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マキシム2 だれかを愛したら、人は愚かになってしまうのでしょうか。

 そして土曜。真佐江の誕生日まであと10日。

 AM 9:40


 優介は家を出た真佐江のあとをつけた。

 ものすごく、罪の意識を感じながら――。


 浮気じゃない。不倫じゃない。戦闘任務(ミッション)じゃない。

 それを確認して安心するためだ。


 なにか良くない人たちの良くない事件に首を突っ込んでる可能性もある。うん、そっちの方が可能性が高い。

 最近は犯罪率も下がってきているし、自分たちが学生だった頃に比べて、分かりやすい暴力事件は減っているから、いきなり真佐江が敵と接触(コンタクト)するケースは低いだろう。


 でも――。

 優介には一抹の不安があった。


 もしかしたら、日本の凶悪犯罪発生率が低下していることの背景に、高校時代の真佐江たちのように悪を成敗するグループの活動があって、その人たちのおかげで犯罪が未然に防げているのではないか、と。


 そして、そこに真佐江がばっちり活動してはいないだろうか、と。


 優介は真佐江が要人(エージェント)から、次の指令の暗号(ミッション・コード)を入手するのではないかと目を光らせながら、妻の後ろ姿を追った。


 優介の心配をよそに、真佐江は誰とも出会うこともなく、まっすぐに商店街に向かい、見慣れない黒い建物に入っていった。


(あ、もしかしてエステとかだったかな。別に隠さなくても良かったのに……)


 しかし、その建物の店舗名を読んでみると【異世界体験】と書かれている。


 美緒の本棚に並んでいるラノベを思い出した。


 仕事柄、十代の子供たちと話す機会も多いので、会話のきっかけになればと思い、美緒から借りて読んでみたことがある。


 しかし、正直自分には面白さがさっぱり分からなかった。


 どう考えても理不尽かつ常識では理解できない現象が次々に起きているのに、それを疑問に思うこともなくスルーしていく登場人物たち――。

 ギャグなのかとも思ったが、誰もツッコミをいれない。


 美緒に確認したところ、「そこはテンプレだから。いちいち反応するところじゃないんだよ」と教わった。

 でも、ここで反応しなかったら、あとはどこで反応するのだろう。


 ライトなノベルのはずなのに、自分にとってはまったくライトではなく、読んでいて異様に疲労したことを覚えている。


 真佐江だってご都合主義だと笑っていたし、「私ならこういうざまあはしないな!」とも言っていた。(思い返してみるとなにげに楽しんで読んでいたのかもしれないが)まさかその真佐江がこんなところに来るなんて……。


 優介は半信半疑で真佐江のあとを追い、【異世界体験】の中に入っていった。



 事前の受付が必要とのことで、思った以上のロスタイムが発生したが、なんとかネット経由で入館申請をする。


 店内に入ると、個室が並んだその施設の中は、防音処理が施されているのかとても静かだ。


 完全個室であること、完全に個人個人での受付であることを考えると、ここを浮気の会場にするには向かないような気がする。


 もう優介の中では、真佐江の浮気の線は完全に消えていた。


 しかし、真佐江が自分に内緒で、こんな体験型ゲームの施設に来ていることが気になっていた。

 自分の知っている真佐江なら、面白い施設ができたんだよと教えてくれても良さそうなのに。


 ここから先に、その答えがあるのだろうか。


 真佐江がここで一体何を体験したのか――優介は知りたいと思い始めていた。


 説明書を読みながら、ソファに座り、ヘッドセットを装着すると、昔やったことのあるゲームの最初の画面のようなものが表示された。


(最初からっと。……で、性別は男……職業か……どうしようかな)


 ゲーム内で真佐江を見つけることができるだろうか。


「人探しの技が使えるキャラっていったら、魔法使いかなあ、それとも盗賊とかかなぁ」


【それであれば賢者はいかがでしょうか? プラス1万円で賢者を選択できますよ】


 いきなり音声ガイダンスが乱入してきた。


「……スタート前から課金をおすんだね、ここは。

 これはうちの塾生たちにも気をつけるように言っとかないと……。

 課金はしません。……魔法使いでいいか」


 優介が職業を確定した途端、間髪入れずに音声ガイダンスが補足説明を差し込んできた。


【プラス5000円で初期呪文を三つ覚えた状態でスタートできます】


「だから課金はしないって言ってるよね? グイグイだなあ」


【スタートから有利にプレイできるので、みなさんお声かけすると、かなりの確率で課金されるんですよ?】


 AIの自動的な対応だと思っていたのに、独り言に対して音声ガイダンスがすぐに受け答えをしてきたので優介は驚いた。


 選択に応じてAIが最適な音声出力をしているだけだと思ったが、こちらの声に反応して返答するようだ。

 これがAIであれば、なかなか高度な技術が使用されている。ディープラーニングにかなりの労力を割いたのではないだろうか。


 それともプレイヤーごとに、人間のサポートガイドがついてくれる仕組みなのだろうか。それも、わざわざ機械音声のような声質に変換して――?


 いやいや、この施設が最大何人収容できるのかは分からないが、ガイドの人件費もバカにならないだろう。考えれば考えるほど分からない。

 収支計算、どうなってるんだ。この施設は。


 入館料がそこまで大した金額ではなかったので、これは課金ありきで経営をしている施設に違いない。きっといたるところに課金のトラップが潜んでいるのだろう。


 プレイヤーの懐が痛まない程度の、軽微な出費をことあるごとに催促してくる可能性が高い。


(うちの塾に通っている子供たちに注意喚起する必要もあるかもしれないな……)


 優介は少し探りを入れてみることにした。


「……じゃあ聞くだけ聞きますけど、このゲームの中で探したい人を見つけだせる魔法とかってあるんですか? ちなみにおいくらになります?」


【はい、ございます。賢者を選択していただき、レベル50まで上げていただくと習得できます。それをスタート時に習得した状態にするには……合計で20万円税別です】


 すごい罠だ。

 いや、罠というかもうそういうレベルではない。ここでそんな金額払うやつ、いるんだろうか。


 ゲームごときに、そんな大金をつぎ込むような神経は、優介にはまったく理解できない。


「魔法使いのレベル1からでいいです」


【後悔しても知りませんよ? では名前を決めてください】


 ずいぶん上からなガイダンスだなと、優介はムッとしながらも適当な名前を入力しようとし……。


「ひらがな、ないんだね……」


【異世界の世界観を損なうのでカタカナのみでございます】


(じゃ、マホウツ)


 もともとひらがなで入力しようとしていた名前をカタカナで入力する。

 昔やっていたゲームも基本、面倒だったのでキャラ名=職業名にしていた。

 しかし確定しようとしたが、認証されなかった。


【世界観を損なう適当な名前は認められません】


「なにそれ。いいじゃん別に。『ああああ』とか『とんぬら』とか、そういうのじゃないだろ?」


【同レベルです】


「あーもう。いちいち名前考えるのとか面倒なんだって。じゃ、マホーツ! あ、いけた!」


 伸ばす棒のおかげで無事に認証され、キャラクターの外見の設定に進行した。しかし――。


「……もう本当にめんどくさい。いちいち細かく決めるの面倒なんだけど。

 この3つから選んでくださいとかの方が楽なんだけど、そういうのないの?」


 髪の色から皮膚の色、瞳の色は片目ごとに選択可能。選ぶ項目が多すぎる。優介はすでにもう離脱したい気持ちになっていた。


【男性プレイヤーであれば、こちらが推奨でございます。右から順に10万円、15万円、7万円となっております。税別です】


 出現した3体のアバター的なものは、そこだけホストクラブのような有様だった。ものすっごい美形の男たちが白い歯を見せ、キメポーズをしている。そして上からバラの花びらが舞い落ちている。


 センター(15万円)の男の左側にいる、7万円の黒ずくめの男が、かなり妻のストライクゾーン的な容姿だったので一瞬だけ心が揺れたが、優介は耐えた。


「……自分で一から考えます」


 目的は人探しなので、できればモブっぽい方が目立たなくていいだろうと思い、外見は地味な感じの少年にした。


 なるべく弱そうな見た目にしておけば、一緒に冒険しようとスカウトされることもないだろう。

 優介にはモンスターと戦闘する気はこれっぽっちもなかった。


「じゃ、これでお願いします」


 優介が完了を選択した途端、世界が真っ白に変わり、視界が開けたそこは、どこかの部屋だった。



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そのとき妻は何をしていたのか。 真佐江サイドストーリーはこちら
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