全てを思い出してもいいですか?
郊外にある廃工場に行けば記憶が戻るのかもしれない、莉子はそう言った。そこに自分にとっての大切ななにかがあるような気がする、と。
真依は莉子の記憶が戻るのを恐れる反面、莉子が本来の自分を取り戻すことを期待している部分もあった。
いつまでも嘘の関係が続くわけがないし、できれば本音で語り合えるような間柄でありたかった。
もしも仮に莉子から嘘つき、と責められようとも、いまの曖昧な関係を維持するよりはよっぽど良かった。
だから、真依は莉子に協力をすることにした。二人で新しい一歩を踏み出すために、工場に向かうことを決意した。
工場まではそれなりの距離があり、徒歩ではとても行けないので、二人は自転車で向かうことにした。
莉子は自転車を所持していなかったので、真依の家にあるものを借りた。それは真依の弟が使っていたものだった。
休日とはいえ、山間部にはほとんど人の姿はなかった。サイクリングを楽しむ人とすれ違うくらいで、車の交通量も少なかった。
低地に作られた工場なので急な坂とかはなかったけれど、バスケットボールをやめてしばらく経つ真依にとっては長い時間自転車をこぐのはとても辛かった。
工場の跡地にはとくに規制はなくて、誰でも入れるような状態になっていた。
誰かが管理をしているような看板もなく、子供でも跨げるようなロープがだらりと垂れているだけ。
二人は周囲の目を気にしつつも中に足を踏み入れた。
放置されてしばらく経っているのか、内部には何も残されてはいなかった。
埃の積もった床、汚れた壁、割れたままの窓ガラス。人が住んでいるような生活臭はなかった。
莉子は一人で奥へと進み、周囲を見回している。
真依は少し離れた場所でそれを見守っている。自分が近くにいないほうが過去に向き合えると思ったから。
それにしても、こんなところにいったい何があるのだろう。
誘拐されたとき、ここにしばらく監禁されていたとか?
もしかして失踪した高木という男子が眠っているとか……。
莉子はさらに奥のほうに向かい、そこにある一本の鉄柱の前で立ち止まった。
柱に頭をつけ、目を閉じる莉子。しばらくそのままで状態を続ける。
「……」
口を動かしたのがわかったので、真依はゆっくりと近づいた。
「思い、出した」
そんな言葉を、莉子は落ち着いた様子で言った。
「全部、思い出した。ここで何が起こったのかも」
「莉子」
莉子は真依のほうに顔を向ける。
「ねぇ、真依」
「なに?」
「どうして、わたしの親友になろうと思ったの?」
それで真依は確信をした。
莉子は本当に記憶を取り戻している。だから自分が嘘をついていたこともばれている。
幸いだったのは、莉子がその嘘をとがめるような目をしていなかったこと。
純粋な疑問としてとらえていることだった。
「別に怒ってはいない。わたしはただ知りたいだけ。あなたがなぜ、知り合いでもないわたしのそばにずっといてくれたのかということを」
覚悟はしていた。いつかこの日が来ることはわかっていた。
莉子は冷静だった。真依はそれに救われた。もしも記憶の蘇りとともに錯乱してしまったら、真依のほうも取り乱していたのかもしれない。
真依はすべてを話すことにした。自分の過去を、家族の過去を。
「莉子、わたしはあなたに救われたの……」