マキシム7 人生における最高の幸せは、愛されているという確信だと思います。
真佐江の誕生日まであと8日の月曜日。優介の職場。
「河内さん、ちょっといいですか? 河内さんがこの中から選ぶならどれですか?」
優介は勤務先の塾の経営者兼、講師仲間でもある河内へ話しかけた。
ネットショップの画面を印刷したものを見せる。
「……お前の趣味じゃねえな。あいつか……」
河内が少し疲れ気味な反応をする。少し珍しかった。
「この価格帯だと、おもちゃレベルだな。こんなおもちゃに戦術的有用性はない。どうせなら本域のヤツを買ってやれ。でないと買ってすぐに壊されるぞ」
河内は優介と同じ高校出身で、真佐江の二つ上の先輩にあたる。優介にとっては四つ上なので、高校時代には直接の面識がない。
たまたま教員を辞めた自分を拾ってもらい、河内の経営する塾で働くことになった。
そのときに、偶然自分の引き出しに入れておいた家族の写真をみた河内が「は? これマサじゃね?」と気づいたことで、自分のOBであることが発覚したのだ。
そして河内が真佐江を修羅の道に引きずり込んだ張本人だということも、そのときに発覚した。
「すみません。どれが本域のか、自分じゃ区別がつかなくて……」
「こっちで選んでいいなら、知り合いにガチのがいるから調達してもらうぞ?」
ガチとは。
いろんな疑問が頭の中を駆け巡るが、おそらく自分が知らない方がいい世界の話だろうと理解し、スルーすることにする。河内の人脈は自分の想像のはるか上をいく。
「じゃあ、お願いします。それはそうと河内さん疲れてませんか? もしかして風邪ですか?」
「いや、ちょっと想像以上に体力を削られる事案があってな。消耗中だ」
やはり河内には珍しく、大きなため息をつく。
「ああ、家族サービスですか? お子さん5人でしたっけ? 大変ですね」
「5人目はまだ腹の中だけどな。
いや、子供と遊ぶのはいいんだけどよ。なんかちょっとたまたま出先で自信満々な男がいてさ……、大口叩いてっからどんだけすげえんだろって期待してみたんだけど、すげえ失敗、みてえな。
関わるんじゃなかったなーって、かなり疲れちまった。
お前みたいな謙虚キャラの方が、これからは需要もあるし、俺もそろそろキャラ変でもすっかなぁ〜……」
どこか遠い目をしながら河内がつぶやく。
自覚しているのだろうが、河内も大口をたたく傾向のキャラだ。同族嫌悪でも感じたのだろうか。
「謙虚な河内さん、想像できないですね」
「お前のそういうズバズバ言うの、嫌いじゃない」
河内は笑って優介からネットのプリントを奪い取った。
「急ぐか? いつまでに欲しい?」
どうやら河内が仲介に入って、購入してくれるようだ。
「あ、来週が誕生日なんで、その時までにお願いできますか?」
「これ誕プレなのかよ!? ホントに根っからの戦闘民族だなあいつは!」
本気で呆れながら印刷物を眺める河内に、優介は苦笑で返したのだった。
真佐江の誕生日まであと4日の金曜日。優介のもとに、待ちに待った真佐江への誕生日プレゼントが届いた。
かかった費用は当初ネットに掲載されていた商品の10倍以上する価格だったが、「プロが選んだ商品だからな」という河内の一言で納得した。いや、納得せざるを得なかった。
プロとは。
そんな疑問が頭の中で駆け巡るが、たぶん自分が知ってはいけない世界の話なのだと理解し、スルーした。
「ああそうだ、俺のダチが言ってたぜ。
奥さんの誕生日にこいつを贈るなんて、『いいセンスだ!』だとよ」
河内が親指を立ててにやりと笑う。
「はあ、どうも」
「お前もっと喜べよ! 最大の賛辞だぜ!」
きっと戦闘民族ジョークなのだろう。
優介には理解できなかった。
PМ 9:10 野々原家リビング
(さて……例のブツを一体いつ渡そうか)
ここ最近、真佐江は毎晩リビングのテレビで動画を流しながらシャドウボクシングをしている。
本人いわく、「シャドウボクシングをすると二の腕が細くなるんだよ!」と言い張っているが、二の腕のことは二の次で、本当はまだ異世界体験で悪の親玉的なのを倒していないのだろう。
風呂を済ませた優介は、タオルで頭を拭きながら、時々スラングのラップが混じるヒップホップとともに、ひたすら右フックのコンビネーションを打ち続ける妻の後ろ姿を眺めていた。
ちなみに優介の頭の中では、BGMが勝手にヒップホップからロッキーのテーマに変換されている。
やはりプレゼントを渡すのは、真佐江が無事にラスボスを倒してハッピーエンドを迎えたあとでのハッピーバースデーが良さそうだ。
優介はキレキレの動きをしているエイドリアンに苦笑すると、冷蔵庫から風呂上がりの発泡酒を取り出した。
真佐江の40歳の誕生日まであと2日の日曜日。
中間テストを終えた美緒は友達と買い物にでかけたので、真佐江と優介も久しぶりに二人で出かけることになった。
真佐江の顔は晴れ晴れしている。
きっと無事に悪を倒したのだろう。
手近なコーヒーショップで休憩することになり、外のテラス席に二人で座った。
「なんか、いいことあったみたいだね」
優介が声をかけると、真佐江は「分かる?」と嬉しそうに微笑んでから、少しだけ申し訳なさそうな顔をした。
「抱えてた案件が無事に解決したんだ。
ごめんね、先週……あんまり詳しく説明できなくて。ちょっと知り合いが人間関係のトラブルに巻き込まれちゃった感じでさ」
「ううん、いいんだ。まーちゃんがスッキリした顔してるのが一番良いことだから。
……だから、はい。これ誕生日プレゼント」
真佐江は驚いて優介の手の中のものを見た。
優介的には、やめてくれというセンス――カーキ色の小箱に、迷彩柄のリボンがかかったミリタリーを強調したデザイン――の小箱を、真佐江はおずおずと受け取る。
もちろん優介がラッピングしたのではなく、河内のガチでプロな友人の仕業である。
「……え? 開けてみていい?」
優介がうなづくと、真佐江は緊張した面持ちで箱を開けた。
そこから姿をあらわしたものに、真佐江の顔が輝いた。
「――っこ、これ! フラッシュライト!?」
「うん。ちゃんとプロの人が使ってるものと同じのだから。
でもね! 護身用だからね! 間違ってもこれを使ってプロの人のところに行っちゃダメだからね!」
「優くんっっ! ありがとっっ! もうっ、超大好きっ!」
優介が必死で注意事項を説明しているのも聞かず、真佐江は優介に飛びついた。
「もう超大事にするこれ! 毎日特訓する! 私フラッシュライト王になるぅ!」
子供のように、自分の肩にグリグリ顔をこすりつけてくる仕草に、優介は愛おしさが込み上げる。
「あーもう……。しょうがないなあ、まーちゃんは……」
ギューっと抱きついてくる真佐江に照れる優介。でもさすがに人前なので恥ずかしい。
「まーちゃん?」
いつまでも離れる様子がない真佐江が心配になり、優介は思わず声をかけた。
真佐江は優介の肩口にいつまでも顔を埋めている。どうやら離れたくないらしい。
(うわー、珍しい! まーちゃんが甘えてくれてる!)
優介としては嬉しくて抱きしめたいところだが、やはり公衆の面前なのもあり、躊躇してしまう。
「あの、まーちゃん? まーちゃんが良ければだけど……久しぶりにイチャイチャできるところ……行く……?」
勇気を振り絞って、優介はそっと小声で真佐江の耳元でささやいた。
真佐江が小さく首を縦に振るのが分かる。
(ヤバい! ヤバいぞこれは!
僕のリロードがレボリューションするかもしれない……!!)
優介の頭の中で、使い慣れない戦闘民族ジョークが炸裂したのであった。
甘々なアラフォー夫婦のお話を最後までお読みいただきありがとうございました。
きっとそのうち忘れた頃に続編が出るかもしれません。
熟女クエストⅢの公開が決まったら、またトレーラー出しますね。
その時はまた、ご縁があれば……。
真佐江たちの活躍を応援してもらえたら嬉しいです。