1話 第1章 すべての始まりと絶望。そして、光
名前は最上恭介。中学二年生。どこにでもいるような普通の中学生男子だ。母親に連れられてショッピングセンターへと向かった。だが当然母親のショッピングになど付き合っていられるはずもなく、一人でゲームセンターに向かう。中学二年なのでそれなりのお金は持っている。全部使わなくともしばらくは遊べるだろう。
だがゲームセンターに向かう途中で尿意を催す。先にトイレに行くのが優先だと思った。ゲームセンター隣にあるトイレへ向かう。トイレへと続く細い道を進んでいると照明が消える。窓はないので真っ暗だ。スマホの明かりを点けようとしたとき地面が揺れ始める。上下左右もわからないまま倒れこんでしまう。それが意識がある最後の時だった。
(・・・・・・ん?)
目を覚ます。すると先ほどまで真っ暗だったはずなのに明るい。慌てて体を起こす。どうやらベンチに寝ていたようだった。見える景色は全く別物だった。ショッピングセンターにいたはずなのにいつの間にか街の中にいる。
「えっ?」
口元を抑える。今起こっていることのすべてが理解できなかった。場所だけではない。声が高い。何かがおかしい。
パニックになりすぎて人目も気にならない。何とか持っていた自分のスマホで自分の姿を確認する。そこに映っていたのはどう見ても女の子だった。肩下十センチほどのストレートヘアにきれいな肌、ぱっちりとした目元。服は男物だがどう見ても女の子だ。しかも見た目からして中学二年生ではない。せいぜい十歳程度だろう。
「・・・・・・あなたどうしたの?迷子?」
慌てて前を見ると少女に話しかけられていた。話しかけてきた少女は茶髪でショートヘアーがよく似合う小学校高学年くらいの女の子だった。花柄のワンピースに身を包みこっちをまっすぐ見ている。残念ながら自分の今の見た目と比べるとこの子のほうが年上だろう。
「・・・・・・ここはどこですか?」
そうだ。まずはここがどこなのかを知らなくてはならない。先ほどまでいたはずのショッピングセンターはどこだろうか。母親のためにも戻らなければならない。
「ここ?ここはルーシェっていう街だよ」
「ルーシェ?坂西町じゃなくて?」
「サカニシチョウ?どこそれ?」
「だから――県の」
「――ケンって何?」
「え?日本の・・・」
「二ホン?聞いたことないなあ」
少女の言っていることの意味が分からない。慌ててスマホを見るが「圏外」となっていた。こんな街で圏外になるはずがない。するとここは本当にルーシェなどという街なのだろうか。どうやったら家に帰れるのだろうか。
「あなた迷子でしょ?お母さんは?」
「・・・わからない」
そういうしかなかった。母親の名前も顔も思い出せるが、元いた町に戻れるような気がしない。それにこの見た目で戻るわけにもいかないだろう。
「・・・・・・あんまり深く聞かないほうがよさそうね。泊まるところはある?」
「・・・・・・ないです」
「そっか。じゃあうちに来る?」
「え?」
「だって、泊まるところないんでしょ?だったらしばらく泊めてあげる。一人暮らしだから気にしなくても大丈夫だよ。ところで名前は?」
理解が追い付かない。なぜほんの数分前に会ったばかりの少女の家に泊まることになるのだろうか。それ以前に見た目からして十二歳前後だろう。そんな年齢でなぜ一人暮らしなのだろうか。この人のことを信じてもいいのだろうか。だが信じないといっても他にアテはない。この人を頼るしかないだろう。だがさすがに「最上恭介」という名前を語るわけにはいかない。
「・・・・・・桜」
「サクラ?いい名前だね。私はミア。よろしくね」
ミアと名乗る少女は満面の笑みで両手を差し出してきた。自分も両手を差し出し、握手をする。
あの純粋な笑顔は信じてもいいのかもしれない、そう思った。それと同時に決意する。しばらくの間は「サクラ」として、女の子として生きようと。
ミアに自宅を案内される。その道のりで街を見ていたが現代とは違うような世界な気がする。奇跡的に言語が同じなのが助かるが、それ以外は全然違う。文字も読めない。
服はアニメなどで見るような少し異世界風(ミアは例外)で電気はなくランプなようだった。道一面には石が張られ、高い建物などもない。これなら電波がないのも当たり前な気がする。
体も縮んでしまっているので歩きにくい。ミアが歩幅を合わせてくれているので見失うことはないが。
かなり歩いた街のはずれにミアの家はあった。一軒家ではなく、三階建てほどの木造アパートだ。階段を上り、二階の部屋へと案内される。ドアの鍵を開け、中に入る。
「ここが私の部屋」
部屋はよくあるワンルームで家具は特になく、キッチンとベッドがある程度だった。テレビなどの家電は当然ない。
「ゆっくりしていっていいからね。あと、ずっと気になってたんだけどその服何?」
「あ・・・・・・」
これに関してはなんと言い訳すればいいのかわからない。「元から来ていた服です」というわけにはいかないだろう。
「・・・・・・これしか服がなくて」
「せっかく可愛いんだからもっとかわいい恰好すればいいのに」
可愛いんだからと言われてドキッとする。それよりも少し大事な問題が。
「あの・・・・・・トイレに行きたいんですけど」
道の途中で言えなかったのもあるが、ずっとトイレを我慢していた。ここの世界に来る前にトイレに行きたかったのに行く前にこの世界に来てしまったからだろう。
ずっと我慢していた尿意はもう限界だった。足をもじもじさせ、股のところからシミが広がっていき、そのシミはズボンを伝って玄関に水たまりを作る。恥ずかしい音も全部ミアに聞かれてしまった。
「ごめんなさい・・・・・・」
この状況に耐え切れなくなって泣いてしまう。ぶかぶかの袖で涙を拭く。これだけよくしてもらっているのにこれでは嫌われてしまうだろう。
「大丈夫。失敗は誰にでもあることだから」
そういうとミアはサクラに抱き着く。サクラが漏らしてしまったのも気にせずに。そして慰めるようにゆっくりと頭を撫でてくれる。このやさしさは涙を止めるには逆効果で大声を出して泣き始めた。
ミアはサクラが泣き止むまでずっと抱きしめ続けてくれていた。中学二年生にもなって十二歳ほどの少女に慰められるのは少し複雑な気分だった。それ以上に中学二年生(今は十歳程度)にもなって漏らしてしまったことがショックだった。
風呂場に案内され、「片づけはしておくから体洗ってきて」と言われる。ミアが出て行ったところで服を脱ぎ、シャワーをする。鏡がついていないので顔は見えないが手の感覚で髪の毛の長さはわかる。あまり気が向かないが股を見ても何もついていない。ついているのは一筋の筋のみ。
(本当に女の子になっちゃったんだ・・・)
本当は男だという事実はしっかりと言っておくべきなのかもしれない。これからのためにも。先ほどの醜態も優しく認めてくれたのだ。きっと大丈夫だろう。それ以前にこれからお世話になる恩人に嘘をついて過ごすのは嫌だった。
シャワーを浴び終えるとタオルと女の子の服が置かれていた。これしか着替えがないからだろう。下着も――置かれている。
これからは女の子として生きなくてはならない、これくらい気にしていてはだめだと自分に言い聞かせて用意された服を着る。そして脱衣所を出る。
「・・・・・・シャワーありがとうございます」
「ううん。気にしないで。ところでサクラは何歳なの?」
「・・・・・・正直に話したいことがあるんですけど、話してもいいですか?」
「う、うん」
急に真剣になったからか、ミアは驚いていたようだった。だがすぐに真剣な顔になりまっすぐサクラのほうを向いてくれる。
深呼吸をし、正直にすべてを話す。ここの世界に来る前のこともすべて。ミアは茶化すことなく、冷静さを保ったまますべて聞いてくれた。もちろん性別に関わることも。
すべて聞いた後、静かに深呼吸をするミア。なんと言われるのか怖くてしょうがない。いつの間にか自分でも気づかないうちに正座になっていたほどに。
「・・・・・・正直に言ってくれてありがと。大変だったんだね。追い出したりしないし大丈夫だよ。言ってた通り、一緒に泊まってもらって大丈夫だよ」
「本当にいいんですか?」
「いいよ。だって今は女の子なわけなんだし、こんな可愛い子追い出せるわけないでしょ?私は十二歳で、サクラは見た目から考えて十歳でいいかな。私の知り合いとかに聞かれたら名前はサクラで十歳って言ってね?」
「そのくらいなら・・・・・・」
「あと、敬語やめてほしいな。私が申し訳なくなっちゃうから。タメ口で話すこと。あえて一緒に生活する条件にするならそんな感じ?」
「じゃあ、よろしく。ミアちゃん?」
「うん。よろしくね。サクラちゃん」
こうして女の子として第二の人生を歩むことが決まった。この少女、ミアと一緒に。心配なこともいろいろあるがきっと大丈夫だろう。ミアとなら。