雨天と冒険者
雨の日は眠たくなる。
静かな雨音に、遠くから聞こえる蛙達の声。
そして曇り故の、ほんの少しの暗がり。
そんな一日はいつもと空気が違っていて、ちょっとした特別感をも味わえる。
学校も。
昼休みの図書室も。
登下校も。
お小遣いを貯めて、お洒落な雨具を買ってみるのも悪くない。
それだけでも、世界はまるきり違って見える。
雨の日は眠たくなる。
けれど私は、雨の日が好きだ。
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「そーなんだ。私はねえ、地図!観光ガイド本とか!好き!」
そうなんだ。
旅行とか、好きなの?
「うん!いつも行かない場所とか、わくわくするじゃん?」
そういえば、この間、無人駅巡りしたんだっけ?
「楽しかったよー。誰も居ないの!知らない景色ばっかり!写メ撮り過ぎて、スマホの電池切れちゃってさ。慌てた慌てた」
…モバイルバッテリーくらいは持っておきなよ。
「今度からそーするー」
うん。でも楽しそうだね、君は大人になってもあちこち行ってそう。
「高校からバイト出来るからね!貯めて貯めて貯めまくって、日本…いや、世界かな!行くんだ!」
何だか冒険者だね。お土産とか期待してて良い?
「もちろん!山のように買って送りつけるから、楽しみにしてなよ」
じゃあ、図書室に旅行関係の本が入ったら、一番に君に教えよう。
「本当!?やった!」
その次、私も借りるからね。
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たとえどこにも行けなかったとしても、
ここではない場所を夢見て楽しむ。
だから地図や旅行本は好きだ。
けれど行くと決めた彼女が、
ここではない場所を夢見て楽しむ姿は、
誰より何よりきらきらと輝いていた。
その人生の一部になっている自分が、
何だか誇らしく思えた。
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「おーい!元気してるー?」
うん、それなりに。そっちは今どこに居るの?
「オーロラ見に行ってる!」
また豪気な。防寒具とかしっかり着てる?
「それがさ、着てても外だと寒さで足がびりびりしてきてね。でも、オーロラ綺麗だったよ!あ、後で写メ送るね!」
ちゃんと身体に気を付けてね。
「わかった!お土産も結構買ったから、楽しみにしててね」
うん。この間はインドの…あの、不思議な象の置物、ガネーシャ?だっけ。あれも部屋に飾ってるよ。
「おお、嬉しいなー!」
ああいう怪しげなお土産好きだよ、私。
「そっか。じゃあ、それを基準にするね」
よろしく。ところで、オーロラってどんな感じなの?
「それがね!もう、カーテンみたいに光がぶわわーって、きらきらしてさ!いや、旅行中に見れるか分かんなかったんだけど、見れた!」
とりあえず凄そうなのは分かった。良かったね、見れて。
「へへ、運が良かったよ」
あと何日くらい滞在するの?
「ん?いや、明日もう帰るよ」
早いね。
「そろそろ日本食が恋しくてさ、持って行ったカップ麺尽きちゃったし」
それじゃあ、日本に着く前にまた連絡して。何か日本食奢るから、久しぶりに会おうよ。
「え、いいの!?ありがとう!あのね、鰻とお寿司と焼肉とー…」
贅沢言いなさんな。
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遠い国で過ごす彼女は、相変わらず輝きを放っていた。
中学を卒業して、
高校を卒業して、
立派な冒険者になった彼女との縁は、
不思議と続いている。
通話で話し、たまに会ってまた話し、
楽しい冒険の時間を共有する日々。
今日、日本は雨が降っていた。
雨の日は眠たくなる。
けれど、雨の日は好きだ。
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「やあやあ!久しぶりー!」
久しぶり。ずいぶん日に焼けたね。
「うん、モルディブ!」
…もう君がどこに行ってても流石に驚かないよ、私は。
「という事で、はい、お土産!」
ありがとう。あ、モルディブはどうだった?
「海がすっごく綺麗だったよ、シュノーケリングとか色々遊べたなあ。あと食べ物が美味しかった」
割とざっくりした感想だけど、その日焼け姿でどれだけ楽しんだかは分かるかな。
「日焼け止め塗らないと痛いくらいでさ、これでもしっかり塗ったんだよ?」
日差しが強い所なんだね。…いや、モルディブって赤道直下だったっけ。
「お、詳しいね!」
冒険者がすぐ目の前に居ると、詳しくもなるよ。
「私も!読書家がすぐ目の前に居るからね、本を読むようになったよ」
それはまた嬉しいね。
「移動の合間合間とか、おすすめしてくれた本、読んでるんだ」
じゃあ、またいい本あったら教えるよ。
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彼女と会う日は、何故かいつもほとんどが雨の日だった。
雨の日は眠たくなる。
けれど、彼女と会う日は、眠たくならない。
しかしほんの少しだけ、予感がある。
彼女はきっと、そのうち日本に帰らなくなるだろう。
世界を冒険するうちに、帰らなくなるだろう。
この縁も、少しずつ少しずつ幕を閉じていく。
何故だかそんな予感がする。
そして。
『ニュース速報です。飛行機の墜落事故が発生した模様ーーーーー』
雨の日は眠たくなる。
雨の日は眠たくなる。
もう、眠たくならない雨の日はないのだろう。
あっけなく、天へ旅立った冒険者を見送りながら。
私は初めて、雨の日を寂しく感じていた。