ぬいぐるみ、冒険する
空に星が瞬くとき、くまのぬいぐるみのモートンは目を覚ましました。
『モートン、いっしょに遊びましょ』
いつもならそう言ってくれるルナちゃんがいません。ルナちゃんはモートンのお友達、5歳になる女の子です。
──ルナちゃんはどこだろう?
モートンは明かりのついていない部屋の中を探しますが、ルナちゃんの姿はありません。
「──おや、モートン。ルナちゃんを探しているのかい?」
モートンがルナちゃんを探しているとおばあちゃん猫のケイティがたずねました。
「そうだよ。ケイティおばあちゃん、ルナちゃんはどこにいるか知ってる?」
「ええ、もちろん」とケイティは頷くとモートンに教えてくれました。
「ルナちゃんはね、病院にいるんだよ」
「びょういん?」
「ああ、とても恐ろしいところだよ。注射っていう針を刺されたりするんだ」
首をかしげるモートンにケイティはそう言ってぶるりと体を震わせます。モートンはケイティの話を聞いて怖くなりました。
──なぜ、ルナちゃんはそんな恐ろしいところにいってしまったの? ぼくが助けに行かないと!
そう思ったもののモートンはルナちゃんがいるびょういんがある場所を知りません。
「ケイティおばあちゃん、ルナちゃんのいるびょういんはどこ?」
「残念だけど、わたしは知らないのさ」
ケイティはそう言ってしょんぼりします。すると、窓の外からモートンを呼ぶ声がしました。
「モートン、ぼくが一緒に探してあげる! ぼくはとっても鼻がいいからね!」
「ジャン!」
モートンが声の聞こえた方を見ると、窓の外からしっぽを振る犬のジャンの姿がありました。
「本当!?」
モートンは喜びました。しかし、モートンはある事に気が付きます。
──ぼく、どうやって外に出ればいいの!?
モートンはルナちゃんと一緒にいるとき以外は外に出たことがありませんでした。ルナちゃんの使う大きな扉はモートンには開けられません。
──ああ、ぼくはルナちゃんのところに行くこともできないよ!
「ぼくお外に出られない」
そう言ってしょんぼりするモートンにケイティは首をかしげましたが、直ぐに理由に気が付きました。
「おやおや? 仕方ないね、私についておいで」
ケイティはゆったりとした動作で、モートンについてくるように促します。モートンがのろのろとついていくとそこにはケイティ用の小さな扉がありました。
「ここから出るといいさ」
「ケイティおばあちゃん! ありがとう!!」
モートンは外に出られると分かり嬉しくなりました。モートンはケイティにお礼を言うとケイティ用の扉を何とかくぐり抜け外に出ます。
「さあ、行こう! 夜のお散歩だ!!」
モートンが外に出るとジャンがしっぽ振って待っていました。ジャンはモートンを口にくわえると直ぐに走り出しました。
「わああああ!!」
叫び声を上げながら、モートンはジャンに振り落とされないようにしがみつきます。
ジャンは小さな橋をわたり、山道を走って町まで一気に駆け下りていきます。その間にも空は暗くなり、ぽつりぽつりと外灯が灯り始めました。
ジャンのスピードに慣れてきた頃、モートンは少しずつ近付いている町を眺めます。町には昼間しか来たことがありませんでしたので、夜の町は新鮮です。
──この町のどこかのびょういんにルナちゃんはいるんだ……。
モートンは早くルナちゃんに会いたくなりました。
「わぁ! 犬だ!!」
「野良犬か!?」
町に入ると、すれ違う人々がぬいぐるみをくわえたジャンの姿に驚いて声を上げます。
途中知らない人に追い立てられ、ジャンとモートンは公園に逃げ込みました。
「──ねぇ、ジャン。びょういんはまだなの?」
ジャンにモートンはたずねます。家を出てからずいぶん経った気がしますが、病院にはまだ着きません。
「きっと、あと少しだよ」
ずっと走り続けていたジャンは息をきらせながら、そう言いました。少し不安そうなジャンにモートンも不安になります。
「──お前たちは何をしているんだ?」
突然、ベンチに座った野良猫がモートンとジャンに話しかけてきました。
「ぼくたちはびょういんに行くんだよ!」
「病院に?」
野良猫は「なぜ?」と変な顔をします。モートンが訳を話すと野良猫はもっと変な顔をします。
「病院は特別な訓練をした犬しか入れないところだって聞いたぞ?」
「そうなの?」
モートンは野良猫の言葉に首をかしげます。
「ああ、この間そこの柵をくぐった先にあるベンチで昼寝をしていたら、知らない犬にそんな事を言われたよ。本当に嫌な奴だった!」
野良猫はフンと鼻を鳴らし、憎々しげに言います。モートンは野良猫の話からある事に気が付きました。
「じゃあ、びょういんはこの柵の向こうなの?」
「ああ、そうだ。あの白い建物が人間の病院だ」
「人間のびょういん」
──じゃあ、ルナちゃんはこの中にいるの?
モートンは目を輝かせます。
「ねぇ、猫さん。この柵の向こうへはどうやって行くの?」
「そこの柵の下あたりに穴が開いているから、そこから行く事が出来るぞ」
そう言って野良猫はモートンとジャンを柵の穴の空いている場所に案内してくれました。
「ここさ」
「ありがとう!」
モートンとジャンはお礼を言ってから、穴を潜り抜けました。
穴を潜り抜けた先には確かに大きな白い建物があります。
「ルナちゃんはどこにいるんだろう?」
モートンは花壇に沿って進みながら、キョロキョロとあたりを見回します。しかし、白い壁しかありません。
ジャンが耳をピンと立て、クンクンと周囲の匂いをかぎます。
「あっ、ルナちゃんのママの匂いがする!」
そう言ってジャンはいきなり走り出しました。モートンは慌ててジャンに付いていきます。
「ママ! ママ! こっちだよ!」
ジャンが吠える先には確かにルナちゃんのママの姿がありました。ママはジャンの姿に驚いたのか、こちらへ走って来ます。モートンもジャンの側へと急ぎます。
「あっ!」
途中、モートンは転んで気を失ってしまいました。
◇◇◇
「──まぁ! ジャン、どうしているの!?」
ルナちゃんのママは目を真ん丸にしてジャンを見ますが、ジャンはしっぽを振って嬉しそうに吠えるばかりです。
ルナちゃんのママは、ジャンの側にルナちゃんのお気に入りのぬいぐるみモートンが落ちているの気が付きました。
「あら、ジャン。あなた、ルナにモートンを届けてくれたの?」
ジャンがモートンをくわえて走って来る様子を想像して、ママは思わず笑ってしまいました。
「ごめんね。ジャン、あなたは病院には入れないの。ルナは明日には退院よ。お家で待っててね」
ジャンはママの言葉に少ししょんぼりしましたが、その後やって来たルナちゃんのパパに連れられて大人しく家に帰って行きました。
◇◇◇
モートンが目を覚ますと、モートンは知らない部屋にいました。
──ここ、どこだろう?
モートンが室内を見回すと、ベッドにはルナちゃんが寝ています。側にはルナちゃんのママもいました。
すやすやと眠るルナちゃんを見てモートンはほっと安堵します。
──ぼく、ちゃんとびょういんに来れたんだ。
モートンはケイティの話から病院をとても怖いところだと思っていましたが、そんな事はありませんでした。
モートンはほっとしたせいか、何だかまた眠たくなってきました。
──ああ、ケイティおばあちゃんに教えてあげなきゃ。
モートンはそんな事を考えながら、再び眠りに落ちていきました。
──翌日
モートンはルナちゃんとルナちゃんのママとパパ一緒にジャンとケイティの待つ家に帰りました。