第二の冒険者人生
冒険者を目指すきっかけになったのは俺が17歳の時のことだ。ワイバーンに襲われていた俺をAランク冒険者のクロエという冒険者が助けてくれて、俺と同じくらいの齢にもかかわらず、物怖じせず戦い、返り討ちにする姿が今でも鮮明に思い出せる。あの時は今までにない程、心が熱くなったのを覚えている。
その姿に心を奪われ、冒険者になって2年が経過した。冒険者になってからは助けてくれたAランク冒険者のクロエさんと同じランクを目指して必死に努力を積み重ねた結果、Cランク冒険者になっている。
簡単に言っているが、2年でCランクはかなり早い方だ。そんな俺だがこの世界に入って、これまで嫌というほど自分の才能の低さを痛感していた。
才能がないから常に必死でこれまで死にかけた回数は一度や二度じゃない。それでも、ここまでの早さでCランクになれたのは試行錯誤を繰り返したお陰だ。
そうして、今日もいつものように冒険者ギルドで討伐依頼を受けて来た。依頼内容はオーガの素材調達だ。オーガは近くの森に生息しているので遠出をしなくてもいい。冒険者ギルドから出てすぐの所にクロエさんと7歳位の子供の姿が目に入る。
「お姉ちゃん!俺も将来冒険者になって世界中を回るんだ」
「冒険者は危険なの!命を大切にするの。どうしてもなるっていうなら強くならないとね」
クロエさんは大人から子供まで老若男女問わず人気がある。それは彼女がAランク冒険者で見た目も良いというのもあるが彼女の性格の良さが人気がある一番の理由だろう。困っている人を見たらすぐにでも助けに行くような人だ。好かれないはずがない。俺も彼女に救われた人間だからよく分かる。
彼女が子供達と遊んでいるのを横目に通り過ぎていく。そうして、着いたのはオーガが生息する森。奥に行く程敵の強さが上がっていく森だ。森に入ってすぐの所にはゴブリンなどが生息しており、もう少し奥に行くとオーガ達が生息しているエリアになる。更に奥もあるが今の俺では殺されるだけだから関係ない。
俺の目的はオーガだ。今の実力ならゴブリンは基本的に問題ない。だが、ゴブリンは危険ではある。
油断していると強い冒険者でも足元をすくわれる。ゴブリンだからこそ警戒を怠らずにゴブリンを相手していく。
油断せず警戒していれば剣で一撃だ。問題もなくゴブリン達を倒していく。
「そろそろオーガ達の生息エリアだが……」
おかしいな。そろそろいつもなら現れるはずだが。何かがおかしい。やけに静かだ。警戒レベルを最大にし、周囲の確認をする。
確認をしていると奥からオーガの影と思われるものが見え、ドンッドンッと足音を立てながら近づいてくる。とっさに木の裏に隠れる。
『ヤバいヤバい。マジで死ぬ。今までも死にかけたことはあったがここまで格の違う奴は無理だっ!』
近づいてくる度に感じる圧がでかくなる。生物としての格が違う。本能がこいつには勝てないと警鐘を最大レベルで鳴らしている。
――やがて姿が見える距離まで近づいて来ていた。赤黒い肌に黒い角、身長は3mはあってかなりでかい。腕からは血管が浮き出ていてとても筋肉質。
「ッ!」
姿が見えた瞬間心臓を鷲掴みにされているのではないかと錯覚するほど衝撃を受けた。ここら一帯が静かなのはあいつが原因で間違いないな。
あいつはBランク級のブラッディ―オーガ。Bランクの中では中位の強さだが俺じゃ歯が立たないのは確実だ。Bランクはからは強さが跳ね上がる。普通の人が今までコツコツと10年以上頑張ってなれるのがBランク。
これは勝てない。逃げるべきだ。そうだ。息を殺して通り過ぎるのを待ていい。順調にオーガは気づく事無く進んでいる。
そうだ。そのまま行け。いや待て、このまま進んで行ったらどうなる?このまま町に行ったら?いや、町にはクロエさん他にも冒険者がいる。冒険者が近くに居なかったらどうなる?来るのが遅くなったら?人が大勢死ぬ。
何考えてんだ。死ぬ気か!こういう時あの人ならどうするだろうか。あの人だったらここで逃げる何て許すだろうか。誰かが死ぬ可能性があるのにそんなことをさせるだろうか?
――いいや、許さない。ここで死んでもいい。こいつによる被害を少しでも減らす。少しでも時間を遅くする。
決意が固まった俺は少しでも優位をとるべく不意打ちを狙う。相手が最も隙が出来た時。
ブラッディーオーガは完全に無警戒で歩いていく。————ここだ。足に力を込めて勢いよく飛び出し、弱点である首を狙って全力で斬りかかる。
途中で気づいたようだったが、油断していて反応が遅れたオーガは俺の全力の一撃をもろに食らう。……が皮膚が硬くそこまで深くは入らなかった。
マジか、今のでダメか。Cランク級の俺とBランク級のオーガでは能力が違うから仕方なくはあるが……これで仕留めれるかもと思った自分が甘かったか。まあ、これで多少の能力差が縮まったと思いたいが……
「ギャアー」
雄たけびを上げると同時にこちらにかなりのスピードで向かってくる。速さには自信があるが流石に速いな……高速で放たれた拳を大勢を変えてギリギリで躱す。咄嗟に避けたことで着地があまり上手くいかなかったか。まずい。
格上との戦闘でちょっとのミスは致命的な訳でそれを見逃してくれる相手ではない。たて続けに強烈な蹴りが迫って来る。
この蹴りは死ねる威力だ。今の俺にこれを打開する術はない。どうにか出来ないか?考えろ。いつもそうやって乗り越えて来たんだ。
才能の無い俺は考えて考えて今まで格上に勝って来ただろ。どうすれば勝てる?迫り来る強烈な蹴りを前に高速で思考を加速させる。
……ダメだ。避けれない。なら被害を少なくできるか?いや、これもダメだ。被害を少なくしたとて被害が出てる状態だこいつに勝てるとはとても思えない。
なら、どうすればいい?詰んでる?無理だ。出来ない。俺の人生はここまでか……結局、あの人に追いつくことなんてできなかった。
クロエさんならこの状況でも避けれるのにな……そうか。何で今まで出来ないと決めつけていた。今までの俺は自分の能力範囲でしか行動しなかった。
そのうえで自分の能力で勝てるような戦い方であったり対処を考えては試してと行って何とか勝って来た。だが、Bランクからはそれだけじゃ勝てない。試行錯誤だけじゃ、こいつには勝てない。限界を超えたら避けることができる選択肢はある。やるしかない。
迫りくる蹴りを後方に向けてジャンプし、途中で地面に手を着き、そのまま後ろ回りに着地をして蹴りを回避した。今までの俺だったら確実に死んでたな。
状況はリセットだが、こいつには使えるもの全て使ってそれで更に限界を超えないと勝てない。今までの俺には出来ない攻撃を可能にして勝つ。
そうして、俺はスピードの限界を超える為、極限まで集中力を高め、全力で走る。
……どうやら、限界を超えることに成功したらしい。その証拠にオーガは明らかに反応が遅れている……
反応が遅れたオーガの後ろに回り込み、弱点の首を狙う。腕に持った剣に力を籠め、全力を超えた極限の集中力から放たれる一振りがブラッディーオーガの首を切断する。
力なく崩れ落ちるオーガを見て、緊張感や極限の集中力から解放される。一気に疲れがどっと来る。
足や腕、体全体から悲鳴が上がる。
「明日から少しの間はベッドの上での生活だな」
ブラッディーオーガーの貴重な素材のみを回収した俺は何とかモンスターに襲われることもなく、ギルドに着き、報告を完了していた。
そして、現在はギルドの医療室のベッドで休んでいる。
「大丈夫?」
声を掛けてくれたのはクロエさん。心配してくれて付き添ってくれている。
「何とか、大丈夫です。心配してくれてありがとうございます」
「そっか、良かった。貴方のお陰でこの町の平和が守られた。ありがとう」
「2年前に助けてもらったことがあってその人がしてくれたようにしただけですよ」
「それって私のこと?」
えっ、覚えてくれてたのか……正直覚えてないとばかり……
「えっと覚えてくれてたんですね。色んな人を助けたりしてるから覚えてないとばかり」
俺が言ったことが気に入らなかったのかムスッとした表情になる。怒った表情もとても可愛らしい。
「覚えてるに決まってる。助けたすぐに冒険者ギルドに登録して命の危険がある所に入って来た人だよね。よく覚えてるよ。私がどういう気もちで見てたか分かる?反省して」
わわわ。凄い怒ってた。……確かに助けた人がすぐに命の危険がある場所に入って来たら何で来た?ってなるよな。悪い事をしたな。
「ごめんなさい。覚えてると思わなくて……心配を掛けました」
反省を示すとクロエさんの表情が柔らかくなる。まさか、覚えてくれてるなんてびっくりだ。
「反省したようだし許して上げる。それにしてもどんどん強くなってっちゃうな。すぐに追いつかれそう」
「その事なんですが、実はブラッディーオーガーを倒してから感覚的にこれ以上強くなれなさそうだなって」
「成長限界がきたのかも……基本的に成長限界がきたら成長がストップしちゃう」
やっぱりそうだったのか。オーガを倒した後、密かに感じていたのだが……そう言われるとショックだ……
それじゃあ、もう追いつくことは不可能なのか……¬¬¬
「そんな顔しないで成長限界が来たらもう強くなれないって訳じゃないの。確かにそこで終わってしまう人が多いのも事実だけど」
「どうすれば成長限界が来ても強くなれるんですか?教えてください」
興奮のあまり食い気味で言ってしまったことに気づく。
「ごめんなさい。興奮で食い気味になってしまいました」
「大丈夫。やり方は武器を変えて強敵に挑戦し続けること」
なっ!今まで使ってた武器を捨てないといけないのか……仕方ないか。強くなる為には。
「厳しい条件ですね」
「厳しいし危険だよ。諦める?」
「諦めませんよ。クロエさんは成長限界来てるんですか?」
「どっちだろうね」
教えてはくれないようだ。教えてくれてもいいと思うが。
「すぐ追い越すので待っててください」
「おっ!でかく出るね。まあ、応援してる。死なないでね」
いつか追いついたら、この気持ちを打ち明けよう。そう決意をした。
そうして、俺の第二の冒険が始まるのだった。