処刑
大きな歓声。
飛び交う野次や怒号。
興奮した観客達が足を踏み鳴らしたり跳び跳ねたりする音が、地響きのような低音を響かせる。
闘技場には全国各地から集った腕自慢達による戦いが繰り広げられていた。
ただの使い捨ての駒として無理やり出場させられる戦奴達と違い、彼らには莫大な優勝賞金が用意されている。
出場者たちは、賞金目当てに命まで賭けるような酔狂達だ。
それはもう激しい戦いが行われていた。
観客達もまた、血が吹き出し、肉が弾け飛び、骨が折れ、命を散らす暴力的な光景に酔っていた。
そこに、賭博という中毒性の高い娯楽も加わるのだからこの日のダングフォートの街の盛り上がりは尋常ではない。
野次にも聞こえる歓声の中、アッシュは冷静に試合を進めていた。
危なげなく試合に勝利し控室でひたすらにその時が来るのを待つ。
「アッシュさん、大丈夫ですか?
少し緊張しておられるようですね」
見兼ねたアルフレッドが声をかける。
「あぁ、大丈夫だ…
ちょっと、考え事してただけだよ」
アッシュは昨夜目撃した火傷の男の事が気になっていた。
手の甲の刺青の事もそうだが、それだけではない。
ひたすらに、漠然とした嫌な予感という物に襲われていた。
「ここまで来てしまったのですから、今は生きてこの場を切り抜けることを考えましょう。
私も、死ぬ気など毛頭ありませんので最後まで付き合ってもらいますよ? 」
「……そうだな
よろしく頼むよ……」
「私とアッシュさんが最後の決勝戦まで当たらないようになっているのが幸いでした。
ソフィ様の処刑は夕方の休憩を挟んで最後の決勝戦の直前に行われるはずですから備えておきましょう。
処刑が始まれば、闘技場の真ん中で大立ち回りです。
それぞれ、東西のゲートから別れて侵入しましょう。
私がわかるように合図を出しますから、アッシュさんもタイミングを逃さないよう入ってきて下さいね」
「あぁ、わかった
それじゃあ、次に会うのはゲートの向こうだな
お互い死なないよう頑張ろうぜ」
順調に試合は消化され、いよいよ夕方、一時間の休憩に入る。
用を足しに行くふりをして控室から抜け出し闘技場の選手が入場する鉄のゲートのある前室へと向かった。
途中で廊下の小窓から外を見ると、パタパタとポックルが羽ばたきながらこちらの様子を伺っているのが見えた。
恐らく、ルナ達も近くまで来ているのであろう。
様子を伺う為にポックルを偵察にだしたようだ。
「なかなか賢い奴だ、頼りになるよ」
小窓から手を伸ばし、小さな伝言メモをポックルに渡す。
飛び去るのを確認すると、前室へ急いだ。
「止まれ!!
貴様、ここで何をしている? 」
前室にたどり着くと、入り口の兵士に止められてしまった。
そんな事は百も承知だったが、闘技場のゲートを潜るにはここを通るしか方法が無かったため仕方なかったのだ。
「何してるって?
決勝戦の為に来たんだが?」
「ふざけるな!
戦奴を一人でフラフラさせる訳無いだろう!
引率の兵士はどうしたんだ? 」
「あ?あぁ、ここに来る途中で腹が痛いって走って行ったぜ?
俺が、場所はわかるから一人で行けるって言ったら勝手に行けって言うから──」
「そんな訳が無いだろう! ふざけるな! 貴様大人しくしろ!」
苦しい言い訳をしっかりと怪しまれ、兵士が槍を突きだして来る。
喉元に向かってきた刃先がアッシュに接触する瞬間、一瞬にして姿が消え、兵士はアッシュの姿を見失った。
「なっ───!!!!」
次の瞬間、兵士は後ろから腕を捻りあげられ先ほどまで目の前にいた戦奴に背中側から声を掛けられる。
「まぁ、待て……落ち着いてくれよ。
決勝直前で選手がいなくなったら、問題じゃねえか?
これだけ盛り上がっているんだ、何かあって決勝戦中止なんてことになったら観客達だって黙っちゃいないぜ?
俺は、何も逃げ出そうってんじゃ無いんだ。
アンタを悪者に仕立てる気も無い」
「ぐっ…………クソォ!離せ!
なぜ、こんな真似をするんだ!! 」
「はぁ……聞いてくれるか?
恥ずかしい話だが、正直言うと緊張しちまってな…
落ち着かないんだよ。ちょっとでも武器の感触を確かめておきたくて、お願いにやって来たんだ」
「ふざけるな! そんなのまかり通ると思ったのか?
もし、それを俺が許したとして何の得がある? 」
「そりゃあ、タダで通してくれとは言わないさ!
協力してもらえたら、それなりに礼は弾むつもりだぜ?
アンタ、今回は誰に賭けたんだ? 」
「そ…それは……」
────5分後
前室では武器を準備するアッシュの姿があった。
鉄拵えのゲート越しに試合が行われる会場を鋭い眼差しで睨み付けている。
休憩時間も終わりに近づいているのか、観客席も人で埋め尽くされ、異様なまでに興奮した空気が漂う。
暴力に溺れた観客達は、これから処刑が行われる事を知っているのだろう。
──ドドン!!──
太鼓の音が鳴り響き、休憩時間の終りを告げた。
同時に観客席全体からワァッと歓声が上がり、この日一番の盛り上がりをみせる。
ドン、ドン、ドンと規則的に鳴らされる太鼓の音。
東西に設けられた選手入場用のゲートとは別に設けられた、南北の巨大な門が重たい音をたてて開く。
「──ソフィ……」
北側のゲートから車輪のついた木の櫓が登場し、ゆっくりと進んで来る。
櫓には太い柱が建てられており、ソフィは両腕を上げた状態で縛られ、柱に吊るされていた。
「ソフィ……」
唇を噛み、こみ上げる怒りを無理矢理抑え込む。
ソフィは明らかにぐったりした様子だった。
いつもの柔らかい笑顔に包まれた表情は見る影も無く、
ボロボロになってあちこち破れた衣服越しに見える肌は傷だらけだ。
生きてはいるようで、時折首を小さく左右に降ってはいるが大分弱っているのだろう。
櫓は闘技場の中心まで運ばれた所で停止する。
続いて南側のゲートが開き、ソフィもゆっくりと目を開けゲートの方を見る。
大きな唸り声が上がり、ソフィの眼は恐怖に見開かれた。
「嫌っ!!!! 嫌ぁぁぁぁーーー!!!!
酷いっ!こんなの!もう許して!! 嫌ぁぁぁぁ!!!!!!」
大きな足音と共にゲートから恐怖の対象が姿を表す。
赤黒い肌に巨大な体躯
一対の歪に湾曲した角に突き出た下顎と牙
息遣い荒く、興奮した様子で表れた3体の人型の魔物
「ハイ・オークだと!?
とんでもない物用意しやがって! 」
────グオオォォォオ!!!____
と大声をあげ、角を振りかざしソフィに向かって走りだすハイ・オーク達。
アッシュはハイ・オーク達のあまりの動きの速さに動揺し立ち上がる。
当然始まった処刑に頭が追いつかず、更にはアルフレッドの合図が無いままソフィにはハイ・オークが迫っていた。
「合図なんか待ってる場合じゃねぇ! 間に合えっ!」
力任せに鉄のゲートに武器を叩きつけ、乱入しようとした瞬間。
大地を揺るがすような爆音と共に、選手入場用の東西のゲートのアッシュとは反対側のゲートが爆発して吹っ飛んだ。
「さてさて、そろそろ出番ですな」
炎の中からゆったりとアルフレッドが姿を表す。
「相手に不足無しです。
アッシュさん、ソフィ様がお待ちですよ。
ハイオークはお任せ下さい」




