デートをしてもいいですか?
「それで決めてるの、死に方は?」
芹沢さんの一方的な約束によってぼくたちはデートをすることになった。
まあ元々ぼくが望んだものなわけだから断る理由もないのだけれど。
実際のところはデートというよりもちょっとした外食で、ぼくたちは休日にハンバーガーショップを訪れていた。
芹沢さんのいう死に方というのはもちろんぼくではなく佐々木先生のこと。
佐々木先生に対しては死ねというだけではなく、その死に方まで伝えるべきだというのが芹沢さんの考えだった。
「相手の死を決定づけるわけだから、中途半端に関わるのはよくないことよ」
自殺の仕方というのは結構あって、芹沢さんの口からは次々とその方法が飛び出してきた。
食事中に聞きたい話ではなかったけれど、不思議と食欲が削がれることはなかった。
ぼくは一応佐々木先生に自殺をするように言うことは決めてはいるけれど、そこまで関わる勇気はいまのところなかった。
もっとカジュアルな宣告のほうがよかった。
挨拶をするみたいにそろそろ死ぬ時期ですよ、という感じで。
「そこまでやらなくてもいいような気がするんだけれど」
「怖じ気づいたの?」
「そういうわけじゃないよ。ただ、そこまでのことを先生が望んでいないような気がするんだ」
「そんなの言い訳よ。佐々木先生だって自分の死について真剣に考えてくれるほうが嬉しいに決まっている。一度足を踏み入れたら、どんどん突き進むべきよ」
「そうかな」
「怖がる必要はないと思うの。だって高木くんも共犯者なんだから」
「共犯者」
「そうよ。あなたもゾンビハンターの一員なのよ」
確かにぼくは芹沢さんの殺人を黙認した。
殺人を止めることはせず、その後に通報もしなかった。
そんなぼくがいまさらちょっとした倫理観にこだわるのはおかしいのかもしれない。
ゾンビ相手でも殺人は殺人で、誰かに自殺を告げることと比較をするほうが無理がある。
ぼくだってそのうち死ぬんだから、あまり深く考えなくてもいいのかも。ここまできたらもう逃げることはできないし。
「……どんな死に方を勧めるべきなのかな」
「飛び降り自殺がいいと思うわ。人は空を飛ぶことに憧れがある。その願望を死の直前に叶えてあげるのよ」
でも、それだとひとつ大きな問題がある。
飛び降り自殺をした場合、誰かを巻き込んでしまうことがあるということだ。
もしもそんなことになれば、佐々木先生は命が助かった上で殺人者になってしまうかもしれない。
そういうニュースを実際にどこかで見たことがある。
「できれば、なるべく人に迷惑をかけないようなものがいいんだよね」
「高木くんは優しいのね。佐々木先生の家族のことまで考えるなんて」
佐々木先生は結婚している。相手は教師ではなくて、普通の会社員の男性だという。
「なら、自宅というシチュエーションはまずいわね。賃貸にしろ持ち家にしろ、資産価値が下がることは間違いないもの」
外での自殺と頭に思い浮かべたとき、ぼくが真っ先に考えたのがあのベンチだった。
ゾンビが横たわる姿と佐々木先生の体が重なった。
「あのベンチで佐々木先生を死なせることによって殺人に加担したという悪夢を少しでも減らせるとでも考えたの?はっきり言って逆効果だと思うわ。そういう記憶は細切れにしてスパッと忘れたほうが身のためよ」
ぼくとしてはただ、死に場所というのがあそこくらいしか思い付かなかっただけだけれど、もしかしたら罪悪感みたいなものがかすかにでも残っていたのかもしれない。
「恋人としては高木くんの精神的負担を軽減することには協力してあげたいのよね。そこでわたしから提案。佐々木先生の思い出の場所を探すってのはどう?」
佐々木先生はこの街の出身らしいから、いろんなところに記憶の欠片が埋まっているはず。
その過去を調べて佐々木先生が自殺をする物語を作り出してみてはどうか、と芹沢さんは言った。
「単にゾンビになるから自殺をします、じゃ味気ないものね。佐々木先生がそこに到る物語を産み出すことができれば、高木くんの自殺関与度も減ると思うのよ、表面的には」
芹沢さんからはやる気が感じられる。ぼくよりもよっぽど佐々木先生にこだわりがあるようだ。
「もしかして、芹沢さんと佐々木先生はなにか関係があるの?」
「ないわね。わたしが興味があるのは高木くんのほうよ。恋人なんだから当然でしょ。あなたが先生の命を奪えば、人として一皮むけると思うわ」
芹沢さんがぼくに自殺宣告をさせたがっているのは、もしかしたら自分の仲間を作り出そうとしているからなのかもしれない、とぼくは思った。
ぼくが誰かの命を間接的に奪えば、ゾンビハンターとしての罪悪感も減るだろうから。
「ぼくは佐々木先生を殺すわけじゃないよ」
「そうね。でも似たようなものでしょ。まともな人間ならゾンビは殺さないし、誰かの自殺にも関わろうとはしない。わたしたちはすでに同じ道を歩いているの」
ぼくは狂っているのだろうのか。
だとしても、それは特別なことではないように思う。
教師が生徒に自殺の手助けを頼むことがそこまで不自然にとらえられない時点で、ぼくたちはみんな同じ仲間になっている。
「ところで高木くん、最近なにかあった?」
「え?」
「なにか様子がおかしい感じがするのよね」
ぼくには大きな変化があった。変異体になったこと、そして神谷先輩から死んでほしいとお願いされたこと。
そのことはまだ芹沢さんには伝えてはいない。いずれ伝えるつもりではあるけれど、いまはまだそのときではないから。
「ちょっと最近、体調が悪くて」
「ゾンビが死ぬところを見てショックを受けた?」
「そうかもしれない」
「そんなことで病んでいたら、佐々木先生の自殺に関わることもできないじゃない」
そうだよね、とぼくは笑って言った。