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覚悟をしてもいいですか?

ぼくは死ぬことを決めている。正確にはゾンビになることを受け入れている。

そうしないと変異体の吸血鬼になり、この国を滅ぼしてしまいかねない。


方法は簡単。誰の血も吸わなければいいだけ。そうすれば自然とゾンビに変化していく。


神谷先輩から死んでほしいと頼まれたとき、ぼくはすんなりと決断をすることができた。

躊躇いなんかはなくて、それがベストな選択だと思えた。


でも、そのときは神谷先輩にはちょっと待って欲しいと伝えていた。

隣に千花ちゃんがいたから、死んでもいいなんて言えなかった。


そんなことを言えば千花ちゃんは反対するに決まってるし、自分のことを責めるかもしれないから。


それに、ぼくとしてもある程度時間を置きたかったという本音もある。

気持ちを落ち着かせたらなにか心境の変化があるかもしれないし、自分のやるべき仕事も残っていた。

それにどうせゾンビになるんだから慌てて答えなくてもいいとも思った。


今回、あえて神谷先輩を呼び出して吸血鬼にはならずに死ぬという覚悟を決めた、と伝えようと思ったのは、松下さんの話を聞いたことも大きかったのかもしれない。


ぼくにはいま二つの生きる目標がある。ひとつは佐々木先生に死を告げること、もうひとつは芹沢さんを救うことだった。

これをすべて終えれば、もうぼくには心残りなんてものはなくなる。

親や千花ちゃんとの別れを惜しむ気持ちもあまり感じない。


「なるほど、恋人を救うための時間が欲しいと」


やはり昼休みの屋上は閑散としている。

まわりに聞かれるとぎょっとされるような不穏な単語を口にしても心配はない。


「はい。このままだと死ぬに死ねないので」


もちろん、ゾンビ化というものは人の血を吸わなければ勝手に進行するから、ぼくの意思とは関係がない。

でも、神谷先輩はぼくがもしかしたら吸血鬼の道を選ぶんじゃないかと危惧しているわけだから、この辺りの説明はちゃんとしてあげないといけない。


「とにかく、ぼくはゾンビになる決心はついているので、心配はしないでください。突然人を襲ったりはしないので」

「恋人の芹沢さんを救えない場合はどうなるのでしょうか?いつまでも彼女が苦しんでいたら、高木くんももう少し生きたいと願うようになり、ゾンビではなく吸血鬼としての道を選ぶのではないのですか?」

「それは、ないと思います」

「断言できます?」

「吸血鬼になれば人類の敵として生きることが宿命づけられているんですよね?本人の意思に関係なく」

「はい。変異体から生まれた吸血鬼ーー変異吸血鬼は本能が強く、それだけに攻撃性も普通の吸血鬼とは比較にはなりませんから」


普通の人間から成った吸血鬼はあくまでも血を吸うことがメインで、あまり戦闘には向いていない。

その肉体も人とはたいして変わりがないし、そこまで凶暴になるわけではない。


一方の変異吸血鬼は戦闘能力に秀でており、五感も鋭くなる。

残念なのはその感情が悪に染まってしまうこと。

変異体であるぼくが誰かの血を吸ってしまえば、血を吸うことだけでは飽きたらずに殺人にまで手を染めてしまう。


ぼくは好き好んでそんなモンスターみたいにはなりたくはない。家族や芹沢さんを襲うことを想像したくもない。


「例え血に飢えたとしても、まわりの迷惑を考えたら、そんな決断はできないと思います。それに……」

「それに?」

「それに、ぼくはゾンビになることにはあまり抵抗がないんです。母親がゾンビたったので」

「母親がゾンビ?」

「はい」


ぼくは産まれたときの経緯を説明した。


「そのようなことが。だからなのかもしれませんね、高木くんが変異体になったのも」


ゾンビの要素が体内にあるから、外部からウイルスが侵入してもある種の抵抗力があったのではないか、というのが神谷先輩の考えだった。


「じゃあ、もしかしたらぼくはこのままで、なにも起こらないってことも?」

「残念ながらそれはないと思います。少しずつにおいが変化していふのがわかりますから」


神谷先輩は悲しそうな顔で言う。死神はにおいに敏感らしくて、ある程度の変化がわかるのだとか。


「ぼくは誰の血も吸ってないので、ゾンビになりつつある、ということですか?」

「そういうことになります」


もしかしらぼくの寿命というのは案外短いのかもしれない。

ならいろいろと、慌ててやらないといけないのかも。二つの仕事だけじゃない。親や千花ちゃんにぼくが死んでしまうことも事前に伝えるべきかも。


「あとひとつ、重大なことを伝え忘れていました」

「なんですか」

「高木くんはさきほどからゾンビになるか吸血鬼になるかの二択だと思っているようですが、実はもうひとつ可能性があるんです」

「なんですか、それは?」

「わたしに殺されることです」

「……」


「死神にはそのような任務があることは以前に説明したと思いますが、忘れてませんよね」

「覚えてます」

「高木くんのことを信じたい気持ちはあります。しかし、吸血鬼になる可能性も排除はできません。もしも高木くんが吸血鬼になってしまえば、わたしの監督責任も問われてしまいます」


死神がどのような組織体系で運営されているのかは知らないけれど、神谷先輩はどうやら上司の指示に従って動いているようだった。

それなら個人的な関係でどうにかすることもできそうにない。神谷先輩は必要であるなら、ぼくを殺す。


「高木くんが危険だとわかった時点でわたしは高木くんを殺します。どんな言葉をかけられても、躊躇することはありません。その点は覚悟をしていてください」


ぼくが吸血鬼になることはない。それはつまり神谷先輩がぼくを殺すということもないということだ。


ぼくがゾンビになるのが早いのか、佐々木先生や芹沢さんを救うのが早いのか、この違いしかない、はず。

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