十一と不死原
「お嬢さんが十一久刻様の存在を知ったのは末時幻斎の慈悲心鳥物語ですよね」
宮司さんの言葉に首を傾げる。私はそれも知らなかったのでここに来る時に軽くネットで見ただけで知らない事を正直に伝えた。
宮司さんが私に神社のパンフレットを手渡す。
「滝沢馬琴と並ぶ江戸時代人気の戯作者です。
その人がこの地を舞台に小説を書いたのが慈悲心鳥物語。
その内容が有名になり真実のように出回ってしまったんですよね」
その物語の内容がこう。
藩主の息子である不死原渉助は、同じ世代である十一久刻の方が活躍していて領民からの人気も強いことに嫉妬し、冤罪に陥れ処刑にまで追いやる。
その処刑の瞬間大きな竜巻が起こり現場は混乱し、十一久刻は行方不明、不死原渉助は大怪我を負い歩けぬ身体になってしまう。
部屋で寝込む渉助の元に久刻が可愛がっていた慈悲心鳥がきてジューイチジューイチと責めるように鳴き続けた。渉助は次第に心も病んでいき慈悲心鳥崖から飛び降りる。
その後、渉助の妻も謎の病で亡くなり、息子の渉一郎も病に倒れる。
更には久刻の処刑に不満を募らせた農民により一揆まで起き土地は混乱する。
藩主の不死原は久刻の呪いを恐れてこの地に神社を建てて久刻の無念を鎮めた。
今でもこの地では慈悲心鳥がジューイチジユーイチと鳴く。というもの。
確かに私が調べて出てきたのはこう言う感じだった。
「この中の真実は、不死原渉助様と十一久刻様という人物がいた事と、久刻様の活躍ぶり。久刻様が不運な死を遂げた。この近くで農民一揆が起きたという事だけなんですよね」
宮司さんは嘆かわしいと言わんばかりに顔を横に振る。
「久刻様の死はそもそも処刑ではなく事故です。
台風による事故で領民を助けて川に流されて行方不明と聞いています。
それにこの土地を誰よりも愛しみ見守って下さっていた久刻様が怨霊となってこの地を襲うなんで有り得ない!
さらに言うと一揆が起きたのはここの土地ではなく山の向こうの集落! 末時の方!」
少し強めの語気で宮司さんが訴えてくる。
「……不死原渉助様が呪いを受けるなんで有り得ないんですね」
宮司さんは頷く。ここで、不死原渉助を呼び捨てにはしにくくなってきた。
「渉助様が亡くなった原因は、久刻様と共に領民の救助活動をした時に負った怪我が原因で、久刻様助けられなかった事を最期の時まで悔やんでいたと伝わっています。
それに奥様が亡くなったというのも二十年後!
ご子息の渉一様はさらに五十年後。渉一様に至ってはその当時の平均寿命超えてますよ!
それに慈悲心鳥は元々ジューイチって鳴く鳥です! そのため別名十一と呼ばれているくらいですよ!」
随分話が変わっている。何故そこまで事実が捻じ曲げられたのかと私は考える。
「呪いや怨霊って話何処から来たんですか」
宮司さんは顔を顰める。
「菅原道真公の話を真似た事と、苗字から分かるようにこの作者はあの末時出身なんですよね。
あの地の人間は昔からこっちの土地と揉めていまして、コチラの土地に対しての嫉妬もあるのでしょうね。
あっちは昔から土地運営が下手で、今回も目先の金に目が絡んでメガソーラなんか設置してこの事態。馬鹿なんですよ。
昔から経営難で貧窮して食べるものに困るとコチラの土地を襲ってくるという感じで、色々因縁のある関係なんですよ」
末時って何処かで聞いた名前だと思ったらあの地滑りした土地の名前だったと思い出す。
「その点こちらは、政治力の不死原、企画力の十一。この二家のお陰で今に至るまで我々は元気に暮らせてますよ!」
宮司さんは誇らしげに笑った。
「という事は不死原家と十一家も仲良いんですね」
「そりゃそうですよ! 両家の間での婚姻も結構あるから、ほぼ親戚状態ですね。
かくゆう私もどちらの血も引いています。
不死原家の会社のトッブに十一の人間もいますし、十一家が作った会社にも不死原の人間が多くいますし。親戚であるだけでなくビジネスパートナーでもーー」
宮司さんの不死原と十一の話が止まらなくなってきている。私はそれを聞き続ける事になった。
宮司さんはこの土地のそれなりに責任のある人物として、この緊急事態で色々することもあるのだろう。「道路の封鎖が解除されたら末時方面以外の私が行きたい所までお送りしますから」と言って離れていった。
この神社の付近には普通に畑と街があるだけで、研修センターはあるものの旅館という感じのものは無いらしい。
近くだと常世村にホテルと旅館があるので新幹線などの交通機関のダイヤが乱れ混乱している今、下手に動くよりもこの先の今先にある観光地の常世村の旅館かホテルでゆっくりした方が良いだろうと言う話だった。
旅館に話をつけておいて無料で泊まれるようにしてくれるとまで言ってくれた。
私はどうすれば良いのだろうか?
手元にある神社のパンフレットに視線を向ける。
ここで聞いた話を纏めると、ここは至って経営の上手くいっている土地で、恨みや怨霊が出てくる要素はほとんどない。
十一久刻は優秀な農学者であり教育者でこの土地の人に愛され慕われ、この神社が作られた。久刻の教育、農業技術のノウハウをしっかり後世に伝えるために学問の場として作られたのがこの神社の始まりだったようだ。その間に神格化し神社となっているが事実。
この土地の様々な事業も不死原と十一の両家が共同で行っており、この土地でのその二者の存在感は絶大。下手に悪口など言ったら大変な事になりそうである。
あのキャンプ場もフジハラホールディングスが経営している場所だったようだ。
不死原の名を持つフジハラアユムさんが訪れて歓迎されたのもそう言う理由があるようだ。
そしてフジワラ改めフジハラアユムさん、そんな因縁のある土地に住む女性と、恋愛関係になって大丈夫だったのだろうかとも思う。
宮司さんから貰ったパンフレットに描かれている、明るく穏やかに笑う【ひさときくん】を見つめる。このマスコットの印象こそがこの土地の十一久刻なのだろう。崖の像の十一久刻も柔らかな笑みを浮かべた穏やかな感じの人物として表現されていた。
「お腹空いたでしょ? どうぞ」
宮司さんの奥さんがお茶とオニギリが乗ったお盆を持って来てくれる。
「申し訳ありません。ご迷惑おかけしているのにこんな食事まで」
「いやいや、せっかく旅行に来てくださった方に、こんな質素なものしか用意出来なくて申し訳ないわ! 美味しい魚とか肉とか名物も色々ここはあるのに」
おにぎりだけでなく、奥さんの、手作りと思われる春巻きに山菜と厚揚げの煮付けにだし巻き玉子がついている。
被災者への食事としてはかなり豪勢だと思う。
「美味しそう! 頂きます」
私は有難く頂く事にする。どれも優しい味でおいしかった。ふとフジハラの事を思い出す。彼は今どこで何をしているのだろうか?
つけっぱなしのテレビでは悲惨な状況の末時町の様子が映し出されている。
三回目の時と報道内容も全く同じ。
「可哀想にね~ここって元々炭鉱がありその人達の暮らしていた場所なの。その為地下も穴だらけだから、元々地盤が弱いのよ。
その炭鉱も廃れて人もいなくなり、今では下の温泉街の人の寮とかのある場所になってたの。若くて他所から来た人しか居ないんだけど、それでこんな事になって……」
一緒に画面を見つめながら奥様は呟く。
「でも寮だったから、住民の数の割に被害は少ないと」
と言ってから後悔する。人数が少なかろうと年齢がどうであろうも人が亡くなっていることは事実。
「せめて遺体だけでも家族の元に戻してあげれば良いのだけど」
そして読み上げられる無事だった人の名前と、連絡の取れてない人が居ないかの情報提供のお願い。
難を逃れたもののショックで泣きながらインタビューに答える人。連絡のつかない知り合いを心配している人の声。それを見ていると被害者が少なくて良かったなんてとても言えない。
一回前で聞いたニュースと全く変わらない内容が流れ続けている。
そこで私はある違和感を覚える。何故報道内容が全く変わらないのか?
私とフジハラは地震が起こり崖で死ぬことを知ったから、危険を回避する行動に出た。
地滑りに巻き込まれて死ぬことを知ったなら、ここの住民は皆予め皆で逃げ出して当然なのに、誰もそんな行動をしておらずまた巻き込まれている。
「そうだ! 良かったらコレどうぞ! ここの思い出にひさときくん御守り! 人気なのよ!」
黙り込んでしまった私に気を使ってくれたのだろう。棚に置いてあった御守りを持ってきて私に手渡す。
「かわいい」
惚けた味わいのある【ひさときくん】に少しだけ癒される。
「でしょ! この村出身の画家さんに作ってもらったの。ほら! この壁の絵もその作家さんの作品なの。素敵な絵を描くでしょ?
逆にこんなキャラクターを頼むなんて。こんな事お願いするの申し訳ないような方なのにね」
顔をあげ壁に飾られた絵を見つめる。太陽が明るく輝く海辺を繊細なタッチで描いた絵。見ているとなんとも穏やかで優しい気持ちになれる。そんな不思議な魅力があった。
「この風景は、あの慈悲心鳥崖ですよね」
奥さんは嬉しそうに頷く。
絵の右端に視線を動かすと【Shoumu】とある。
「ショウムさん?」
私がそう聞くと奥さんはニッコリと笑う。
「不死原の三男坊だからさんずいに歩くと夢でショウム。なかなかのイケメンで優しくて良い子なの」
奥さんは何故か嬉しそうにそんなことまで言ってくる。可愛い甥っ子とかを自慢している感じ。
宮司さんも不死原の血を引いているとか言っていたから、実際自慢の可愛い親戚なのだろう。
一人ここで取り残されている私に気を遣ってくれたのか、奥さんはずっと私の相手をしてくれた。
一週間後にお祭りが、無事開催できるか心配とか、あの銅像を作った人が実は一年前の今日若くして亡くなってしまったとか。近くにいい感じのオートキャンプ場があるとか。常世村にある古民家を利用したカフェのケーキは絶品だとか。
お菓子などを食べながらこの街の様々な話を聞いているうちに夕方となる。
警察の許可が出て特別に移動が許可され宮司さんに常世村の旅館まで送ってもらった。電話で連絡がついていた事もあり、ハンドバックしか持っていない一人っきりの客でも暖かく迎えてもらえる。
近くのお店で着替えを買い、部屋で一人になり、やっと落ち着くことができた。
スマホを取り出し【渉夢】で検索するとやはりというか、そこにあのフジワラと思っていた人物が出てきた。ウェキペディアまである。
本名【不死原渉夢】この地方出身の画家・イラストレータ・アートディレクター。
私が止まったホテルのある隣の県の大学で絵画の講師もしているらしい。様々な絵画展の受賞歴もあり、そこそこ有名人である感じではあった。
家族情報の所にはフジハラホールディングス関連の社長・会長から県会議員、市議会議員といった人が並び名家の人だというのを伺わせる。
不死原は今日はどこで何をしているのだろうか? 私は考える。
情報収集のためにつけているテレビ画面で、また末時での地滑りのニュースが流れている。
助けたいと思うのは、会ったばかりの私ではなく、別れたばかりの彼女の方なのでは?
逆に巻き込まれて死んでしまっているのではないかと不安になる。あの崖に向かうことよりも、地滑りの現場に行く方が危険な気がするから。
なんとか不死原渉夢と連絡をつけたいが、どうしたら繋がれるのか?
InstagramとFacebookでアカウントを見つけたので、名前を書いて連絡が欲しいというメッセージを残しておく。深夜になっても返信がくることはなく、今日という日は終わった。
そして私は、旅館から強制的にホテルの部屋に戻って五度目の十一日の零時を迎えた。




