現れた男
「え? 十一残刻さんと会った?!」
十一残刻のお家を調べに行った不死原のとんでもない話に、車の中で大声を出してしまった。
不死原は私の反応に苦笑する。
「俺自身も信じられない状況ですよ。
もしかして俺の願望が作り出した幻影ではと一番に疑いました。
残刻、今は少し黙っててくれ、佐藤さんと話をしている」
そんな感じで私に説明してくる不死原の様子が、ますます私に不信感というか、恐怖さえ与えてきた。
よくみると耳にイヤホンをつけているところを見ると、電話はしているようだ。
しかし本当にこの人は電話で誰かと話しているのだろうか? 独り言なのではないのか? そんな事も疑ってしまう。
不死原の言うことには、十一残刻のアトリエで、あの崖を作った際の資料を調べていたら、後ろに十一残刻がいたという。確かな存在感もあり会話はできるものの、接触することは出来ない。触ろうとしても突き抜けてしまうという。
「その状態で色々検証してみた結果、残刻と電話やメールなどのネットのやりとりが出来た。おかしいことに残刻のメッセージは一年前の同じ時間が表示されているんだ。それに残刻はあの世とかにいるのではなく一年前の七月十一日を生きていると言うんだ」
今年の七月十一日の十一時十一日に死亡した私と不死原が陥っている異常な事態。
一年前に似た状況で死亡した人物にも不思議な事が起こっていてもおかしくはない、むしろ自然のようには感じなくはない。
とはいえ「そうなんですか」とすぐに受け入れることは難しい話でもあった。
「貴方が怪訝な顔をするのも無理はないと思います。
アイツとの繋がり方を模索するためにも少し実験してみたい事もあるので一緒に検証してもらいたい」
そう言われると断るわけにもいかない。自分もあながち無関係な事でもないから。それにもし本当ならば一年前何があったのかも分かるので、この現象の解析も進むかもしれない。
「ならば、今から十一さんのお宅に?」
「いや、あいつは人見知り激しい所があるので、見知らぬ人に自宅に入ってもらいたくないと言うのでーーーー」
そしてその日に連れて行かれたのはレンタル会議室。ホテルの会議室よりもコンパクトで商談用なのか応接セットがあり、壁の棚にはカートリッジ式のコーヒーメーカーとか置いてある。
『あんたが、佐藤周子?
俺は十一残刻よろしくな』
人見知りというからシャイな人なのかと思ったが、十一残刻はニヤリと人を見下したような笑みを浮かべパソコンの画面の中から挨拶してきた。
黒地に大きな髑髏のイラストの描かれたTシャツに黒のダメージジーンズを着た彼は彫刻家というかバンドをやっている人のように見える。
一方、不死原は今日は焦茶のシャツに白いパンツといつもながらに何でもないけど育ちもよくオシャレに見える着こなしをしている。どちらかというとダサい彼氏を身近に見ていたせいか、普通のアイテムを普通に着ている風でお洒落に見えるこの違いって何なのかと思う。
「こんにちは、十一さん。初めまして。
でも貴方は本当に十一残刻さんなんですか?」
一応、彼の事を散々ネットでも調べたから、顔の雰囲気からは十一さんだとは分かったが、もしかして似ている他の親戚が十一残刻を名乗ってきている可能性はないのだろうか? とも考えてしまった。
「彼は間違いなく残刻だよ。俺が保証します」『頭悪い女だな、こんな状況でお前を騙すメリットってなんなんだよ!』
不死原の言葉に、被せるように十一が私に非友好的な言葉を投げつけてくる。
「残刻!」
十一はかなり口がというか性格が悪い人のようだ。
確かにこんな状況で、不死原と十一と名乗る人が私を騙して詐欺的な行為をする利点は何もない。
「佐藤さん、残刻は芸術家肌というか、少し癖がある言動をしていますが根はいい奴なんですよ」
十一残刻は信じがたいが本物だったようだ。
そして彼は今一年前の七月十一日にいて、私たちと同じように一日をひたすら繰り返しているという。
そして昨日アトリエで作業していたら、自分が会いにいかないと会わない筈の不死原がやってきていて驚いたらしい。
外でも同じ場所に行けば二人は会えるのか、ここで実験中。
十一とLINEやメールのやり取りをすると現象が突然起こるようになったことに昨日気が付いたという。
現在十一は一年前のこの部屋にいる。しかしここでは二人は互いに姿を見ることが出来ない。
ここではオンラインでのみ通じ合えるという。
互いがそこにいるかのように見えるのは十一のアトリエや十一の家のみの現象なようだ。
今の十一の場合、LINEで送信したら一年前の時間帯にいる不死原と、一年後の不死原双方のメッセージ届くことになりややこしく、別のアプリで連絡を取り合うようにしたらしい。
何故いきなりそんな現象が起きたのか?
今まで不死原は掃除等で、何度も十一の家に訪れていたがそんな事起こらなかった。
それに十一は一年前の七月十一日をループしている中で、散々親友である一年前不死原と電話やメールなどでも連絡を取り合っていたが、それが一年後の不死原に届いた事がない。
何故なのか?
「俺も同じ状況に陥ったからか?」
不死原はつぶやく。
リモート会議システムは何故か十一が作ったものは不死原は入れるが、逆は無理だという。十一が作った会議室に私は入れなかった。
「一体、俺と佐藤さん何が違うのか」
「俺とお前の腐れ縁のなせる技じゃね?」
十一はニヤニヤと笑いそんな事を言い、不死原は苦笑する。
「それか、誕生日の関係とか?」
私の言葉に十一は怪訝そうな表情を見せる。それで私はバッグから朝作った資料を見せて二人に説明する。
2019年
佐藤 宙三十歳 11月11日誕生日 システム開発の株式会社ロジカルシステムの営業
高橋 今日子 二十五歳 2月11日誕生日 佐藤宙と同じ会社の営業で同じ車に乗っていた
鈴木 天史三十六歳 1月11日誕生日 (株)Thunderbolt 電気系エンジニア
2020年
土岐野 廻 二十六歳 11月11日誕生日 サムライ株式会社の社員。会社の周年記念のニシムクサムライプロジェクトのコンセプトプロデューサー
2121年
金城瑠偉 三十四歳 3月11日誕生日 サムライ株式会社の社員。ニシムクサムライ十一号店チーフ
ライフフォード・ダイン 三十八歳 11月11日生まれ カルフォルニア出身のプロサーファー
田上 心也 二十二歳 7月7日誕生日 ニシムクサムライ十一号店アルバイト
2025年
十一 残刻 二十八歳 11月11日誕生日 彫刻家。サムライ株式会社の社長の弟。
佐竹 愛花 二十二歳 6月11日誕生日 大学生
2026年
不死原 渉夢 二十九歳 11月11日誕生日 画家
佐藤 周子 三十歳 7月11日誕生日
「事故で亡くなった人のリストがこちらになります。被害者に共通しているのは絶対に十一月十一日生まれの人がいて、それ以外の被害者も十一日生まれであること。
一人二千二十一年の田上さんだけは誕生日は十一日ではありませんが。調べてみると亡くなったのは搬送先の病院なので、問題の時間ではなかったことが関係しているのかもしれません」
「神様のシステムというのもヤバいな。こんなに定期的にバグ出してるなんて。
ちゃんとしたSE雇った方がいいぞ」
十一はヘラヘラと笑う。
リストを見つめ、何やら考えている不死原はモニターの十一に視線を向ける。
「残刻、ということはお前の時間で佐竹さんという女性が一緒に巻き込まれている可能性があるということだよな? どうなんだ?」
十一はン? と首を傾げる。
「知らん! 少なくとも二回目以降からは死者が俺が死んだ場所で出てなったと思うぜ。今日の東京はかなり風が酷くて川を見に行って流されたジジイとか細かく死者はチラホラは出てたとは思うが……。
ってまだ十一時になってないからニュースのチェックもできないか。静岡の辺りで今暴れてんな〜」
確かに自分が死んだ時に周りに誰がいたかというのなんか分からないだろう。
私は去年の台風についてのニュースを確認する。
静岡でも猛威を振るってそのままの勢いで東京へと進んだ。
静岡で七十三歳の男性が畑の様子を確認に言って川に流されていた。
あと四十七歳の会社員が転倒して病院に搬送……十一の死亡ニュースの他にもいくつかの事故は起こっているようだ。
双方の時間で十一時十一分を超え、調べてみるが、十一の方の世界では、十一残刻と佐竹愛花の二人の人物の死亡事故だけがなかった。
「という事は。
この子は一年の間一人でこんな世界で取り残されて居るってこと?」
私の言葉を聞きながら不死原は佐竹愛花の写真を痛ましそうに見つめる。
しかし十一は面倒くさそうに溜息をつく。
「別にどうでもよいだろ! その女は女で好き勝手やってんでは?
俺もこっちでお前とつるんだり、旨いもの喰いにいったりと適当に楽しんでるぞ」
他人事のように不死原はそんな事を言う。この男、芸術家肌だというが、なんか根本的な倫理面で話が噛み合ってないのを感じる。
人の事は勿論、この現象についても他人事のように余り真剣になって話を聞いていない。
「渉夢、お前は色々気にし過ぎるんだよ! 第一、今更だろ?
一年も経っちまってる。俺に何せよって? 今其方のお姉さんの言っていた事を説明して『今貴方が、巻き込まれてるのはこんな感じの現象ですよ~。脱出方法は不明! 以上!』 と言ってやれば良いのか?」
「でも、話し合える人がいるのは、心強いのでは?」
私が言うと十一は露骨に嫌そうに顔を顰める。
「面倒くさっ! 俺に、一時間ちょっとかけて東京までその子を見つけにいけって?
見たらコイツ家は千葉だぞ! その子。この世界でピンポイントにその子を見つけろって?」
「今時なら何だかのSNSとかしているだろ。ソレで連絡は付くはず」
不死原の言葉に大袈裟な仕草で十一は、溜息をつく。
「で、よしよしと可愛がり食っちまえと? このバカで、頭空っぽな感じのな女の子を? コレが良い女なら、まだ考えるけどさ!」
「残刻!」
不死原は鋭い声で友の名を呼ぶ。残刻は肩をすくめて、「冗談だよ怒るな」と言葉を返すが、私には本音の言葉に聞こえた。
残刻はニヤニヤした表情を、スっと、真面目なモノに戻す。精悍な顔立ちをしているから嫌な笑いをしていなかったらカッコイイのかもしれない。
「渉夢。お前は人が良すぎる。
だいたいお前だって。今、自分の事でも手一杯な状況だろ?
それなのにそんな女の面倒まで見て。そんな事する義理も義務もないだろ!」
「彼女は仲間だ。色々この現象に向き合い調べてくれている」
「役に立つとは思えねぇけどな。
あと佐藤とやら、お前調べてどうしたいんだ? 自殺志願者なんだろ?
この状況から本気で脱したいとか考えているのか?
戻ったらアンタが抱えているどうしようもない事情とやらが、また降り掛かってくるだけだろ?」
不死原と私の間では最初以降あえて避けていた話題を、十一はしっかりしかけてくる。
「そうね。だから抜け出したら私は改めて死を選ぶつもり」
不死原はそんな私を見て眉を寄せる。
「死ぬ為に必死に脱出するなんてとんでもない女だな。
で。なんでそこまでして死にたいんだ?」
不死原がいかにも人に気をつかえて優しいかを十一と話をしていて実感する。
「残刻! お前はどうしていつもそんなにデリカシーに欠けるんだ」
咎める不死原の声。
「だってお前はその女の為にこのクソな状況を、何とかしようとしてんだろ?
そもそも助ける価値があるのかどうか精査する事は大事だろ?
佐藤さんとやら、お前はなんで自殺しようとしている?」
庇う不死原を気にせず十一は尚も追求してくる。
しかし十一の言うことは当然ともいえる。
私が不死原に対して警戒心を抱いていたが、逆に自分も人から見たらかなり怪しい存在である事に今更気が付かされた。
私は大きく、深呼吸して気分を落ち着ける。自分の事をちゃんと話すべきだろう。私は口を開いた。
「私、末期癌なの。もって後半年くらいらしいの」
二人は想定外の理由だったのだろう同時に目を見開いた。




