1話 第7章 サクラのかくしごと
ミアに手を繋がれ、帽子のせいで視界が悪い中まっすぐに道を進んでいく。この世界では元居た世界で使っていた時計、スマホなどは全く使い物にならない。なので徒歩何分というような指標はない。あるのは体内時計の感覚のおおよその時刻だけだ。
とりあえず顔出しという体になっているが実質面接だ。今までに面接というものは受けたことがなく、全く何を話していいのかわからない。不安でしかないがミアは何も言ってくれない。ミアは自分と手をつなぎながら何の曲かもわからないが鼻歌を歌っている。女の子の格好で出かけるのも二回目なのでさほど気にならない。服も少ししっかりとしたものを着せられたため、今までよりもスカートが動くこともなく安心感は増している。その分少し腰回りが締め付けられるため、気になってしまう。これも慣れなのだろう。女の子として生きていくのなら慣れなければならないだろう。
「・・・ねえ、ほんとに私なんかで大丈夫?面接って何話せばいいの?」
「ん~私もそんなちゃんと話せた記憶ないし、そんなに不安がることないとおもうよ。何話せばいいかって聞かれても私が面接するわけじゃないからよくわかんない」
「え~」
少し絶望的だった。サクラと対照にミアは気楽そうだ。少しその気楽さを分けてほしいほどだ。
「落ちるとかないよね?そしたら私どうすればいいの?」
「大丈夫だってば。みんなやさしいし、何とかなるって」
「何でそう言い切れるの?」
「ん~わかんない。とにかく、心配しなくても大丈夫。言いたいことを正直に言って、『働かせてください』っていえばちゃんと気持ちは伝わるよ」
「そんなー」
ミアの言うことはごもっともだがとにかく不安な今は具体的な対策を聞きたかったのだが。ここまで言われるとそれ以上深追いすることもできない。そのせいで黙っていると再びミアは鼻歌を歌い始め、更に聞ける雰囲気ではなくなった。
そのまま会話もなく体感で永遠に近い時間歩き、ミアの職場へとたどり着く。途中で曲がったりもしたのかもしれないがその記憶もなく、道も覚えられていない。ここで迷子になったら最後だろう。
不安なのも合わせてミアの手を強く握る。するとミアはサクラの頭をなで、「大丈夫だよ」と言ってくれた。やっぱりお姉ちゃんだと思う反面、本当にそう思っていいのか、複雑にもなる。でもこの状況は変わらないので今は甘えるしかないだろう。
ミアの職場の服屋は外観がパステルカラーで塗装され、入り口が大きく開いていて中に女の子の服が並んでいるのが見える。店の前にいるお客さんと思える人は自分たちと同じかその前後、いいところ中学生――十五歳前後までではないだろうか。中の客層も同じくらいに見える。そのまま手を引かれて入店し、ミアが店員と挨拶をする。制服なのかは分からないがメイド服のような服で色は水色。可愛いと思った。当然ミアと同じくらいの歳だ」
「ミア、その子誰?」
「あー私の妹?みたいな?面接しに来たの」
「へえ、妹さんいたんだー名前は?」
「サ、サクラです・・・」
「サクラちゃんかー可愛いね。もし働くことになったらよろしくね」
「は、はい」
「ごめんね、照れ屋さんなのこの子。じゃあとりあえず店長のところ行ってくるね」
「うん。じゃあまたあとで」
この世界にきて、ミア以外と初めての会話だった。緊張してうまく声が出せなかったがこのまま面接で大丈夫なのだろうか。今はミアがいい風に誤魔化してくれたからよかったものの、この先ずっとそうしてもらうわけにもいかないだろう。人と話す練習も練習だ。ところでそんなに元の場所にいた頃、人と話すのが苦手だっただろうか。
レジらしき場所を横切り、いかにも関係者以外立ち入り禁止という感じののれんをくぐる。そこにも先ほどの店員と同じ水色のメイド服のような服を着た女の子がいた。女の子と言ってもミアよりも上、十八歳くらいだろうか。眼鏡をかけ、何やら書き込んでいる。
「店長、ミアです。妹が面接を受けたいというので連れてきました」
そういうとその女の子は作業の手を止め、ミアの方を向いた。
「へえ、ミアって妹居たんだ。今まで聞かなかったけど」
「そ、そうなんです。今までは別のところで暮らしていたんですけど昨日から一緒に住むことになって」
「なるほど、今から忙しい時期で新しい人入ってほしいって言ってたもんね」
「はい。なので面接していただけますか?」
「うん。一応ミアは出ててくれる?妹さんと二人きりで話をしたいんだけど、いいかな?」
「はい。じゃあ私はロッカールームの方にいますね」
「うん。ありがと」
小さく「大丈夫。優しい人だから」とだけ告げられ、ミアはその店長の奥にある扉の中に入っていった。ロッカールームということは着替えをする場所なのだろうか。今はそれどころではない。
店長というその女の子は少し声が低めで落ち着きのある声だった。ミアがいなくなり、緊張しているサクラに声をかける。
「緊張しなくていいよ。私はこの服屋の店長をしてるレイラ。お名前は?」
「サ、サクラです!」
「サクラちゃんか。ここで働こうと思ったのはお姉ちゃんに言われて?」
「はい!一緒に暮らす条件って言われました」
「なるほど・・・ここで働く自信はある?」
「・・・自信は正直あんまりないです・・・でも、ミアと暮らすためにもせいいっぱい頑張りたいです!」
「なるほどね。ほら、緊張しなくても大丈夫だってば。あ、座る?」
「はい」
レイラに椅子を出され、その椅子に座る。スカートでどう座るのかが正解かは分からないがスカートの生地を自分の下に敷くようにして座る。カバーパンツを履いているので大丈夫だが見えないよう、しっかりと足を閉じる。
緊張のせいか、トイレに行きたくなるが緊張して何を話せばいいのかもわからないような面接でトイレに行きたいと言い出せるわけがなかった。多少もじもじして何とか我慢しようとする。何も事情を知らないレイラはさらに質問を続けるがサクラにとってはもう面接どころではない。
「・・・大丈夫?サクラちゃん」
「えっ?」
慌てて注意を尿意から引き離し、レイラの方に向ける。当然その分一瞬膀胱から離れるわけで――
「あっ・・・」
一瞬おしっこが出てしまう。だが一回緩んでしまうと尿意の波が断続的に襲ってきて我慢するのは困難だ。結果的に勢いよくおしっこが放出される。はじめての面接で、初めて話す人の前でうつむきながら漏らしてしまう。音が本人に届いているのかは分からないが状況だけで十分だろう。暖かくなっていくおむつ。
今までは立った状態が多かったので吸収してくれていたが吸収体の半分は体の下になっている。その分吸収が遅くなり、おむつの中で吸収が遅れたおしっこが溜まり、そこにおしっこが放出される。水が水面を叩く音、その振動が体に伝わってくる。
おしっこが止まり、ゆっくりとレイラの方を向く。
「あ、あの・・・」
「・・・もしかして、漏らしちゃった?」
少し遅れて漂い始めるアンモニアのにおい。残念ながら慣れつつある自分がここにいる。涙目になり、まともに声を発することができないのでゆっくりと縦に首を振る。
「・・・そっか。替えのおむつとか持ってきてる?奥にミアが待ってると思うから行ってきていいよ。私は気にしてないから、ほら」
レイラに駆け寄られ、まともに立ち上がれないので脇の下に手を入れられ、立ち上がらされる。レイラの胸が当たり、髪からはいいにおいがするがそれで慌てる余裕もない。
ゆっくりがに股になりながら歩き、レイラが座っていた先にある扉を開く。中にはミアが椅子に座って待っていた。
「どうしたの?」
「・・・その・・・おむつが・・・」
「うん。わかった。頑張ったね。気持ち悪いでしょ。新しいのに替えよ。持ってきてよかったね」
スカートをたくし上げる。だがカバーパンツのおかげでおむつが見えない。自分はスカートのせいで手がふさがっているのでミアにカバーパンツを下げてもらい、おむつがあらわになる。自分からは見えないが重さからして結構パンパンになっているのだろう。ミアはサイドを破き、おむつを外して慣れた手つきで拭き、新しいおむつとカバーパンツを穿かせ、膨らんだおむつを丸めて袋に入れてカバンの中にしまう。
「大丈夫?」
レイラがノックをして入ってくる。もう履き替えたのでスカートのすそを降ろす。さすがに人に見られるのは恥ずかしい。レイラが入ってきたことにより、面接のことを思い出す。どう考えてもかなり印象は悪いだろう。受からなかったらどうしようか。正直、ミアがサポートしてくれるところ以外で働く自信はない。それにどこに行ってもおむつが足かせにはなるだろう。
「あの・・・面接の方は・・・」
恐る恐る聞いてみる。もうダメなのは分かっているが、ミアもここにいる以上、話題を流すわけにはいかない。
「あーもう大丈夫みたいだしじゃあ話していい?」
「はい・・・」
受かるはずもないような気もしたので声のトーンも低くなる。
「最初に不安そうだから言っておくと、ここの店、まだおむつ取れてない人も働いてるから気にしなくてもいいよ。ほら、ミアも最近だし」
「店長!」
「いいじゃん。ここで一番不安なのはサクラちゃんなんだから。まあ、真面目に働いてくれそうだし、人手が足りないのは事実だし。なによりミアの妹ならみんな助けてくれると思うし明日からミアと一緒に来てもらっていい?」
「え?・・・それって?」
「うん。採用ってこと。明日からよろしくね」
「はい!」
よかった!とミアに抱きつかれる。思わずうれしくて自分からもミアに抱きついてしまう。少し冷静になると恥ずかしさからすぐに離れたが。
「あと、制服とかはとりあえずミアの予備使って。おむつは・・・とりあえず穿いてくるのと予備も持ってきておいてね。その方が安心でしょ?何なら袋のまま置いておいてもいいし。ということでよろしくね」
「あの・・・さっきはごめんなさい」
「気にしなくていいってば。誰にだって失敗はあるし、ちゃんとおむつを穿いてこられただけでもえらい。ほら、ぎゅーしよ?」
そうレイラに言われ、思いっきり抱きしめられる。もちろん身長が合わないのでレイラがひざをつく形だ。いろんな意味でミアとするのと全然違う。
「照れなくていいのに。女の子同士なんだから」
「・・・はい」
優しい声で、小さくそう耳元でささやいた。