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国東零音は褒められたい  作者: KanaMe
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第07話 ハンバーグ

夕食回です。

零音と彩音の距離感を意識して書きました。

よろしくお願いします。

【国東家】


 20時30分。お風呂から上がったばかりの零音ちゃんが席に着くころには、何とか晩御飯の準備は終わっていた。やはり料理研究部の活動があると晩御飯を作る時間が少なく、どうしても慌ただしくなってしまう。


 お味噌汁とご飯を食器によそい席に着く。ふと零音ちゃんを見ると、お皿に盛られた特大ハンバーグに瞳を輝かせていた。


「零音ちゃん?」

「…。」


 呼びかけても反応しない。ものすごい集中力だ。


 そっとメインディッシュの隣に大盛のご飯とお味噌汁を置く。すると我に返った零音ちゃんと目が合った。座っている零音ちゃんと、立っている私の視線の高さはほとんど同じ。びっくりしたのか顔を赤らめて俯く。その反応が可愛らしくって私は少し笑ってしまった。


「食べよっか。」


 私が言うと零音ちゃんはコクリ。と頷いた。


「いただきます。」

「いただきます。」


 手を合わせて二人同時に言った。


 今日の献立はメインディッシュがハンバーグプレート。ソースはお手軽におろしポン酢。王道のテリヤキソース。オーソドックスなケチャップの3種類。メインディッシュの脇を固めるのはカリカリのベーコンと粒マスタードがアクセントのポテトサラダ。副菜に常備菜のきんぴらごぼう、小松菜のお浸し。胡瓜と茄子の浅漬け。お味噌汁とご飯。


 時間が少なかった割には上出来な品揃えに、少しだけ自画自賛を覚える。常備菜様様だ。


 私はハンバーグに大根おろしを乗せ、ポン酢ソースを少し垂らす。一口で食べられるくらいの大きさに分け、口へ運んだ。


 ジューシーなハンバーグの肉汁、清涼感ある大根おろしの甘さ。両者を酸味の効いたポン酢ソースが見事に取り纏めている。仄かに香るナツメグなどの香辛料も食欲に拍車をかける。これはいくらでも食べられるやつだ。再び私は自画自賛した。


 私が一口を食べ終える頃には、対岸の山盛りのお米は既に窪地に変わっていた。瞳を輝かせもぐもぐと頬張る零音ちゃん。よほどお腹が減っていたのだろう。


「お替わりは?」

「お、お願いします…。」

「はーい。」


 急に輝きを失い現実に引き戻される零音ちゃんの瞳。相変わらず私たちの間には壁とでも形容したくなる()があった。いつかは超えられるのかな。ふとあの日の弦さんの言葉を思い出す。


(そしていつの日にか何も問題がなくなった時。その時には僕の家族になってほしい。)


 家族。家族って何だろう。私には分からなかった。少なくとも今のこの形を家族とは呼べないと思う。


(問題ばっかりだなぁ。)


 いつの日にか。その()()()()はいつ来るのだろう。私には分からなかった。


「はい、お待たせ。」

「ありがとうございます。」

「どういたしまして。たくさんあるからどんどん食べてね。」


 零音ちゃんの相変わらず消え入りそうなほど小さな声に少し寂しさを感じる。思わず溢しそうになる溜息を堪え、口へ運んだ少し冷めたハンバーグは、驚くほどに色褪せた味がした。




 私が食べ終わるよりも早くに、特大ハンバーグは零音ちゃんの口の中へと消えていった。食事を終えた零音ちゃんは、私の目の前でポツンと座っている。何も話さず、ただじっと私と彼女の間の虚空を眺めていた。


 耐え難い無言の時間に、先ほどまで辛うじて感じていた色褪せた味すら、今では感じられない。気まずい。部活前の七海との無言。帰り道での薫の無言。あの時とは比べ物にならないほど、この気まずさは重たい。


 早く食べ終わって片づけてしまえればいいのだけど、部活の時間に食べた都合5つの桜餅が私の胃の中を占拠していた。


(く、苦しい…。)


 耐え難い無言。味のしない食事。既に9分目に達しようとしていたお腹。逃げ道を探す私の脳内が辛うじて探し当てた光がテレビだった。


「て、テレビつけてもいいかな?」


 急に話しかけてきた私に驚いたのだろう。零音ちゃんはたじろいでいたが、コクンと頷いた。普段テレビを見ない私は、今の時間何がやっているのか全くと言っていいほど把握していない。藁にも縋る思いで番組表を開く。


(お笑い特番…。演歌特番…。バラエティ番組…。)


 零音ちゃんの気を引けそうなものが何かないかと必死に探す。すると番組表の隅にとある文字を捉えた。


(未来の金メダリスト。期待の学生へインタビュー。今週は…柔道部!!)


 神様っているんだな。私は今にも手を合わせてテレビを拝みたくなった。番組を開くとアナウンサーの人が、最新の情報を朗読している最中であった。


「本日、株式会社ジェネシスと大手電子機器メーカーSOMYが医療用器具から着想を得た全く新しいゲームデバイスを共同開発しているとの発表がありました。」


 聞き覚えのある会社の名前がテレビから流れてきた。SOMY。お母さんたちが務めている会社だ。アナウンサーの人が言い終わると、専門家らしい人たちが議論を始めた。


 なんでもこれはすごく革新的なものらしく、実現すれば今までの世界の常識が変わるほどの物らしい。医療用としては既に使われているが問題も多く、中でもコスト面での問題がどう解決されるかが鍵となっているようだった。


「お母さんたちが今忙しいのこれが原因かもね。」


 私が言うと零音ちゃんは零音ちゃんは少しの沈黙の後「そう…ですね…。」と答えてくれた。


「本当は今日4人分のハンバーグの準備をしていたんだ。だけど今日も家でご飯は食べられないって準備が終わってから連絡来ちゃって。」


 私が一人話している。


「もうちょっと早く連絡してほしかったなぁって。まぁしょうがないんだけどね。」


 零音ちゃんは黙って聞いてくれていた。


「明日のお弁当用のミニハンバーグを作っても二人分には多くて困っちゃった。零音ちゃんのすごく大きくなっちゃったけど大丈夫だった?」


 私が言うと零音ちゃんは少し顔を赤らめて、俯きながらも「大丈夫でした。」と答える。


「もしかして今日くらいのがいい?それとももっと大きい方が良かったりする?」


 いつもより少しだけ積極的になってみる。だけれどしばらく経っても返事がない。調子に乗りすぎたかな。ちょっとだけ後悔しそうになっていると零音ちゃんは意を決したように顔を上げてこちらも観た。


「い!」

「…い?」


 普段より少しだけ大きな声の零音ちゃんに少し驚いた。それは向こうも同じだったようで、一言言うとまた俯いてしまった。


「いつも…美味しい料理を作ってくれて…ありがとうございます。」


 いつもの小さな声に戻った零音ちゃんの、突然の感謝に私は何も返すことが出来ない。そんな私にかまわず、零音ちゃんはゆっくりだけど続ける。


「料理に不満は…無いです。だけどおかずは…もう少し多くても…大丈夫です。」


 二人の間に無言が横たわる。アナウンサーさんの声だけがリビングに響いていた。俯いている零音ちゃんの顔は見えない。だけど耳は完熟トマトのように赤くなっていた。


 なるほど。つまりそれって…。


「今までちょっと足りなかった?」

「………はい。」


 本当に消えてしまうんじゃないかと思うほど、小さな小さな声は申し訳ないという気持ちで溢れているように感じられた。零音ちゃんは相変わらず俯きながらプルプルと震えている。


「…ぷっ」


 私の声に反応したのか少しだけ顔を上げ恐る恐る目線をこちらに向けた。


「あははははははははははははははは」


 突然笑い出した私に、驚いた零音ちゃんはビクッと萎縮する。今にも泣きだしそうな零音ちゃんが可愛くて、余計に笑ってしまう。


「そっか、足りなかったんだね。ならそうと言ってくれればいいのに。」


 しばらくして、笑い疲れた私は息も絶え絶えに言う。分かってる。零音ちゃんにとってはそれが難しい事だというのも。だけどやっと零音ちゃんが、自分の言葉でしゃべってくれたことが嬉しくって、つい溢してしまう。


「…ごめんなさい。」

「ううん。いいの。これからはもう少し多めに作るね。」


 私が言うと、零音ちゃんは少しだけ柔らかな顔つきになった。


「あ、そうだ。零音ちゃんって和菓子は好き?」

「は、はい…」


 私はキッチンの隅に置いてあったタッパーを手に取り、零音ちゃんに渡した。


「今日部活で作ったんだ。結構上手に出来たからよかったら食べて。」


 零音ちゃんは小ぶりな桜餅を手に取ると、半分ほど頬張った。感想を聞くまでもなく零音ちゃんの目はキラキラと輝いていた。


 気が付けばテレビは未来の金メダリスト特集に切り替わっていた。この情報番組の中で時々やる人気企画のようだ。先ほどのお兄さんからお姉さんにアナウンサーが変わっていた。


「今回は柔道の特集ですよ!」


 アナウンサーの声に零音ちゃんが反応する。やはり柔道には興味があるようだ。


「二人の未来の金メダリストへ取材に行ってまいりました!それではこちらの映像をどうぞ!」


 ハキハキとお姉さんが話す。すると画面が学校らしき敷地内に切り替わった。


(何だか見覚えがあるような…?)


 しかしそれは気のせいではなかった。私立律明大学付属高校。零音ちゃんが通っている学校の高等部だ。律明大付属は言わずと知れた柔道の名門校。ただ金メダリスト候補と言うと私の脳裏には一人しか浮かばなかった。


「日本が誇る最強柔道一家の御長男!南戸宗助(みなとそうすけ)君です!」


 想像した通りの名前がアナウンサーさんの口から出る。やはりこの人しかいないだろうなとは思う。


「初めまして。中野と申します!」

「初めまして。南戸宗助です。」


 ハキハキしているアナウンサーさんと、とても落ち着いた様子の宗助さん。何だか宗助さんの方が年上のようにまで見える。淡々と繰り返される質問と返答。内容は当り障りのないものと、今後の柔道の目標についてなど。あっという間に最後の質問になった。


「最後にお伺いしたいのですが、ズバリ!ライバルは誰ですか!」


 今まで柔らかな表情だった宗助さんの顔色が少しだけ険しくなる。それを察したのか、中野さんも少し笑顔が強張っていた。


 すこしの沈黙の後宗助さんは口を開いた。


「目標とする方々は沢山います。今年のオリンピック100kg超級日本代表の原田さん。数々の記録を樹立された井下さん。それはもう数え切れないほどに。」

「は、はい。」

「ですので自分程度がライバルに挙げられる人はいません。」


 画面越しにも伝わってくる威圧感。以前南戸家に遊びに行った時、宗助さんの練習を少しだけ見たことがある。薫曰くただの打ち込みの練習らしいのだけど、その覇気に当てられた私は、しばらく震えが止まらなかったのを思い出した。


「ただ、強いて挙げるのなら弟ですかね。」

「お、弟さん…ですか?」

「はい。兄として弟だけには負けたくありませんので。」


 そう言うと宗助さんは先ほどまでの柔らかな表情に戻っていた。


「と言う訳で南戸宗助君に取材に行ってまいりました!」


 画面がニュースのセットに戻った。中野さんが先ほどニュースの解説していた専門家の方々にいじられている。


「宗助さん、すごい迫力だね。」

「はい。」


 私が言うと零音ちゃんはすぐに答えた。やっぱり知っているんだ。まぁ同じ学校に()()()()もいるから当たり前か。いじられ続けていた中野さんに先ほどのお兄さんアナウンサーが助け舟を出した。


「中野さん。そろそろ次の人紹介しないと。」

「は、はい!」


 何だか微笑ましい。仲のいい先輩と後輩と言う感じだった。


「続いての未来の金メダリストはこの子!」


 ドンッとフリップを出した。


「公式戦無敗!女子柔道史上最強との呼び声高い!」


 仰々しい言葉が並ぶ。


東条響(とうじょうひびき)さんです!」


 中野さんが張り切った声で言った。同時にガタンッと隣で音がした。


「零音ちゃん?」


 急に立ち上がった零音ちゃんは私の言葉は届いていないようだった。

僕はハンバーグにはケチャップ派です。

たまに塩でも食べます。

次回から少しだけ時間が過ぎるのが早くなる予定です。

(というかこれまでは練習も兼ねているので遅すぎた)

よろしくお願いします。

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