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国東零音は褒められたい  作者: KanaMe
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第05話 帰り道

今夜はお酒をしこたま飲んでしまったので前書きを書けませんでした…。

【中等部】【職員室】


 18時18分、顧問のテツ子こと薬師寺先生が部室を出た後、当番だった私と七海は部室である第一家庭科室の戸締りを終え職員室に鍵を返しに来ていた。部室のある校舎は、中等部と高等部が共有して使う多目的棟なのだが、第一家庭科室の鍵は中等部の職員室で管理しているため、部室の開け閉めは中等部の部員の役割になっていた。


「失礼します。料理研究部中等部三年の国東です。第一家庭科室のカギを返却に来ました。」

「失礼します。料理研究部中等部三年、早坂です。」


 職員室の入口で所属と名前と目的を先生方に聞こえるように言った。毎度のことながらこの職員室独特の雰囲気は少し苦手だ。殆どの先生はこちらを向くことはなく各々の仕事を続けている。入口からすこし離れた席に座っている白髪交じりで背の高い先生がコーヒーを飲みながら返事をくれた。


 了解が得られたので私たちは早々と鍵を返し職員室から出ようとしたその時「西園寺(さいおんじ)さん。」と後方から呼ぶ声が聞こえた。耳に馴染むその名前に思わず振り返り返事を返してしまった。


「大塚さんと同じクラスだったよね?悪いんだけど春休みの課題でちょっと不備があったから、明日の朝職員室まで来てもらえるように言っといてくれないかな。本間先生に言おうと思ったんだけどもう帰っちゃってて。」

「はい、分かりました。朝来るように忘れずに伝えておきますね。」


 2年生に引き続き3年生の数学担当の石井先生に挨拶をすると私と七海は職員室を後にした。


 校門で待っていた薫と楓さんに合流する頃には辺りはすっかり暗くなり、電灯が道を照らし始めていた。


「すみません、お待たせしました。」

「鍵の返却ご苦労様。」


 私達に楓さんが微笑む。薫はと言うと何も話さずスッと歩き始めた。私たちも後に続き歩き始めた。



【通学路】


「南戸先輩の桜餅すごく美味しかったです!」

「ふふ、ありがとう。七海ちゃんの桜餅もとても美味しかったわ。」


 七海と楓さんが楽しそうに今日の部活で作った桜餅の話をしている。七海の言う通り流石と言うべきか楓さんの桜餅はとても美味しかった。


「桜餅?」


 薫が私に語尾にはてなマークを付けて話しかけた。


「今日部活で作ったんだよ。」

「そう。桜餅だったのね。」


 薫は視線を前に戻すと再び黙々と歩き始めた。料理研究部の活動がある日はこうしてみんなで一緒に帰るのだけど、基本的には活動がないことの方が多いので薫と一緒に帰るのは結構稀なのである。だからか登校時は結構話すことも多いのだけど、下校時はあまりしゃべらないことが多い。


(気まずい訳ではないんだけど…。)


 正直もっとしゃべりたいなとは思う。せっかく一緒に帰っているのだし。薫はそうでもないのかな?横目でちらりと顔色を窺ってみた。いつも通りの美人である。


 ふむ。一切何を考えているのか読み取れない。まぁこのまま帰るのも悪くはないかと思った矢先「あなたも作ったの?」とこちらを向いて薫が言った。


「え。あ、うん。私も作ったよ。」


 ハトが豆鉄砲食らったような声を出しながら私は答えた。


「そう。」


 会話が途切れそうになる。


「いやー、でもやっぱ楓さんは流石だね。テツ子ちゃんもすごい褒めてたよ。」

「そう。」

「私も見た目は結構上手に出来たんだけど味では楓さんに全然及ばなかったよ。」

「そう。」


 会話が途切れた。まぁしょうがないか。


「まだある?」

「ん?」


 またしても豆鉄砲を食らってしまった私に「桜餅」と薫が続けた。


「うん、あるけど。」

「貰ってもいいかしら。」

「え?でも楓さんも薫の分作って持って帰ってるよ?」


 私が言うと薫は「食べ比べなきゃどちらが美味しいかなんて分からないでしょ。」といつもの顔で言った。


「そっか、そうだね。」


 私は新しい教科書でパンパンになったバッグから持参したタッパーを取り出した。


「あ、でもどうしよう。」

「何?」

「タッパー一つしかないや。」

「別に構わないわ。」


 そう言うと薫は右手を差し出した。


「ちょっとお行儀悪くない?」


 にやけながら私が言うと「お行儀良く育った覚えはないわ。」と薫は少し悪ぶった顔をしながらタッパーの中の二つあるうち少し形の悪い方の桜餅を手に取った。


「あっ…。」

「どうかしたの?」

「いや、こっちの方が形が良いかなって。」

「別に味は変わらないでしょ。」


(それはそうなのだけど…。)


 せっかく食べてもらうのなら形の良いものの方がこちらとしても嬉しい。すると薫は「それに…」と話を続けた。


「形の良い方はお母さんにあげたいでしょう?」

「…うん、そうだね。そうするよ。」


 私が言うと薫はパクッっと小振りな桜餅を半分ほど頬張った。もぐもぐと整った顔を崩さずにゆっくりと味わっている。なぜだか私はすごく緊張していた。


「ど、どう…?」


 我慢が出来ず薫が飲み込む前に私は問いかけた。少しして薫はいつも通りの整った顔で語り始めた。


「とても美味しいわ。」

「本当!?」


「ええ。」と薫は少し微笑む。なんだか安心した私は胸を撫で下ろした。


「ただ気になるところはあるわ。」

「どこ?」

「最初に感じる甘さが少しきついわね。でも桜の葉の塩気と香りが立っていて私は嫌いじゃないわ。」


 そういうとパクパクと桜餅を頬張った。


「そっかぁ、確かに楓さんの桜餅は甘さが控えめなんだよね。その分塩気が目立つ訳でもなくて、それなのに香りはしっかり立ってて全部がうまく調和してるんだよねぇ。」

「そうね。姉さんの料理は基本的に尖った部分は少なくて全部が一体化するように計算されている気がするわ。」


 思えば薫は柔道を始めてから堂々と話すようになった。相手が誰であっても怯むことなく自分の意見を言える。例えば先生や楓さん。誰に対してでも。それは柔道に対しても同じだった。正々堂々の真向勝負。


 そんな薫の姿を見てきた私には彼女の言葉に嘘はないと信頼している。だからこそ薫が美味しいと言ってくれた事が素直に嬉しくて、やる気が沸々とわいてきた私は一つ頼みごとをすることにした。


「ねぇ薫。」

「どうしたの?」

「明日楓さんの桜餅の感想も教えて!」


 私が言うと薫は「ええ。」と言って微笑んだ。


「彩音ちゃんやる気満々ですね。」

「ふふ、そうね。」


 私達の少し前を歩いていた楓さんと七海がこちらを見て何かを呟いたような気がしたけれど聞いても二人は答えてくれはくれなかった。


 お喋りをしながら歩いているとそれぞれの帰路へ続く交差点に着いた。少し名残惜しくはあるけれど薫と楓さん、七海に挨拶をして私は一人駅へと向けて歩き始めた。




 一人になった私は駅までの五分にも満たない道を歩く間、楓さんの桜餅の事を考えていた。味、見た目、香り、舌触り。自分のものと比較してみる。何度比較してみてもやはり全体的に劣るというのが正直な感想だった。何が違うのだろう。材料の細かいの分量。調理の際の温度。やはり経験なのだろうか。考え出すとキリがなかった。


 気が付けば駅の入り口を通り過ぎて、私は雑居ビルの立ち並ぶ駅前にひっそりと佇み、景色に混ざりこみながらもよくよく見れば異質と言う他ない洋風建築に辿り着いた。すっかり暗くなった辺りを照らすように、暖かな光が窓から零れている。


 Petit(プティット・)amour(アムール)。ここは私がアルバイトをさせてもらっている洋菓子店だ。アルバイトと言っても正式な手続きは踏んでいない。とある縁があり時々お手伝いをお願いされることがある。そのお礼にお小遣いを貰ったり、ケーキ作りを教えてもらったりしている。


 ついつい考え込む癖を反省しつつ駅の方へ身体を向けようとすると、図ったかのようなタイミングでお店のドアが開いた。


「あら、彩音ちゃんじゃない。どうかしたの?」

「いえ、ちょっと通りかかっただけで。」


 お店から出てきた店長の中村美樹(なかむらみき)さんが声をかけてくれた。美樹さんは10代の頃単身フランスに渡り長年の修行を経て故郷であるこの町に戻りこのお店を始めた。味はもちろんの事彼女の人柄もこのお店が人気洋菓子店である理由の一つである。


 暦上は春とは言えこの時間になるとまだまだ冬の名残が強く息も白くなるほどであった。それを心配してか美樹さんはお店の中で暖まっていくように勧めてくれた。けれど夕飯の支度があるので遠慮させていただいた。


「あ、そうそう彩音ちゃん。今週の土曜日ってお時間ある?バイトの子が足りなくてお手伝いをお願いしたいんだけど。」

「土曜日ですか?今のところ何も予定は入ってないですけれど一応お母さんに聞いてからお返事しますね。」


 笑顔でお別れをした後、今度こそ駅に向かって歩き始めた。しかし私の頭の中では既に今夜の献立をどうするのか。土曜日の予定について。明日の朝、石井先生の元へ行くように唯に連絡すること。楓さんの桜餅など様々な議題で脳内会議はますます白熱するのであった。

次回は零音ちゃんメインの回です!

よろしくお願いします!

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