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マキシム4 愛とは嵐の中でも立ち続ける灯台のようなものでしょうか。

 暗い路地でしゃがみこみ、考えれば考えるほど呪いのことが頭から離れなくなった。


「あのー、すみません。さっきの人? さっきスタート画面でいろいろ課金を斡旋(あっせん)してた人〜?」


 マホーツは思わず最初のガイドを召喚した。


【はいはーい! 呼びました? 残念ですけど、もうスタート応援特別割引は利かないですよ? しっかり通常値段で課金してくださいね!】


「あ、いえ。課金はしないんですけど……」


【え~? 困るんですよね〜、課金しないのにトークだけって、営業妨害ですよ?】


「すみません。あの……僕、妻が心配でここまで探しに来たんですけど、これってもしかして重いでしょうか? 女性として、こんな夫って引きますか? ご意見聞かせてもらえませんか?」


【…………えーっと。私、まだそういう経験値とても少ないんで~。え~っと。

 私より偉くて、いろんな経験値持ってる者に変わってもらいますね! 少々お待ち下さーい】


【……ちょっと、なに? 私いま結構忙しいんだけど!】


【ま、ま、そう言わずに。お願いしますって!】


【待ってよ、私の担当めちゃくちゃ話しかけてくるタイプだから二組もつの無理だってば! あ、こら!】


【その分いっぱい課金プレイヤー作りますって! じゃ!】


【……っちょっとぉ!】


 内輪の話し合いがしっかりプレイヤーに丸聞こえなのはいかがなものだろうと思ったが、女性の視点での意見が聞きたかったので、そこは指摘せずに黙っておく。


「……あ、すみません、お忙しいのに。

 別の方ですか? なんとお呼びすればいいんでしょうか?」


【……】

 面倒な相手を押しつけられたと思っているのか、次のガイドは警戒しているようだった。


「じゃあ、仮に『天のこ……」


【その呼び方やめてください。オルガです。オルガと呼んでください】


 マホーツの提案を遮って、新しいガイドはオルガと名乗った。


「オルガさんは男女関係の経験値が豊富なんですか?」


【非常に答えにくい質問をしないでください】


 オルガは少し疲れたような口調で返事をした。


「あのですねオルガさん。僕、妻が心配でこんなゲームの中に入ってまで妻をさがしに来たんですけど。

 僕のこの気持ちも、さっきの腕輪の呪いと一緒で、醜い支配欲の一つに過ぎないのかなあって、よく分からなくなってしまったんです。

 オルガさんは自分の彼氏や旦那さんが、自分のことを追いかけてきたら、嫌ですか? 重いですか?」


 オルガは考え込んでいるのか、しばらくの沈黙を挟んでから答えた。


【……受け取り方は人それぞれと思いますが。純粋に、心配をすることは悪いことではないと思いますよ。大切にしたいという気持ちですよね?】


「大切にしたいですよ、怪我なんかしてほしくないんです。

 なのに僕の奥さんは真っ先に危険の中に飛び込んで行く人なんです。

 自分の拳に絶対の自信があるのは分かるけど、目の前に殴っていい対象があると、もう骨を見つけた犬みたいに飛びついて……いや、まあ、そこがかわいいっていうのもあるんですけどね。

 ……でもやっぱり女の人だし、力で敵わなくて、いつか傷ついてしまうんじゃないかって、それが心配で……」


 話しながらマホーツは気がついていた。自分の不安の正体に。


 結局、ここに来て自分が心配していることは、真佐江の浮気ではなく、真佐江が自分の知らないところで無茶なことをしていないかが心配だったのだ。


 今でこそ落ち着いたが、真佐江が会社で孤立無援になりながらも、逃げずに前を突き進んでいた後ろ姿を知っている。


 傷つきながら、陰で悔し涙を流して戦っていたのを知っている。


 でも真佐江は一度だって、自分に泣きついて来るようなことはなかった。


(僕は、自分の知らないところでまーちゃんが傷つくのが嫌なんだ。まーちゃんが傷ついたら、すぐに助けてあげられるところにいたいんだ。だから、いつでも近くにいたいんだ……)


 でも。

 もしかしたら、それすらも支配欲なのだろうか。



「おい、あぶないぞ、こんなところで」


 男の声が聞こえ、声のした方を見ると、返り血を浴びた若い男がこちらに近づいてきていた。


 思わず危険を感じて体がすくんだが、意外にも人懐こそうな笑顔を浮かべていた。


 外見のインパクトの割に、悪い人ではなさそう……な、気がしないでもない。


 その人は「もっと人通りの多いところにいろよ」と笑いながら近づいてきた。


「ここにはな、若い男の童貞を食って回るとんでもねえホルスタイン女が出るんだぞ?」


 小学生が「お化けが出るぞー!」と騒ぐようなテンションで、若い男はマホーツをおどかした。

 異世界なら、お化けではなくモンスターというのだろうが。


 その青年のあまりにも子供っぽい仕草に、不意にマホーツはいたずら心が湧き、思わず言葉が口をついて出た。


「あなたがその件に詳しいのは、食べられてしまったからですか?」


 彼は慌てて強がった。憎めない人だった。

 自分のことを心配してくれているようだったので、ちょっと考えごとがしたかったのと、頭の中に話しかけてくれるガイドと相談をしていたと伝えた。


「なあ、俺とも話してくれねえか聞いてもらってもいい?」


 スピーカーモードで、ということなので、自分以外の人にもガイドが同時通話できるということなのだろう。


【ダメです無理です拒否してください】

 オルガが急に慌てた。ルール違反なのだろうか。


「……嫌だそうです」


「お前んとこの天の声、わがままだな」


 その人の相談はこうだった。パンチ力が上がりすぎて、悪者を懲らしめるだけで済むところが、殺してしまいかねない。

 なんとかしてパワーダウンさせられないかということだった。


 それならちょうどいい店があった。


「ありますよ」

「うお。返事速えな」


 さっきの店のことを教えてあげると、彼は爽やかな笑顔を向けて走り去っていった。


 素行の悪いプレイヤーを退治して回ってる人か……。


 もしかして、まーちゃん、さっきの人の仲間になってたりするのかな。


 もしかして、今のお兄さんと仲良くなったらまーちゃんと会えるかも!?


 マホーツは慌てて男性を追いかけたが、青年は足が速すぎた。


 マホーツが呪い屋についたときには、その男性はもうとっくにアイテムを装備していなくなってしまった後だった。


【マホーツさま、異世界滞在時間の延長をされますか?】


 オルガが尋ねてくる。どれくらいゲームをしていたのだろうか。

 まだ真佐江の足取りはまったくつかめていない。


 しかし、このままダラダラとここで時間をつぶしていても良いものだろうか。


 一番マズイのは、退館時間が真佐江と同時になってしまうことだ。


 尾行してきたことがバレてしまう……。


 呪い屋のおじいさんがマホーツに上機嫌で話しかけてきた。


「おお! お前さんが紹介してくれたのか! 今な、一つ売れたんじゃよ! 残りはどうやったら売り切れるじゃろうかのう?」


「呪い解除のアイテムと抱き合わせにして、『パーティー用の罰ゲームに最適!』とかPOP作ってみたらどうですか?」


 呪い屋のおじいさんに半ば適当に答えると、マホーツは異世界転生ゲームを終了することにした。



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そのとき妻は何をしていたのか。 真佐江サイドストーリーはこちら
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