迫る時
崖と道路を挟んで反対側に慈悲心鳥神社の駐車場があった。
そこにフジワラの車が停められており促されてミニバンタイプの車の助手席に乗ってシートベルトをしめる。
走り出してから、私はこの得体の知れないフジワラという人の車に乗って大丈夫だったのか? と悩む。
しかしあのまま崖にいる訳にもいかない。
車は私が二回ほど崖に来た時のルートを戻るように進む。右の崖の下には変わらず綺麗な海が見える。
慈悲心鳥崖に行った目的はこの男に会うためでもあったが、私はこの男のことを苗字以外何も知らない。
チラリと運転席にいる男に視線を向ける。やはり見れば見るほどあそこにあった銅像と顔がよく似ている。
この人は本当にフジワラという名前なのだろうか? 十一久刻なのでは? と、ありえない事まで考えてしまう。
カーステレオからはニュースや天気予報や交通情報などがのどかに流れている。
ニュースも物騒な事件などはなく夏の晴れた週末らしい明るい行楽についての内容。
本当にこんな日に大きな地震が来るということも信じられない。
「あの、どこに向かっているの?」
カーステレオからの音で静まりかえっている訳では無いが、気まずさもあり私は声をかける。
「教えていただけませんか? 今日起こるあの地震の後この辺りの状況はどうでした?」
まっすぐ正面を見て運転しているフジワラは逆に質問してくる。
私は悩む。
蹲っていて見えたのは裂けていく地面だけ。
周りがどうだったとか、周囲の様子とかも全く見ていない。
「え? 知りません。私あの後、崩れていく崖と共に落ちて死んだので」
チラリと私の方を見たフジワラに残念そうな顔をされた。
「そうでしたか。また助けられなかっのか……。
……俺も君の少し前に死んだから、今日のこの後の事を何も知らないんだ」
「貴方が! 飛び降りなんてするから!
私は怖くなって動けなくなって……」
死ぬつもりであの崖に来ていたのに、貴方のせいで死んだと文句言うのは少し違うと思うけど責めてしまう。
それだけ人の死は衝撃的な事だから。
「貴方に不快な思いをさせたことは謝ります。
しかし、ああすれば貴方は死を思い留まるかとも思いまして……」
フジワラは謝ってくるが、その言い方が頭にくる。
「貴方馬鹿なの?! 私なんかの為に身を投げるなんて」
目の前で簡単に死んで見せた男が、今こうして車の運転をしていている。
それも意味わからない。本当にこれは、どういう状況なのか?
「そこは気にしなくてもいいですよ。貴方の為だけではないから。元々俺もあそこで死ぬ筈でしたから」
どこに気にしなくてよくなるような要素があるのか?
フジワラはチラリとナビ上部にある時計の数字に視線を向ける。
「この先にオートキャンプ場がある。そこは高台で開けた空間だし、竹林も近くにあるから地盤はそれなりに強い筈。おそらくは安全だと思う。
少なくとも、あの崖にいるよりも……」
フジワラのいう通り可愛い雰囲気のある熊がキャンプしているイラストのついた【時々輪キャンプ場1キロ先左】という看板が見えた。
大勢の人が居るところに向かっているのなら別の意味でも安全かもしれないと失礼なことも考える。
海岸線を走っていた車は内陸側に進路を切った。