情をしているのかはわからないが、返事までには間があった。


「かしこまりました。お嬢様のご指示に従います」


どうせ、オペラには遅れるし、火事は防げない。

火事が起きた後は、シルファランスホテルに泊まる事になり、私は殺されてしまうのだ。


だから考えてみた。

何故、起点が今日なのかを。

今日の何かが変われば、また違った未来があるのではないか?

ノロノロとほとんど変わらないペースで、馬車は進んだ。

何が原因でこの道は混んでいるのだろうか?

何度か外を覗いたがわからなかった。


もう少しで、オペラ座近くの曲がり角だという所で、大声が聞こえてきた。


「この先で事故だってよ」

「見にいこうぜ」

チラリとカーテンを開けると、男性2人が事故を見にいこうとしているらしい。


渋滞の理由がわかった。


対向車線に馬車がいないという事は、事故のせいでこの道が完全に通行止めになっているのね。


迂回をせずに進んだ結果、オペラ座に到着したのは、開演から1時間くらい経った頃だった。

迂回してもしなくても、到着時間はほぼ変わらないじゃない!


迂回したから遅れたのだと思っていたけど、迂回しなくても遅れる事に変わりはなかったのね。


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