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バッドエンドはもう来ない……  作者: 白い黒猫
人生最後の日の過ごし方
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最後の夜明け

 手にワイングラスを持ったまま私は惚けていた。我に返り周囲を見渡す。

 大きな窓のある部屋は美しいが生活感がない。

 最高の眠りを提供すると言われる枕とマットのある清潔なベッド。

 壁に備え付の棚に置かれたテレビからは能天気なバライティー番組が流れている。

 窓際にある一人掛けソファーに座る私は、落ち着く為に手にしていたワインを呑む。


 ここは私が直前に利用していたホテルの室内だと言うのは理解できた。しかし何故自分がこの部屋にいるのかが理解出来ない。


 だって七月十一日、私は自殺の名所である慈悲心鳥崖か落ちて死んだ筈だから。

 フジワラという男と共に崖から落ちたら、ホテルに一人いたそんな感覚。


 私はワインの瓶とおツマミの盛り合わせの入った皿の横に置かれていたスマホに手を伸ばす。

 待ち受け画面には『2026.7.11 00:03 土曜日』とある。


 私は変な夢でも見たのだろうか? 

 自殺しようとした日に見た夢にしてはなんとも奇妙な内容である。

 自殺しようとしたら、見知らぬ男に話しかけられて、崖そのものが崩れ、その男と共に崖から落ちて死ぬ。

 何故、誰かを巻き込んで死ぬような夢を見たのか? 一人で死ぬことに寂しさを覚えたからなのだろうか? 

 私は顔を横に振る。そう言う結末をあえて選んだのは私ではないか? 何を今さら感傷に浸る必要がある?


 夢ににしてはリアルすぎるようにも感じた。

 私がこの後過ごすであろう時間の流れをリアルに体験した感覚。フジワラという男の抱きしめてきた腕の温もりも夢には思えないほどリアルだった。

 落下していく時に感じる身体に抜けて流れていく気持ち悪い恐怖。

 水面なのか崖下の岩なのかにぶつかり潰れる自分の身体の感触。


 私は身体の震えを止めるように身体を自分を抱きしめる。

 何度か深呼吸をして気持ちを落ち着ける。

 何も躊躇う事はない、私は今日予定通りの行動をするだけ。そう自分に言い聞かせた。

 メンタルコントロールが効いてきたのか少しずつ気持ちも落ち着いてくる。


 窓の外に広がる静かな風景の効果もあるのかもしれない。

 大災害を危惧をされていた危険性のある超大型台風も日本に上陸前に壊れ、昨日は降っていた雨ももう止んでいるようだ。

 大都市という訳ではないが、観光地としてはそれなりに人気なこの土地。

 高台にあるホテルからはチョットした夜景を楽しめる。

 その灯り一つ一つに人の営みがある。わたしはその光の集合体を見つめ続けた。


 夢と同じように、私は一睡も、出来ないまま朝を迎える。

 窓から見えてくる朝日の眩しさに私は目を細めた。

 最高の眠りを提供するというベッドは結局使わなかった。

 しかし私は今日、永遠の眠りにつく。

 だから今眠る必要も無いだろう。

 思い詰めて眠れなかったのではなく、妙な高揚感もあり目が冴えていた。

 一瞬でも今この生きている時間を記憶に刻みつけて起きたかったから。

 死後の世界がどうなるのかなんて知らない。

 そもそもそんなものがあるのかも分からない。

 私が今ここで過ごしたこの時間を記憶に刻む事の意味があるのかは謎。

 でも、この時間を愛おしくも思えて私はこの一瞬一瞬を楽しむことにした。


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