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死神でもいいですか?

学校の屋上は普段は閉鎖されているけれど、教師や生徒会に断れば利用することができる。

とはいえ、そんな面倒なことまでして屋上で昼食をとろうなんて人はあまりいないようだった。


「実はわたし、死神なんです」


屋上にいるのはぼくと神谷雫先輩の二人だけ。ベンチに座ってそれぞれがお弁当を膝に広げていた。


梅雨の時期だからなのか、空はどんよりと曇っている。

二人だけの屋上はなんだか物寂しい感じではあるけれど、気温はあまり下がっていない。


「あ、でも、そんな怖いものではないんですよ。死神の仕事は人の魂を天国へと導くこと。この地上の平穏を守る役割を担っているんです」


神谷雫先輩はこの高校の生徒会長で、入学式の挨拶でも見かけていたけど、ぼくは今日のお昼休みまで一言もしゃべったことがなかった。

ご飯を食べる前にトイレで手を洗ってこようと廊下に出たらそこにいたらのが神谷先輩で、まさかぼくに用事があるとは思いもしなかった。


「でも、すべての魂が死を受け入れるわけではありません。心残りによって現世に執着する魂もあります。その執着が強すぎると、普通のみなさんに被害を及ぼすことも。わたしたち死神はそんな荒魂を鎮める仕事も担っているんです」


神谷先輩はおっとりとした口調で語っているし、その表情も人を和ませるような穏やかさがある。


ゾンビメイクをしていないので、妙な緊張感もなかった。

話の中身が突拍子もないように感じられはするのだけれど、すべてを否定する気持ちにはなれなかった。


「死神、ですか」

「はい。信じられませんか?」


信じられないというのが本音ではあったけれど、ここで証拠を要求するのは野暮かもしれない。

そもそもゾンビ病なんてついこの前まで物語にしかなかったもの。死神が現実にいるとしても、そこまでおかしな話ではないのかもしれない。


「神谷先輩がそういうのなら信じますけど、その死神がぼくになんの用事なんですか?」

「高木くんは素直ですね」


よしよし、と頭を撫でられる。


「実は死神界でちょっとした問題が起きていまして、その解決のために高木くんの手伝ってもらいたいと思っているんです」

「問題、ですか」

「ゾンビのことです」


人にはあらかじめ寿命が決まっている。

ある程度の幅はあっても、大きく狂うことはないのだという。

だから死神は事前に寿命を調べて、死期が迫った人を本来はターゲットにしている。


しかし、いまは違う。ある要素が死神の仕事を根幹から揺さぶっている。それがゾンビ病だった。


「その人の寿命が事前にわかっていれば、魂を導くことも難しくはありません。例え心残りがあったとしても、事前に様々な準備をすることができます。しかし、ゾンビ病はわたしたちのコントロールの外で起きていることなんです」


ゾンビはその人の寿命を反映したものではなく、あくまでもイレギュラーだという。


「つまり、死神にとってもゾンビ病は予測できないってことですか?」

「はい。この世界を総合的に安定、維持するために人の寿命というものは天界によって管理されているのですが、そのバランスが徐々に崩れ初めているのです」


わずかなズレであっても、それがどんどん拡大していけばやがて大きな混乱に繋がるかもしれない、神谷先輩はそう言った。


「このゾンビ現象を止めること、それがわたしたち死神にとっていま最優先に取り組むべき課題なんです。このまま放置することはとてもできないんです」

「ゾンビ病の原因はわかってないんですか?」

「実はわかっています」

「え?」

「人をゾンビにしているのは、吸血鬼の仕業で間違いありません」


吸血鬼。ゾンビに死神ときた以上、特別に驚くことでもないような気もする。


「吸血鬼というのは、映画とかに出てくるようなあの?」


神谷先輩はうなずいた。


「吸血鬼はもともと、この世界の理から外れた存在なんです。人の血を吸うことで寿命を伸ばすことができますから」


吸血鬼は人の血を吸い続ければ永遠に生きることができるという。そうなれば天界の寿命の管理も無意味なものになってしまう。


「問題は吸血鬼そのものだけではないんです。吸血鬼の行為によってさらなる被害が生まれてしまう」

「もしかして、吸血鬼が血を吸ってるからゾンビが生まれてるんですか?」

「そういうことです」


本来であれば五十年生きる人がいる。それは生まれた時点で決まっていて、途中で事故にあったりすることもない。


でも、吸血鬼はそんな寿命を断裁してしまう。寿命がいくら残っていても、血を吸うことで相手の人生を終わらせることができる。


血を吸われてしまった人間は精気を奪われて、ゾンビとなってしまい、まもなく死んでしまう。


これがゾンビ病の真実。


「でも、ゾンビ病なんて昔はなかったはずですよね」


ゾンビ病は十五年ほど前に発生したもの。それまではゾンビはあくまでも物語だけでしかなかったもののはず。


「吸血鬼とは長年の対立があるんです。この世界の支配権を巡ってわたしたちはかつて、大きな戦いを経験したんです。その結果勝利を手にしたのはわたしたち天界側でした。しかし、吸血鬼は絶滅したわけではなかったのです」


吸血鬼の生き残りは定期的に確認されていて、世界各地で散発的なゾンビ現象は起こっていたという。

そういったものは死神が即座に対応してきたので表面的な騒動には発展しなかったらしいのだけれど、いまは状況がだいぶ違っている。


「SNS の発達により個人の情報発信が頻繁に行われるようになり、わたしたちの情報のコントロールが必ずしもうまく効かなくなっているんです」


個人がネットに画像や映像を上げれば、警察が駆けつける前に拡散されてしまう。そうなれば最早どうしようもない。


「幸い、吸血鬼の存在はいまだに知られてはいません。ですからゾンビは謎の病として広まったんです」

「誰かに噛まれたら、そういう噂が広まってもおかしくないと思うんですけど」


血を吸われたという衝撃的な経験をすれば、それをみんなが黙っているとは思えない。でも、そういう噂は一切聞いたことがない。


「血を吸われるとその瞬間の記憶は失ってしまうんです。だからみな、ゾンビになった理由を知ることはできないんです」

「吸血鬼はそもそも、どうして人間の血を吸うんですか?エネルギーを得るためですか?」

「それもあります。しかし、一番重要なのは、仲間を生み出すためです」

「仲間?」

「吸血鬼に血を吸われたからといって、みながゾンビになるわけではありません。中には吸血鬼として変化するものもあります」


吸血鬼には主に二種類ある。ひとつは古来より存続している血統の真祖。もうひとつがその真祖に噛まれて人間から吸血鬼になったもの。


「言ってしまえば、ゾンビは真祖によって生まれた欠陥品です。彼らはあくまでも吸血鬼の勢力を広げるべく仲間を増やそうとしているのですが、そのすべてが成功するわけではありません。ゾンビの数を見ても、失敗する確率のほうが多いと言うべきでしょうね」

「人間が吸血鬼になったら、どうなるんですか?」

「人の血を求めるようになります。吸血衝動にかられ、誰かを襲うことも少なくありません。人によってそれぞれ行動パターンは異なりますが、自分を抑えられなくなるケースもありますね」

「人の吸血鬼に噛まれても、ゾンビになったりするんですか?」

「はい。残念ながら」


ここまで聞いても、ぼくは神谷先輩の話を疑う気にはならなかった。

神谷先輩は淡々としゃべっていて、とくに熱を込めているようにも感じられないのに、なぜかその言葉の数々はぼくの胸のなかに染み込んでいった。


本来なら死神の証拠を見せてくださいとか聞かなければならないのに。

それよりも気になっていることがあるからかもしれない。神谷先輩がぼくにこんな話をした理由が知りたい。


「ぼくに用事というのは、いまの話となにか関係があるんですか?」

「高木くんには吸血鬼を探すのを手伝ってもらいたいと思ってるんです。この町ではゾンビ現象が比較的多く発生しているので、吸血鬼が潜んでいることはほぼ、まちがいがないんです」


実際のところ、真祖の吸血鬼がどれだけ生き残っているのか、死神の組織でも把握は出来ていないのだという。

その真祖によって生み出された吸血鬼を追いかけるのが精一杯な状況なのだとか。


「どうしてぼくなんですか?協力をしてもらうのなら、他の誰でもいいと思うんですけれど」

「においです」

「におい?」

「はい。高木くんからはほんのりと吸血鬼のにおいが漂っているんです。わたしはそれを学校の廊下ですれ違ったときに感じました。本人から発せられているものではないので、身近にいる誰かから移ったもののはずです」


ぼくの周囲にいる誰かが吸血鬼ーーそう考えてもあやしい人はいない。誰かに襲われたなんてことはないし。


「おそらく、高木くんの周囲にいるのも真祖ではないでしょうが、そこから潰していくしかないのが現状です。仲間が次々に消えていけば、真祖も焦ってボロを出す、この可能性にかけるしかないんです」

「ぼくは別に吸血鬼ハンターとかじゃないですよ」


ゾンビハンターが恋人というだけで。


「戦いに関しては心配しないでください。わたしたちの担当ですから。高木くんにはあくまでも吸血鬼の発見を手伝ってもらいたいだけなんです」

「どうやってですか?」

「周囲に気を配るだけで結構です。なにか異変があればこちらに情報を流してください」


そわなことを言われても自信がない。

吸血鬼なんて一度も見たことがないし、目の前にいる神谷先輩が死神であるかどうかだってわからない。


「吸血鬼ってなにか特徴とかはないんですか?」

「普通の人間ですよ。特に大きな牙などがあるわけではないので、見た目だけで判断をするのは難しいですね」

「なら、いきなり噛まれることもありますよね」

「ありますね」


なんでもないことのように神谷先輩は言った。こういう経験は何度もしているのかもしれない。


「近くに吸血鬼がいればどの道、高木くんにはいずれ危機が迫ることを意味しています。わたしと協力関係を築いたほうが無難だと思うのですが」


ぼくにできることといったら結局は気を付けることだけ。

あとは死神である神谷先輩たちが吸血鬼を見つけられかどうか。ぼくのできることというのはとても少なくて、危険だけが大きい。

こんな状況ならもう答えはひとつしかない。


「わかりました」

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