プロローグ
最近、女子の間ではゾンビメイクが流行っている。
いやそれは流行というよりはすでに文化として定着していると言ったほうがいいのかもしれない。
ぼくーー高木優太の通っている高校でも、そんな感じの女子をよく見かける。学校ではメイクそのものが禁止されてはいるけれど、ゾンビメイクに関しては例外扱いになっている。
ゾンビメイクをしていると、ゾンビにはなりにくいらしい。そんな噂がある。
だから学校としても規制しにくいのだそう。うちの子供がゾンビになったら学校は責任を取ってくれるのですか、そんな詰問に返す言葉もない。
ゾンビ病についてはいまだ謎に包まれていて、治療法も確立されてはいない。
十五年ほど前から病気でもなんでもないのに突然人の体が劣化し、ゾンビのような見た目になる、という症例が相次ぐようになった。そうなれば寿命もあとわずか。
どんな薬を打ち込んでも死んでしまう。
これは年齢に限らず起こることで、若いからといって安心できるものではない。
女子高生でも必死になる気持ちも、わからないことじゃない。とくに見た目の変化は思春期の女子にはかなりきついということくらいは男子であるぼくにもわかる。
芹沢さんはそんななかでもゾンビメイクをしない希少な生徒で、クラスのなかではかなり浮いていた。
ゾンビメイクをしたからといってゾンビになる確率が減るという研究結果があるわけでもないけれど、やはり人はなにかに頼りたくなるもの。
世の中の流れに乗らないことそのものが彼女を異質な存在として浮かび上がらせていた。
だから彼女ーー芹沢莉子さんから告白をされたとき、ほとんど交流がないにもかかわらず、相手の名前をぼくは知っていた。
わからないのはどうして芹沢さんがぼくのことを好きになったのかということだ。
芹沢さんとは幼馴染みとかいうことではなくて、高校でクラスが一緒になったからといって席は近いどころか廊下側と窓側に離れている。挨拶ひとつ交わしたことのない関係。
だからぼくはどうして自分のことを好きになったのかをまずは聞いてみた。彼女は顔と性格と答えた。顔はまあまあタイプだし、わたしのことを変な目でも見ないからと。
確かにぼくは芹沢さんのことをおかしな人間だと思ったことはない。
むしろ逆だった。
周りに流されることのない彼女をひそかに尊敬していた。その気持ちが彼女に伝わったのかもしれない。
ぼくの方はといえば親しくはしていなかったからもちろん好き嫌いという感情は一切なくて、でもそのとき初めて芹沢さんの顔を間近で正面から見て、ああ綺麗な人なんだなと思った。パーツが小さくまとまっているのに目には妙な力強さがあった。
それだけが告白を受け入れた理由かといえばそうでもなくて、単純に言えば、ぼくはそもそもゾンビを嫌っていた。
だからゾンビメイクをする女子というものが嫌いで、ゾンビメイクを徹底的に拒んでいる芹沢さんに対しては好感が持てていた。
恋愛感情とはまた違ったものではあったけれど、そういうのがきっかけで付き合う人も珍しくはない。
こうしてぼくたちは交際を開始した。