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使い魔と魔女

作者: 龍川歌凪

 あの日、俺はある使い魔屋で、いつもどおり売れ残っていた。

 ニンゲン共は下級悪魔をとっ捕まえては、こうやって魔法使い相手に俺等を売っ払っていく。

 と言っても、俺は近年稀に見る落ち零れらしいから、こうして誰にも買ってもらえないわけだけれど・・・・・。


 本当は、無理矢理こんなトコに連れてきやがったニンゲン共が憎い。だがまだ幼い俺にはここを逃げ出す力はなかった。

 だからひたすら待った。誰かが買ってくれるのを。ここから出してくれるのを・・・・・。


 でも今日買ってもらえなかったら、俺は魔法練習用の的として売られる予定だった。つまり処分されるのだ。少しでも金になる方法で・・・・。


 しかしその時が訪れることはなかった。


 俺はこの日、買われていった。まだ成人もしていないであろう一人の女に。

 檻の中の俺をアメジストの瞳が見つめる。

 緑色の光沢を持つ黒髪がさらりとなびく――――・・・・・・。

 何故だかいまだによくわからないのだけれど、この時、なんとなく彼女の髪に触れてみたいと思ったんだ・・・・。


 それ以来、彼女は俺の主人(マスター)となった。


 俺は彼女に使い魔として仕えた。使い魔なんて言っても、お使いに行ったり、薬の調合を手伝ったりと、やっている事は魔法使いの助手と大して変わりはない。

 俺は落ち零れだけあって、何度も失敗したり、間違えたりした。でもマスターは一度たりとも怒って叱りつけるようなマネはしなかった。

 俺はつい、彼女の怒り顔がどんななのか見たくなってしまった。

 別にマスターが憎くて困らせてやりたかったわけじゃない。本当にただ何となくだ。

 俺はわざと、マスターのお気に入りの壺を割ってやった。そして間違って落として割ってしまった、と嘘をついた。―――――わざとやったってバレちゃうのは、やっぱりちょっとだけ怖かったから・・・・。


 お気に入りの物を壊されたんだ、さすがのマスターも怒って怒鳴りつけてくるに違いない。

 ――――そう思っていたのに・・・・・・・。


“お前に怪我がなくて良かった・・・・。”


 俺の手を見て、それだけを言った。

 怪我の無い手はもちろん痛くない。けれど何故だろう、胸が痛くてたまらなかった。

 俺はわんわんと泣きだした。

 そして本当の事を言って謝った。“わざと壊したんです、ごめんなさい”って。

 マスターは許してくれた。

 “反省したのならそれでいい”って、頭を撫でてくれた。

 俺はまたわんわん泣きだした。



 ある日、マスターが俺に質問してきた。

 “お前は家族と引き離されて寂しくないのか”って。


 変な事を聞くものだ。

 多くの悪魔は闇から生まれ出でる。家族なんてものは最初からありはしないのに。

 “サビシイって何?それはココロの名前の一つなの?”


 そうマスターに聞き返したら、彼女は何とも言えない顔をして、“お前は可哀相だ”と言った。

 俺には何がカワイソウなのかわからなかった。でもマスターが言うなら、俺はカワイソウなのだろう。

 だって賢いマスターの言う事はいつだって正しいのだから・・・・・。



 そのまたある日、今度は俺がマスターに質問してみた。

 “マスターはどうしてこんな落ち零れの俺を選んだのか”って。

 そうしたら、マスターも見習いだった頃はダメダメだったらしくて、長い間売れ残って叩き売りされていた俺に、どこか親近感を覚えたんだそうだ。


 悪魔に親近感なんて湧くものなのだろうか?ましてや下僕(つかいま)なんかに・・・・・・。


 マスターの考える事はイマイチよくわからないな・・・・。



 そうやって時を重ねていくうちに、マスターは同じ魔法使いの男と結婚する事になった。

 俺がマスターに対して恋情の念を抱いた事は、一度としてなかった。

 闇から生ずる俺達だけれど、誰かと夫婦になって、子を為す事ができないわけではない。だからそういった情を抱いても決しておかしくはなかったのだけれど・・・・・。

 それでも俺が彼女を愛していたことに変わりはなかった。

 恋愛の対象としてではなく、自分を認めてくれた、たった一人の主として。

 かけがえのない、大切な存在として・・・・・・・・・・・彼女が大好きだった。

 だから彼女が愛する人と幸せになれるのなれるなら、俺も幸せだった。

 結婚した後も、マスターは今までと変わらず接してくれたし、旦那殿も俺に優しくしてくれた。

 旦那殿はもともと使い魔を連れていなかったから、初めての使い魔ということで、余計に可愛がってくれたのだろう。毎日がとても楽しかった。



 数年後、二人の間についに子供が生まれた。

 男の子だ。産後すぐは目も開いていなければ髪もろくに生えていない。顔も真っ赤でしわくちゃで、とてもじゃないが二人には似ていないと思った。

 それでも成長していくうちに、顔は旦那殿似、髪と瞳はマスター似であることに気付いた。

 俺はマスターの手伝いよりもこいつの世話をする事のほうが多くなった。

 ところがこのガキ、とんだ腕白小僧に育っちまって、毎日毎日悪戯ばっかしやがる。

 

 全く、誰に似たんだか・・・・少なくとも、俺は育て方を間違えた覚えはないぞ?



 そんなこいつでも、将来は親と同じ魔法使いになりたいと思っていたようだ。

 そして十数年後、修業の旅だとか何だとか言って、半ば家出同然にこの館を出ていった。それ以来何の音沙汰もありゃしない。


 しょうもない馬鹿息子。一体どこまでマスター達に迷惑を掛ければ気が済むのか・・・・。



 それから何十年経ったか、ある日、旦那殿がパタリと倒れた。そしてそのまま、帰らぬ人となった。

 苦しむ事なく逝く事のできた旦那殿は、きっと幸せ者だ。

 けれど俺達は違った。大切な人がいきなり目の前から消え去ってしまったのだ。残された者達にとって、これほど辛いことはない。特にマスターは葬儀の間中ずっと泣いていた。愛する夫を亡くした悲しみは、俺などには到底計り知れぬものなのだろう。

 ・・・・と、そこへ、「あいつ」が現われた。

 魔法使い特有の勘――――いわゆる虫の知らせという奴だろうか。


 ―――――あの馬鹿息子が帰ってきた。


 自分の使い魔と、奥方と、そして子供を連れて。


 奥方は元神官で、法力という、魔法使いの使う魔力とは少し違った力を使う。そしてその力は子供にも―――マスターの孫にも受け継がれていた。

 しかも受け継いだ力はとても強力で、こいつはいわゆる『神の子』と呼ばれる存在であった。

 これは俺達魔族にとって、忌むべき力だ。

 だからもし将来、例えこのガキが魔法使いの道を選んだとしても、俺みたいな落ち零れの使い魔は近づくことすらできなくなる。

 それはつまり、将来俺がこいつの使い魔になる事はできなくなるわけで―――――。


 またそれに加えてこのガキ、全然マスターに似ていない。髪と目は母親似の淡い金髪と緑の瞳。顔立ちは父親である馬鹿息子似―――――ある意味祖父である旦那殿似と言ってもいい―――――で、外見上マスターに似たところが一つもありゃしない。


 それでも雰囲気だけはマスターに似ていた。

 全てを見透かしているような真っすぐな眼差しを向け、静かに微笑むその様は、正にマスターのそれと同じものだった。


 ・・・・・・そんな所だけ似ている所が、またちょっとむかついた・・・・・。



 それからしばらくして、夫を亡くした悲しみからか、とうとうマスターも病に伏すようになった。

 もう高齢ゆえか、あまり薬も効いていないようだ。いや、もしかしたら、無意識の内に旦那殿の元へ逝こうとしていたのかもしれない・・・・・。


 息子の一家はよく見舞いに来るようになった。父親の死に目に会えなかったのが悔やまれたのだろう。息子は奥方の家に婿養子として入ったらしいから、一緒に住む事まではできなかったけれど、それでも見舞いに来た時は何日か泊まっていってくれた。もちろんあの孫も一緒だ。

 子供の成長はとても早い。どんどん大きくなっていく――――――――と思いきや、あまり変化が見られない。半年たってもほとんど成長していない。それが気になって、俺は『神の子』についての文献を漁ってみた。すると。


【神の子とは、神のすぐ側で仕え、かつ、神の寵愛を直に授かる者】


と書かれていた。

 つまり、このチビの元にいずれ神が降臨し、こいつを直接見守ってくれるってわけだ。そしてその見返りに、こいつは一生神の使いとして生きていかなければならないのだという。

 また、神はより長い間『神の子』に仕えてもらえるよう、彼らに対し非常に長い寿命を与えるのだそうだ。

 それは俺達悪魔に匹敵するくらいの、長い、長い時間だ。

 始めは普通の人間達と同じくらいの早さで成長してゆくけれど、それがだんだんと緩やかになり、やがては止まってしまうという。

 と言う事はだ、このチビが大人になって、家庭を築くのはずっと後―――――いや、もしかしたら誰とも結婚する事なく、死ぬまでずっと神のみを愛し続けるのかもしれない。

 そうなると、俺はこいつの子孫を守っていく事すらできなくなっちまうわけで・・・・・・。


 姿の変わらない孫。

 けれどその力は日増しに強くなってゆくのがわかる。もうじき俺はこいつの側にいられなくなる・・・・・・・。


 そんな折、それは起こった。

 ずっと恐れていた事。いつか来るとわかっていた事。

 けれど今日じゃない、明日じゃないと、ずっと目を背けて来た事・・・・・・。


 マスターの容体が悪化した。


 一度目を閉じてしまったらもう二度と開けてくれないような気がして、いっぱいいっぱい呼び掛けた。


 死んじゃやだ!ずっと側にいて!

 貴女がいなくなったら、俺はどうすればいいの?

 貴女の子孫を守ってゆく事すらできない俺は、どこに行けばいいの?

 どうして俺よりずっと強いマスターが、俺より先に死んでいくの?

 どうして人間の命はこんなに短いの?

 俺はずっと、貴女の幸せの為だけに生きてきたのに・・・・・・!


 お願い、ずっと、俺と一緒にいてよ・・・・・。



 するとマスターの口がわずかに震えた。そこから小さな小さな音が漏れる。


「これからはお前自身の幸せの為に生きなさい・・・・・」


 それがマスターの最後の命令であり、最期の言葉だった。


 あの時と同じように、俺はわんわん泣いた。でも何かが違う。心にぽっかりと穴が空いている。


 もう彼女は目を開けない。

 もう彼女の声は聴こえない。

 もう、彼女には二度と会えない――――――


 ああ、これが、マスターの言っていた『サビシイ』というココロなんだね・・・・・・。





 俺は考えた。


 俺自身の幸せの為に生きる?

 俺の幸せはマスターが幸せになる事だったのに?

 マスターがいない今、俺は幸せになんてなれるの・・・・・?


 それでもマスターの命令は絶対だ。俺は何が何でも生き続け、幸せにならなければいけない。

 そしてその為にはまず“力”が必要だ。

 俺はこれから野良悪魔として生きていくのだから、有無を言わさず襲い掛かってくるエクソシスト共に狩られるわけにはいかないのだ。


 俺はいっぱい勉強して、いっぱい修業した。

 その中で、死者を生き返らせる魔法を探したりもした。

 だがそんな都合の良い魔法はどこにも存在しなかった。

 それに例えマスターを甦らせる事ができたとしても、きっと彼女は喜ばないだろう。

 マスターは人として生き、人として死んだ。そして愛する者のいる黄泉の国へと旅立ったのだ。俺にそれを邪魔する権利はない。


 ならば俺も魔物として生き、魔物として死んでゆこう。それが貴方への、せめてものはなむけとなるならば・・・・・・。



 そうやってがむしゃらに生きていくうちに、俺はいつしか魔王と呼ばれる存在になっていた。

 と言っても、魔王なんて呼ばれている奴は世界中にいくらでもいる。魔王というのは一種の称号であって、ある程度強い力を持った奴らの総称にすぎない。

 だから王なんて言っても、実際に政務を執り行っているわけではないし、ましてやニンゲン共を滅ぼそうなどと考えたりもしない。

 だってマスターと同じニンゲンを、むやみやたらに虐殺するなんてできるわけないじゃないか・・・・・。


 そして今、俺の隣には愛する女性がいる。俺と同じ魔族の女だ。

 もうじき子供も生まれる。男の子か、女の子か、今から楽しみで楽しみで仕方がない。


 俺は愛する者達と共に生き、やがて死んでゆく。かつて貴女がそうしたように。

 永遠に近い寿命を持つ俺達だけれど、いつか終わりはやって来る。

 だから、その時まで―――――ううん、黄泉の旅路のそのまた先でも、ずっと―――――


 俺は貴女の使い魔だよ、マスター。



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