一年が過ぎてもいいですか?
安藤真依は最近、あまり眠れない。いや、ここ一年ほどずっとそうだった。
悪夢を見るわけではない。
ただ、ふいに目覚めてしまうだけだった。
誰かに追いかけられるとか、高いところから落ちるとか、そういう感じで起きるのではなく、目を開けたとき真っ暗な天井がそこにあって、ああ、またちゃんと寝付くことができなかったんだと気づくのだった。
だからといって寝不足を感じることもないのが不思議だった。
家を出て朝日を浴びると学校モードに切り替わり、ぼやけていた頭もスッキリとする。
通学路で誰かと待ち合わせなんてとくにはしていないけれど、大抵の場合、真依は同じ学年の女子と学校へと向かう。
「あ、おはよ」
その背中に声をかけ、横に並ぶ。
真依の朗らかな声に対し、彼女はどこか遠慮をしたようの表情で笑みを浮かべた。
「うん、おはよう」
そう返事をしたのは同じクラスの芹沢莉子。
真依と通学路が同じで、家も比較的近い。
学校でも仲良しの部類に入るし、真依のほうは親友のようにも思っているのだけれど、莉子のほうの気持ちはよくわからない。
あまり気持ちを表に出す方じゃないから。
「今日もいい天気だよね。いまって梅雨なんでしょ。全然そんな感じしないじゃん」
六月ももう後半。
なのに、大雨はいまだに降りそうな気配がない。
快晴が続く合間に曇りの日がちょこちょこある程度で、梅雨らしい時期とは思えなかった。
「ねえ、莉子は夏休みの予定って決めてるの?」
「とくにはないけど」
「ほんと?彼氏と旅行とかいかないの?」
莉子には三年の先輩の彼氏がいる。今年の四月、二年生に進級した直後に告白をされたのだ。
恋愛事とはいまのところ無縁である真依は、それをうらやましいと思っている。同性から見ても莉子はかわいいので、彼氏がいるのは当然ではあるのだけれども。
「そんな予定はないよ。だって付き合ってまだ二ヶ月くらいなんだよ」
「二ヶ月もあれば距離なんて一気に縮まるでしょ。お泊まりくらい普通だと思うけどね」
二人はまだキスすらしていない、それどころかデートすらもまだ、ということに真依はなかば呆れた気持ちになっている。
莉子はおとなしい性格をしているから自分から積極的にいけないのはわかるけれど、先輩のほうはそうじゃない。
「向こうなんか最初ぐいぐいきてたじゃん。莉子が付き合う気がないっていっても何度も告白をしてさ。それなのにキスもまだなんて信じられない」
「真依ちゃんは漫画の読みすぎなんだよ。展開が早いのに慣れすぎてるんだよ」
真依は確かに漫画が好きだったが、二人の関係についてはあくまでも現実の友人の一人としての心配をしているという自覚があった。
「ねぇ莉子、本当に先輩のことが好きなの?」
真依には以前から疑問があった。
それは莉子が本当は先輩のことが好きではないのではないか、というものだった。
莉子は最初、先輩の告白を断っていた。
しかしそれが何度が続くと、ある日突然受け入れると答えたのだ。
強引に交際を迫ってくる先輩に根負けをした、真依はそのように疑っていた。
「好きじゃなきゃ付き合わないよ」
「だったら言って。先輩のどこに引かれたの?」
「それは……わからないよ。でも、そういうものでしょ、恋愛なんて」
そう言われると、真依は返す言葉がなくなる。恋人がいたことのない自分が偉そうに言えることは限られている。
「あーあ、なんか悔しいな。親友でもやっぱり、恋人の間に入ることはできないんだ」
実際のところ、莉子が嫌々付き合っているわけではないというのが真依にはわかっていた。
莉子はおとなしそうに見えても芯はしっかりとあって、本当に嫌いであったならなにがなんでも付き合うことはないのだと。
二人に嫉妬すると同時に、真依は莉子が幸せになることも願っている。
あのような事件を乗り越えたのたから、他の人よりも幸せになってほしいと。




