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掲載日:2023/02/25

心臓がドキドキしている。とんでもないことをしてしまったのだという自覚と、やってやったという達成感で、鼻がつんと熱くなった。泣くものか、泣いてたまるものか、覚悟してきたんだろう、やり通せ、やり通せ。

涙がこぼれないよう目をかっぴらいて車を運転する私は傍目から見たらさぞ恐ろしい容貌をしていただろう。けれど、電灯しか明かりのないいない夜のバイパスでは、ドライバーの顔なんてよく見えない。光が反射して見えた新発田ICの看板で、遠くへ来たことを自覚した。


私、こんなところまで来ちゃった。あの子を置いて、何分経っただろう。出てくる前は寝てたけど、今頃泣いてるかな。おっぱいも、そろそろあげないと。ああそうか、あの家から出てきたんだ。出てきちゃったんだ。あの子を置いて。ざまあみろ。いつもうるさいんだよ。泣くな。泣くな。なんで泣くの?お願い泣き止んで。静かにして。一人にして。ごめんね、ちゃんとできなくて。殺してやる。

湛えていた涙が、いつの間にか歪んでいた瞼からこぼれてしまった。一度こぼれてしまうと、止めどなく目尻を伝い流れていく。

涙で前が見えなくなる前にハザードを焚き、路肩に車を寄せた。

ハンドルに顔を伏せる。

涙がとまるまで、全てを置いてきてしまったことを頭から追いやるまで、ここでこんなふうに薄明るいカーナビと外から漏れ出る電灯の中で、ダンゴムシみたいに背中を丸めていたい。今はハンドルだけが唯一の命綱に思えて、尚更強く握りしめた。


夫は育児にも協力的で、ご飯もお風呂も寝かしつけも私よりうまい。うんちのついたおむつだって、文句も言わず、むしろ「元気だね」なんて言って笑顔でやってみせる。一人暮らしが長かったせいか、料理も洗濯も掃除も一通りできる。私は、臭いものは嫌いだし、水場の掃除も得意ではない。トイレ掃除なんてちょちょらにしかできないし、洗濯も色物白物タオル全てまとめて回してしまう。極め付けに、私はあまり赤ちゃんを可愛いと思わない。うるさいし、きたないし、くさい。それでも我が子だけは生まれた時とても嬉しかったし、顔を見て笑いかけてくれた時は天使かと思った。ーー捨ててしまった今も、思い出すのは可愛い可愛い我が子で。ーー鼻を啜る。喉に垂れてきた鼻水を飲み込む。可愛い時もあったの。でも、とても殺したくなる時もある。撫でたい時も、殴りたくなる時もあった。もう嫌だ。何もかも嫌だ。何でこんなに上手にできないの?こめかみのあたりがキューと締め付けられるような痛みと共に、止まったと思っていた涙が、また滂沱のように流れる。

なぜだろう。家から飛び出てきた時は全てが憎かったのに。あの子がいなくなったら、いっそ産んでなかったら。そう何度も何度も思ったのに。何でこんなことしちゃったんだろう。なんで私はこんなところにいるんだろう。それよりここ、どこ?頭が真っ白になった。どうしよう。置いてきちゃった。どれくらい経ったっけ?新発田の先だから、いやそもそもここにどれくらい居た?やばいやばい。死んでたら?死んでなくても、どこかに頭をぶつけてたら?ベビーベッドの柵ちゃんと上げてきたっけ?心臓が痛い。嫌な汗が首筋から脇から耳の裏からじんわり滲む。

速く、帰らないと。

アクセルを踏む、泣きすぎて頭は痛いけど、早く帰らないと。

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