2話 第2章 ともだち
まず最初に習ったのはお客さんに対する挨拶だ。基本的に若い年齢層をターゲットとしている店なおかげで来るお客さんは基本的にミアやカミラくらいの女子だ。サクラの今の表向きの年齢と性別もそうなっているので少し年上の女の人という感じで大人よりも緊張しないのは非常に助かる。
まだそこまで女の人に対する耐性はそこまでないものの、緊張していても初心者ということでお客さんも優しくしてくれていた。初日というのとまだ専門知識がないということで基本的にはミアの手伝いをすることになっている。カミラがお客さんの対応などをしている間、売れた服などを補充していくのが基本的に仕事だ。まず、大まかに服の場所を覚えなければならない。
「まず、このあたりにこの服があって、こっちがこうなってて大体この辺りはよく売れるから気を付けて見てあげててね。で、服の置き方と順番なんだけど――」
ミアから丁寧に指導を受ける。今は職場の先輩であって姉ではない。普段のミアのゆったりとした優しい感じではなく、少しピシッとした感じで普段とは違うミアの様子が新鮮だった。ここでは先輩にしっかりとついて行けるように努力しなければならない。
「・・・・・・大体はこんな感じだけど分かった?」
「はい。先輩!」
「あ、うん。・・・・・・ん~なんて言えばいいんだろ・・・・・・サクラは全く悪くないんだけどなんか先輩呼びされちゃうと恥ずかしいな・・・・・・でもさすがに仕事中にミアって呼ばれるのも何か違うような気がするし・・・難しいなー」
ミアは普段先輩呼びされることがないからか赤面し、お客さんの前だということを完全に無視して顔をはにかませて頬に両手を当て、体をくねらせている。だがそんな状態をレイラが許すわけもなく。すぐにレイラが飛んできて肩をポンと叩く。そして有無を言わさぬ笑顔と口調でミアに話しかける。
「ミア、どうしたの?お客さんの前だってこと忘れてない?あと今はサクラちゃんの教育係なんだからちゃんとしてね?」
「は、はい!」
一気に現実に引き戻されるミア。だが周りのお客さんもその様子をやさしく見守っているあたり、このお店あるあるなのかもしれない。そしてミアがレイラに質問する。
「あの・・・仕事中、サクラに私のこと何って呼んでもらえばいいのかなって思ったんですけど、やっぱり先輩呼びですか?」
「んー私は何でもいいと思うけど、『先輩呼び』か『さん付け』が無難なんじゃない?」
「さん付けですか・・・だったら先輩の方がいいですね」
「まあそれは任せるけど、仕事だけはちゃんとしてね」
「はい」
レイラが慌ててレジ前へと戻っていく。今少し話しているうちにもお客さんがレジの方へ向かっていたのをレイラは見逃していなかった。いつかはそれくらいできるようになりたいと思う。
「・・・・・・気を取り直して、仕事中は『先輩』で大丈夫だよ。他の人と一緒だしそっちの方がいいでしょ?」
「私はどっちでも・・・」
「私は先輩って呼んでくれたの嬉しかったよ?ほら、ちゃんとお仕事するよ」
「はい。先輩!」
ミアは小さくうなづき、口角が上がり気味になりながらサクラに仕事の続きを説明しながら実践していく。品出しといってもただ商品を補充するだけではなく、お客さんが手に取った服を畳みなおしたり、綺麗に見えるように配置しなおしたりをする。それをひたすら繰り返していく。
当然だがお客さんの邪魔にならないようにしなくてはならない。大きな服を慣れない小さい体で支えながら、ミアに教えてもらった畳み方で綺麗にたたみなおしていく。意外と重労働だ。
一通り終え、第一波のお客さんが引き、少し余裕ができる。するとサクラがレイラに手招きをされる。慌ててレジにいたレイラに駆け寄る。
「・・・・・・何かありましたか?」
「ううん。ほら、ちょっと耳貸して」
「はい」
少し背伸びをし、レイラも腰を落としてサクラの耳元で小さくささやく。
「そういえば開店から時間経ってるけどトイレ大丈夫?おむつ濡れてない?」
「大丈夫です。でも早めにトイレ行ってきてもいいですか?」
「うん。ロッカールームの隣。分からなかったらまた声かけて」
「ありがとうございます」
気を遣ってくれたレイラに頭を下げて一旦裏へと入り、トイレへと入る。仕事に集中していたせいか、全く尿意は感じていなかったが、いざトイレに入ると不思議と尿意が高まってくる。言われてみれば最後にトイレに行ったのは家を出る前。気が付かなかっただけでかなり我慢していたことになる。カバーパンツを下ろし、おむつも下ろして便座に座る。そのまま尿意を開放する。
しゅいーという音とともに放尿が始まる。普段使っている家とは感覚が違い、緊張する意味も理由もないが緊張する。少し体が震えながら最後まで出し切って拭き、おむつとカバーパンツを穿きなおして流したのを確認してトイレを出る。洗面台はロッカールームのを使い、ロッカーに入れていたタオルで手を拭いて戻る。
「・・・・・・戻りました」
「うん。じゃあ引き続きお願いね。まだ少し慣れないかもしれないけど、ちょっとずつお客さんと話せるようになってね。いずれはレジとかもやってもらいたいし」
「が、がんばります」
接客対応はさすがに自信がなかったが、それも仕事のうちだろう。定位置に戻り、その話をミアにする。ミアも協力してくれるとのこと。最初はお客さんの案内をし、ファッションなどの傾向も分かってきたら服選びの手伝いなどもやってみようという話だった。
少し不安だったが入り口で立ち止まっていた同じ年くらいの女の子に声をかける。
「な、何かお探しですか?」
♢
結果から言えば大成功だった。内気な女の子で周りを気にしていたようだったが、サクラの緊張した様子が彼女に伝わったのと、同じくらいの歳ということで案内をお願いされる。ミアは少しは慣れたところから見守り、カミラとレイラも見守っていた。
サクラのおかげで緊張が解けたお客さんはサクラにおすすめの服を聞くが、さすがにサクラでは対応できないということでレイラと交代。それでも最後までサクラも付き添い、会計を済ませて最後はお礼を言って店を去っていった。
完全にそのお客さんが見えなくなり、サクラは小さく息を吐く。
「お疲れ。上手だったよ」
話しかけてきたのはふわふわピンク髪のレイラだった。
「ありがとうございます。大丈夫でした?」
「うん。服選びは慣れてないし、仕方ないから気にしないで。お客さんも喜んでくれてたしよかったね」
「はい。次も頑張ります」
「うん。その調子。あと、棚の並べなおしも並行してね?」
「はい・・・・・・」
忘れていたわけではないが、改めて働くことが容易ではないと思い知らされる。売り場に戻り、服を畳みなおしたり、どのような服が置かれているかを見ながら迷っているお客さんがいたら話しかける。それを繰り返す。
昼の少し前になり、午前中に買い物を済ませたいお客さんが沢山やってくる。これが第二波らしい。少なくなった棚に服の再補充をしつつ、お客さんの対応にあたる。
「ん~この調子で忙しかったら今日は昼ご飯ちょっと遅めかもですね」
「そうだね。サクラちゃんとまだしっかり話してないの多分レイラだけだよね?レイラとサクラで昼ご飯に行って、帰ってきたら交代にする?」
「はい。昼ご飯持ってきてるか聞いて、持ってきてなかったら外で食べてきます」
「うん。多分ミアの妹さんだし、ミア普段持ってきてないから持ってきてなさそう」
「もしそうだったら私のおすすめのお店紹介してきます」
「うん。よろしく」
レジ前でレイラとカミラが話している声が聞こえてくる。もう少しで昼休憩らしかった。さすがに疲れたのでそろそろ休憩したいと思っていた頃だったがあと少しの辛抱らしい。
お客さんを売り場に案内し、服を畳みなおす。その繰り返し。
(ちょっとトイレに行きたいけど今抜けるわけにいかないよね・・・?もう少しで休憩だし)
周りを見渡す。三人とも休むことなく働いている。今一人だけ抜けてトイレに行ける空気ではない。お客さんにバレないように気をつけながら軽く押さえたりして我慢する。この波が終われば休憩なのだ。何とかなるだろう。
レイラに変に気づかれて気を遣われると申し訳ないのでレジからは見えにくいところで作業を進める。
少しずつお客さんが帰り、第二波も終わりが見えてくる。もう大丈夫だと思った時、近くに来ていたレイラに急にサクラの袖をつかまれる。
「え、レイラさん?」
「ごめん・・・・・・トイレ連れてって・・・・・・」
慌てて振り返り、顔を見ると少し涙ぐんでいた。目線を下に落とすと服の上からぎゅっと押さえている。かなり限界に近いようだった。一旦畳みかけていた服を棚に戻し、ゆっくりと進みだす。目指すはレジの奥にあるバックヤード。
サクラも似たような状態になったことがあるため、早く歩けないのは理解していた。ゆっくりと進み、レイラも察したようだった。そのままドアを開けてもらい、裏までたどり着く。あと少しでトイレだ。
一方のサクラもかなり限界に近く、レイラが出たらトイレに寄ろうと決めていた。
「・・・・・・もう・・・・・・無理・・・・・・」
「頑張ってください。もうそこですから」
あと一メートルほどでトイレのドアに手が届くという距離で急にレイラが立ち止まる。袖をつかまれているため、つられてサクラも急停止。急に止まられると体に衝撃が走る。
「レイラさん・・・・・・急に止まられると・・・・・・」
じゅっと一瞬、おしっこが出てしまう。一度出始めたおしっこが当然止まるわけもなく――
「あっ・・・・・・」
おむつの中におしっこが叩き付けられるわずかな振動が伝わってきて、遅れておむつが温かくなって急速に膨らんでいく。ワンピース型の制服のおかげで膨らむのが見えないのが不幸中の幸いというところだろう。するとカミラがぶるっと一瞬震えるのが分かった。
カミラはサクラの袖をつかんだまま涙目になり、ただ立ち尽くしている。その二つの状況ですべてを悟る。先輩も間に合わなかったのだ、と。さすがに自分がそれどころではない中、下を向く余裕はなく、見ない方がいいような気もする。
「・・・・・・レイラさん大丈夫ですか?」
「うん・・・・・・ごめんね、私のせいで・・・・・・サクラちゃんもでしょ?失敗しちゃったの」
「・・・・・・はい。ごめんなさい」
「大丈夫。私も漏らしちゃったから。一緒に綺麗にしよ?」
「はい」
カミラの手が離れ、改めて周りを見る。もちろんチラッとだけカミラの下も。だがおしっこの水たまりのようなものは見当たらない。そして面接の時のレイラのある言葉を思い出す。
『ここの店、まだおむつ取れてない人も働いてるから気にしなくてもいいよ』
「・・・・・・レイラさんもしかして」
「・・・・・・うん。実は私もおむつなの」