第3話目「姉弟」
――歩き続けること数十分、未だ変わらないまっさらな風景が続く。
何もない。景色も変わらない。ここはどこなのだろう。
「あの~、ここってどこですか?」
みなせは問う。
バトラは歩んでいた足を止め、自分の足元を見ながらこう答えた。
「ここは、雲の上です。」
「く、雲のうえ!?」
予感は合っていた。
「はい。最も天国に近い聖域『アルペジオ』、そう我々は呼んでいます。」
「アルペジオ…?」
みなせは不思議な話に首をかしげるも、バトラは得意げに話を続ける。
「御存知かと思いますが、お亡くなりになられた方が来られる場所、それが天国です。みなせ様は2022年7月7日15時41分にお亡くなりになられたため、本日付けでこちらに転送されました。通常であれば受付前に転送されるはずなんですが、みなせ様の場合はシステムに何か不具合があったみたいで。」
システムというやけに近代的な言葉にみなせは少し引っ掛かりを覚えたが、気にせず会話を続けた。
「そっか。だから、私あんな何もないところに飛ばされたんですね。」
「まさかあんなところで寝てるとは思いもしなかったですよ。くすっ…。」
バトラは小馬鹿にしたように鼻で笑った。
そんな様子にみなせは頬を膨らませ、不具合はそっちの責任だろと言わんばかりにバトラをにらみつけるが、防御力は一段階も下がらない。
「とは言え、無事にこちらへの転送ができていて良かったです。」
ここで再び問う。
「あの、さっきから言っているその転送っていうのは何ですか?」
その問いにバトラは再びタブレットを開くと、画面をみなせに見せるようにして話し始めた。
「はい、わかりやすく説明しますと、お亡くなりになられた方の魂を天国に運ぶことです。事故であれ病気であれ亡くなった方はその時点で魂が抜けます。その抜けた魂を回収し、指定された場所に配達することを我々は転送と言います。」
「へぇ~…って、じゃあ私いま魂ってことですか!?」
みなせは驚いた。
なぜなら魂というものが存在するのか否か、それまで「魂」という存在を漫画やアニメなどでしか認識したことがなく、もしかすると今の自分が魂なのではないかという非日常的な出来事を目の当たりにしているからだ。
「はい、そうなりますね。厳密には魂が具現化された状態です。」
みなせは首をかしげる。
「ぐ、具現化?」
「魂とは肉体とは別に精神的実体として存在するもので、実際は拳一握りくらいのボールみたいなものなんです。それが形を変え、その持ち主自身の姿に成ることを具現化と言います。その際、具現化されるお姿はその人の絶頂期、人生で一番輝いている時の容姿になります。」
「じゃあ、私の絶頂期は…。」
みなせは己の胸を揉み、確かめる。
そして、
「高校1年生、ですかねっ。」
何やら納得のいった顔、否、ホッとした顔でそう答えた。
が、そのみなせの言葉にバトラは間髪入れず笑顔でこう言った。
「いいえ、高校3年生。死んだときです。」
死んだとき。
みなせは一瞬動揺を見せたが、負けじと間髪入れず笑顔で返す。
「いや、見てくださいこの胸の大きさ。これは高校1年生の頃に違いありません。それに死んだ時が一番輝いてただなんて、あまりにも皮肉すぎませんか?」
「いいえ、その胸の大きさは高校3年生です。みなせ様は亡くなった時が一番輝いてましたよ。」
「いやいや、私が死んだ高校3年生の時はⅮありましたから、これはB、高校1年生のおっ〇いです。高校1年生の時の方が男子からモテモテで輝いてました。」
「いいえ、それは高校3年生のおっ〇いです。あなたは高校1年生の頃から何も変わらず、Bです。モテていたのも、クラスの陰キャから『あいつなら俺らでもイケる』と思われていただけです。」
「いやいやいや?揉んでもないのに何がわかると?私の何がわかると?まあ、所詮あなたは見た目だけなのでしょう。女性を外見だけで判断するクソ男なのでしょう。これだから女性の女の字も知らない童貞は。私のおっ〇いは私にしかわかりません。ですので、これは高校1年生のおっ〇いです。」
「いいえ、それは高校3年生のおっ〇いです。高3っぱいです。何か勘違いをしているのでしょう。それよりも私を童貞と見間違えるだなんて、きっと男を見る目がないんでしょうね。いや違いました、人生で一度も男性経験がなかったのでしょうね、あなたは。」
「いいえ、違います。これは高校1年生サイズ。高1っぱい。高校1年生用おっ〇ぱい。高3っぱいはもっと大きいです。勘違いだなんて、パットなんて入れてませんよ?これだから童貞は。」
「おやおや、ぼろが出ちゃいましたね。パットだなんて私一言も言っていません。そうでしたか、パットですか。どこかの女神に『みなせの胸はパット入り』とでも布教してもらいましょう。」
「おい?いい加減にしないとその金〇握りつぶしますよ?」
「おや、男のち〇こも見たことがない、汚れも知らない何もけがれてないピュア女子が何を言っているのやら。」
悟〇とべ〇―タ。
ナ〇トとサ〇ケ。
ケン〇ロウとラ〇ウ。
数々の名勝負があった。数々の名勝負が我々を大人にしてくれた。
そしてここに、誕生する。
それらにも匹敵するほど、バチバチに睨みあう二人。
やるかやられるか。狩るか狩られるか。
互いに一歩も譲らず、時間だけが過ぎていく。
みなせは戦闘態勢に構える。
「私、スマブラだけは強かったから。勝てんぜ、あなたは。」
バトラも構える。
「いいでしょう。スト2最強であるこの私の恐ろしさを見せてあげましょう。」
―――
みなせの方が早かった。
前傾姿勢で地面を蹴る。加速した身体は弾丸のように速く、捨て身の右ストレートが金〇一直線に飛び込む。
しかしバトラも早かった。
みなせが地面を蹴ると同時に、すぐさま後ろに回避していた。それも意識的ではなく無意識のうちに。状況に応じて体が的確な行動をとる、まさに何とかの極意であった。
だが、それをもみなせは予測していた。
みなせは捨て身の右ストレートに見せかけ、右足を前に踏み込み体を左に回転させた。その滑らかかつ切れのある動きは、まさしく左回転エル〇〇ラゴ。踏み込んだ足を軸に、後足でバトラの顔めがけて蹴りを入れる。
が、その時。
ガバッ!
――な、何が起こった…!?
みなせ渾身の後ろ回し蹴りが当たらなかった。
否、当たらなかったのではない。受け止められたのだ。
「おっと、このような神聖な場所での暴力は見過ごせませんな、お客人。」
回し蹴りを受け止める少女。
だが、体格はみなせよりもひとまわり小柄で150㎝くらいの細身だ。
髪の色はきらびやかな銀髪で、顔立ちは1000年に1度の美少女橋本〇奈に似ており、この少女もまた喪服を着ている。
「ちょ、ちょっと、離して!」
みなせはとっさに顔を赤らめる。
小さな少女に渾身の蹴りを止められたから。
ではない、パンツが丸見えだからだ。
「手荒な真似をしてしまいすまない。ですがそういうわけにはいかんのです、お客人。」
「パ、パンツが丸見えなのー!」
「ほう、ピンクか…。そんなことより、バトラよ。何がどうなっているんだ、説明せんか。」
「足下ろして―!!」
みなせは力づくで離れようとするが、ピクリとも動かない。
何という怪力少女。
「実は、かくかくしかじかで…。」
バトラが少女に耳打ちをする。
「…ほう、なるほどなるほど。」
何やら納得がいった少女は掴んでいたみなせの足を下ろし、肩に手を置いた。
「お客人、パットは恥じることではない。堂々とその胸を張るがよい!それと、パンティーは意外とブルー系の方が男受けは良かったりするぞ。」
「う…、ううるさーい!!そもそもパットじゃないし、パンツだって今日はたまたま…」
みなせは顔を真っ赤にして怒っているが、そんなことはお構いなしに少女は話をつづける。
「すまない、申し遅れた。わしの名はアルフレッド、天国入国管理局の局長をしている。それとこやつの姉でもある。」
「私の話を聞けー!って、お姉さん!?どう見たって妹じゃ…。」
そう。どう見たって妹。妹属性。
喪服よりも圧倒的ひらひらスカート赤ランドセル黄色い帽子ツインテールが似合いそうな見た目。
お目目をくりくりさせながら、「お姉ちゃん大好き!」と抱きついてほしいくらい愛らしい。
が、妹ではなく姉なのだ。
「失礼な。姉は姉じゃ。こう見えてもわしは1202歳で、ちなみにこやつは625歳じゃからな。」
「え。」
みなせはあまりにも衝撃的な事実に驚きが隠せなかった。
二人の年齢にも驚きはしたが、それよりもめちゃくちゃご年配の方と殴り合いをしようとしていた自分に驚いた。
「ふっ、開いた口もふさがらないとはまさにこのことじゃな。」
口をポカーンと開けているみなせをアルフレッドは鼻で笑った。
「そんなことより姉様、何故このようなところに?」
「公務中は姉様と呼ぶなとあれほど言ったじゃろうに。まあよい。お客人が予定時刻を過ぎても来ないと連絡が入ってな。それで局長、きょ・く・ちょ・う自らが出向いたってわけじゃ。」
アルフレッドは局長という肩書を自慢したいのか、エッヘンとドヤらせた。
「そうでしたか、それはご苦労様でございますあね…局長。どうやら、みなせ様はシステムに不具合が生じたことで受付よりもはずれの方に転送されてしまっていたようです。」
「ゲッ…!」
不具合という言葉にアルフレッドは心当たりがあったのか、何食わぬ顔をした。
バトラはこれに気が付いたが、知らないふりをして話をつづける。
「システムに異変が起きるだなんて、滅多にありえないんですけどねぇ。きっとどこかのエンジニアがミスをしたのでしょう。まさか、局長という肩書だけの人間がついうっか~り変なボタンを押してしまいました!だなんて、そんなことはあり得ないですもんねぇ~~?」
と煽るバトラに、アルフレッドは涙目になっている。
みなせには姉を負かす弟というよりか、いたいけな少女をいじめる成人男性に見えてしまい、可哀そうな気持ちでいっぱいになった。
「あ、あ当たり前だろうに!これはエンジニアのミスに違いない!そ、そうか、システムの不具合だったか。それはお客人にとんだ迷惑をかけてしまったな…。お客人、うちのエンジニア、うちのエンジニアのせいで本当に申し訳なかった!!」
自らの罪を他人に擦り付けようとするアルフレッド。それを見て笑いをこらえるバトラ。
みなせは思った。
―――あ~。この姉弟、揃ってダメ人間だ…。
必死に頭を下げる“フリ”をしているアルフレッドを、みなせは哀れんだ目で見ることしかできなかった。
「ま、まあでもわしのせいではないからな!お客人よ、そう気に病むことではない!」
「え、いや、気に病んでませんけど?どちらかと言ったらそれはあなたですよね?てか、何故開き直れます??」
「そうですよ、みなせ様。気に病まないでください。」
「え、なんで私が気に病んでると?え、今何が起こってるの。」
「まあまあ、人生そういう時もある。そんなことより、お客人、本登録は済ませたかの?」
「いや、そんなことよりではないです。話かえないでください。」
「みなせ様の本登録はまだですよ。受付にて対応しますので。」
「いや、本登録も何も、その前に私気に病んでませんが。」
「そうかそうか、それじゃあ受付までひとっ飛びするかの。」
「ちょっと話を、って、ひとっ飛び?…ちょ、待っ!!?」
みなせはバトラにお姫様抱っこをされる。
「きゅ、急に何するんですか!?」
「これから飛びますので、しっかりしがみついてくださいね。」
バトラがそう言うと、彼の背中にしがみついていたアルフレッドが、胸ポケットから何かを取り出した。
「そうじゃ、これから飛ぶのじゃぞ。このキ〇ラの翼を使ってな。」
「おや姉様、それはかの伝説の勇者様から頂いた〇メラの翼ですね!」
「ちょっと!?何か言ってはいけないワードを口にしている気がするんですけど!?」
「ほれ、飛ぶぞ。」
次の瞬間、アルフレッドは空に向かってこう叫んだ。
「ルー〇!!!!」
軽快なSEとともに天高く飛んだ。
初めての体験にみなせは心が躍り、こう思った。
「それとこれは別だよねぇぇえーーーー!!??」