マキシム3 愛とは惜しみなく奪うものなのでしょうか。
誰かが階段を上がってきて、マホーツの部屋に勝手に入ってきた。
「ほら! マホーツ! いつまで寝てるの! もう起きな……あら。珍しい、もう起きてたのね?
さあ、はやく朝ごはんを食べて。食べ終わったらお母さんの【おつかい】をお願いね!」
一方的にしゃべっては姿を消した女性は、このマホーツというキャラの母親という設定なのだろう。
マホーツになった優介は、自分の部屋から出ると、グッグッグという効果音と共に階段を下りた。
階段を降りると、まだ朝ご飯を食べてもいないのに、母親がもうおつかいを頼んできた。
「マホーツ! 【道具屋】で【薬草】を買ってきてちょうだいね!
もし街の人たちに【お願いごと】をされたら、嫌な顔をしないで聞いてあげるのよ?」
強調されているのは、このゲームでのミッション的なものなのだろう。
ステータスを見ると自分の身分は【魔法使いに憧れる少年】になっている。まだ魔法使いにすらなっていない状態なのだろう。
下手にミッションに手を出してしまうと、シナリオが進んで自由に動けなくなってしまう。
あえてミッションを避けて進めることにしよう。
マホーツは母の言葉をすべて無視し、街へと繰り出した。
道具屋と思われる店を避け、マホーツ少年になった優介は、人探しができるような魔法アイテムを探してみることにした。
さっそく怪しげな店を発見し近づいてみると、店主と思われる老人が、重いため息をつきながら店頭に品物を並べていた。
並んでいるのは明らかにヤバそうな腕輪だった。
毒々しいカラーリングに、さらに赤黒い文字で「呪」と書かれている。そして血のような真っ赤な文字で『半額セール』と書かれた張り紙も貼られていた。
「これが売れんかったら、もうワシは終わりじゃ……」
おじいさんはすでに腕輪に魂が抜かれかけているように見えた。
「あの……おじいさん。大丈夫ですか? もしかして呪われてるんですか? 教会いきます?」
さすがに見捨てることもできず、マホーツはおじいさんに声をかけてしまった。
「いんや、ワシは呪われてはおらんよ。呪い屋が呪われるなんて、呪い屋の風上にも置けんじゃろ?」
呪い屋の老人は疲れた笑みを浮かべながら返事をしてくれた。
「あ、ここ、呪い屋なんですね」
「そうじゃよ、お前さんみたいな子供は来るところじゃないぞ? お母さんに怒られるからさっさと帰んなさい」
「それもそうなんですけど……。なんかおじいさんが呪われてるみたいな雰囲気だったんで、なんか放っておけなくて……」
「うむ、実はの、ワシの店に呪いアイテムの特注オーダーが入っての。
ギャルが何の警戒もせずに身につけてくれるようなアクセサリー的なデザインで、装備すると『あ~ん! 力が入らな~い!』となるものを作ってくれと言われての。
30個ほど作ったんじゃが、こんな見た目じゃバレバレすぎて使えんから却下! と言われて買い取ってくれんかったんじゃ!
契約違反じゃ! 材料費だけでも払え! とワシは抵抗したんじゃが、なにせ相手はSランクの剣士たち……ただの呪い屋のジジイじゃ勝ち目はなかった。大損じゃよ……」
「なんか明らかに使用目的がいかがわしいんですけど、そこに加担することに罪悪感はなかったんですか?」
「だってワシ、呪い屋じゃもん。人の負の精神がワシらの食い扶持じゃもん。
それに、今度はやられた側がやり返す番じゃろ? 倍返し的ざまあが流行りなんじゃろ? そういう呪いアイテムもたくさんあるんじゃぞい」
「自業自得ですね。倒産してください」
マホーツは呆れてその場を去ろうとしたが、袖をつかまれた。
「ああ! 待て! なんかお前さん賢そうじゃ!
なあこの突っ返された呪いの腕輪、どうにかして売り切れそうな方法ないかのう? もしいいアイデアを出してくれたら、どんな呪いでも解けちゃうアイテム一個あげちゃう!」
「ああ、ちゃんと呪いを解くアイテムも売ってるんですね。ちょっと安心しました。まあ、こんな分かりやすく呪いってアピールしてれば、だまされて装備する人もいないでしょうしね」
これで装備するような人間がいたら、ただの馬鹿か真の勇者のどちらかだろう。
「呪いを馬鹿にするでないぞ小僧。たしかにこの呪いの腕輪はグロテスクな見た目になっていることは否定しない。
それは本来、この腕輪に込めようとした『力が出なくなって無抵抗のギャルにあんなことやこんなことし〜ちゃお〜♪ わっしょいわっしょい!』という男の欲望がそのまんま表面に表れているからじゃ!」
「もうストレート過ぎるほどに言ってしまいましたね、おじいさん……。なんとなく予想はしてましたけど」
マホーツは半目で批難のまなざしをおじいさんに向けた。
「じゃがな、本当に恐ろしい呪いというのは、一見美しく、呪いとは気づかないもんじゃ。
そして容易には解くことができん。そしてこんな道具に頼らずとも、誰しもがその呪いを使うこともできる。そしていたるところにあふれておるのじゃ」
呪い屋の老人は急に真面目な表情になり、不敵な笑みを浮かべた。
(道具がなくても呪える。そして一見美しい?)
「……なんですか? その呪いって」
老人から目が離せなくなり、マホーツは聞かずにはいられなかった。
「それは愛じゃ」
「愛?」
「愛してるからこそ相手を支配したくなる。『愛してるなら』『愛してるのに』そんな言葉で相手を縛る。愛の楔ほど恐ろしい呪いはないんじゃよ?」
愛が――、呪い?
「ほっほっほ。お前さんにはちいっと早すぎたかのう! いつか誰かを愛したとき、お前さんは愛する人を呪うことになるじゃろうなあ。それとも呪われるか……。どっちにしろ面倒じゃのう!」
そんな……僕は違う。僕はまーちゃんを愛してるけど、縛りつけたいわけじゃない。
でも僕はまーちゃんを追いかけてこんなところまで来ている。僕はどうしようとしてたんだろう。
もしこんなゲームの世界でまーちゃんを見つけて、僕はどうするつもりだったんだろう。
「おーい、お前さん、大丈夫かい? 何をブツブツ言っておるんじゃ? この腕輪が売れるような方法、考えてくれんかのう?」
呪い屋の老人が、マホーツを揺さぶっていると、近所の武器屋のおやじが近寄ってきた。
「おい、じーさんどうした? ん? このボウズどうしたんだ? まさか新しい呪いの実験台にでもしちまったのか?」
「バカ言うでない! 急に何やらブツブツ一人でしゃべりだしたんじゃ! 気味が悪いのう」
マホーツはハッとなり、とりあえずその場を離れることにした。
「……すみません。お邪魔しました」
マホーツはショックのあまり呆然としながら、路地裏へと入っていく。
一人になって考えたかった。