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親友と呼んでもいいですか?

昼食はいつも一緒に食べている。

お気に入りの場所は校庭を望める通路に設置されたベンチ。

校舎は少し高いところにあるので、校庭のほうを見るとほんの少しの解放感を味わうことができる。


木製のテーブルにお弁当を並べて食べ始めると、まもなくひとりの男子が現れた。

学食で買ってきたパンを無造作にテーブルに置き、ジュースのストローをくわえながら莉子の隣に座る。


「遅れてごめん。学食がいつもより混んでてさ」

「あ、うん」

「なんか、新しいパンが入荷されたらしくて、それの取り合いがおきてたんだよ」

「じゃあ、その新しいパンが桜井先輩の今日のご飯ですか?」


真依が興味深そうにテーブルに置かれたパンを見る。

母親が毎日お弁当を作ってくれるので真依は学食にはあまり縁がなかったが、新作のパンと聞けば否が応でも反応してしまうほどに好きではあった。


「いや、いつものサンドイッチだよ」


桜井弘人はかなりの細身だった。

実際に食欲も旺盛とは言いがたかった。

高校生の男子がサンドイッチひとつだけで食事を済ませるなんて、真依には信じられないことだった。


莉子の恋人としては、どこか頼りないなと真依は前から思っていた。莉子の状態を考えると、もっとしっかりとした感じのほうが良いと。


「そんなんじゃ、受験、持ちませんよ」

「食べれば頭がよくなるってわけでもないだろ」

「体力も必要じゃないですか。それに、そんなガリガリじゃ彼女だって守れないですよ」


真依は同意を求めるように、莉子のほうを見る。


「そうでしょ、莉子。あんたももっとたくましい彼氏のほうがいいんでしょ」

「わたしは別に、そんなこだわりはないけど」

「そんなこといってたらまた事件に巻き込まれるじゃない!」


そう言った瞬間、真依はすでに後悔していた。言ってはいけないことを勢いで口にしてしまった。


「……ごめん、わたしはただ、莉子のことをちゃんと守ってくれるような彼氏でいてほしいと思っただけで」

「ううん、いいの。真依ちゃんがわたしのことを想ってくれてるのはよくわかるから」


ーー事件。

それはいまから一年ほど前に起こったものだった。


一般的には誘拐事件とされている。

高校生の男女二人が行方不明となり、捜索の結果一人のみが発見され、もう一人はいまだに消えたまま。


その発見された人物が芹沢莉子。

そしてもうひとりの高木優太という男子はいまも見つかってはいない。


なにかしらのショックを受けたせいか、莉子はそのときの記憶を失っている。

市内の公園で発見されたときからいまに至るまで、事件に関する情報はその口から出てはいない。


そのため、事件の全容はいまだに解明されてはいない。

そもそも身代金などの要求もなく本当に誘拐だったのかも謎で、わからないことばかりが残った事件だった。


「大丈夫だよ、妙なやつが来てもおれが追い返してやるからさ」


弘人が拳を作ってみても、まったく心許ない。仮に莉子がナンパされていたとしたら、すぐにその場を離れるタイプのようにも真依には見える。


「莉子はかわいいから、デートなんかしてても声をかけられますよ。そのとき、先輩はしっかりと立ち向かえるんてすか」

「デート、デートか。そう言えば、デートってまだしてなかったよな」


よし、と弘人はテーブルをたたいた。


「芹沢、今度の休み、デートしよう」

「え?」

「付き合ってるのに学校だけの関係なんておかしいだろ。今度、どこでもいいから二人で出掛けないか」


莉子はなにも答えない。箸を持ったまま、自分のお弁当を見下ろしている。


「いや、なのか」

「嫌って訳じゃないけど」


莉子にもよくわかってはいなかった。

告白は受けたのに、デートにはどこか抵抗がある。


そもそも、どうして告白を受け入れたのかもよくわからない。

繰り返し好きだと言われたのもあるけれど、それだけですべてを決めたわけでもないようにも思う。


「なら、三人ならとうだ?」

「三人?」

「ああ。安藤も一緒になら平気なんじゃないか?」

「ちょ、ちょっと先輩、勝手になに言ってるんですか」


慌てたのは真依だ。三人でのデート?そんな、過保護な親じゃあるまいし。


「それなら、いいかも」

「莉子までなにいってんのよ。デートは二人きりだから楽しいんじゃない」

「だめ?わたしもデートは初めてだから、真依ちゃんがいてくれたほうが心強くて」


初めて。

それは記憶を失ったからこその言葉だと真依にはわかる。


莉子にはかつて恋人らしき男子がいた。

失踪した高木という同級生。


一緒に登校している姿を見ただけだから恋愛関係があるとは断言ができないけれど、その当時は莉子は孤立しがちだったので、関係性が深いことは確かだった。


そのことをまだ、真依は莉子には伝えていない。

他の誰からも聞いていないのはいまの発言でも明らかだ。それでいいと真依は思っている。


「ねぇ、お願い」


お願い、困り顔でそう頼まれたら、真依も嫌とは言えなかった。

少なくとも、莉子は一歩を踏み出そうとしている。あの事件を振り切って普通を歩もうとしている。それは喜ばしいことだ。

だから、わかったと答えるしかなかった。

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