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旅行に行ってもいいですか?

「え、旅行?」


旅行という単語を聞いたとき、真依は拍子抜けした。

なにかいつもとは違う雰囲気は感じ取っていた。

夕食を食べる両親から漂う緊張感。

なにかあった?そんなふうに切り出したい気持ちを押さえて食事を終えると、母親の口から出た言葉が家族旅行を検討しているというものだった。


「そうなの。今年の夏休みに家族で旅行しようとお父さんと話し合ってたの」

「来年は真依も三年だからな。受験のことを考えると、いまのうちに行っておいたほうがいいかなと思ったんだ」


旅行くらいでどうしてピリピリしていたのだろうと真依は疑問に思った。

もしかして二人は離婚でもするつもりで、これを最後の家族旅行にでもするつもりではないだろうかと疑う気持ちがニョッキっと出てきた。


「離婚とか、考えてないよね」

「え?」

「離婚?」


両親は顔を見合わせ、笑った。


「そんなことないわよ」

「ああ。しばらく旅行に行ってなかったから、そろそろいいだろうと思っただけなんだ」


両親が離婚する可能性を真依は何度も考えたことがある。とくに数年前は。

だからいまの言葉も素直に受けとることはできなかった。かといって細かく追及するような勇気もなかった。


「……どこか決めてるところあるの?」


真依の問いかけに、母親は比較的近くにあるとある温泉地の名前を上げた。

真依はその場所をよく知っていた。なぜなら一度家族で訪れたことがあるからだ。

弟を含めた四人で。


弟のための旅行、みたいなものだった。

その温泉地には不思議な言い伝えがあって、かつて医師も見放すような難病に犯された殿様が温泉につかることですっかり元気になった、という噂がいまにも語り継がれていた。


弟がとても喜んでいたのを真依はいまも覚えている。実際にそれで治るかどうかは関係がなかった。

体が弱いせいで家族旅行というものには縁がなかったぶん、弟にとっては旅行そのものに意味があったのだ。


あの温泉に再び訪れる、ということの意味を真依は考えた。

三人になった家族としてのリスタート、という意味なのだろうか。

あの場所に行き、弟のことをいまこそ真剣に語り合おうということなのだろうか。


それならいいけれど、逆に最後の思い出作りだったらどうしよう。

でも、真依にはそんなこと聞く勇気はなかった。

仮にそうだったら自分のほうが倒れてしまいそうだったから。


少なくとも両親の顔にはやましさみたいなものはなかった。娘に嘘をついているようには見えなかった。


それでも、真依には不安が募った。数年前のことを思い出すと、両親も自分もギリギリだったから。その歪みがいまも続いていたとしても、なにもおかしくはない。


「もしかして嫌なの?」

「友達とどこかに出かける予定でもあるのか?」


ふと莉子の顔が頭に浮かんだ。夏休みは長く、毎日会うことは普通、考えられない。

それでも、この町から少しでも離れることが真依は怖かった。その間になにか莉子にとってよくないことが起こりそうな気がした。

だから、両親の誘いを素直に受け入れることは出来なかった。


「ちょっと、考えさせて」

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